Wickedness and weakness


この世界では誰もまともに人を愛せない。顔も知らない女が一夜の幸せに縋って誰にでも股を開き続けて生まれた父親の顔も知らない娘が誰かわからない男の遺伝子のせいで美しくないからと7つのときに簡単に捨てた女の娘が生きる方法なんて死体を漁り生きた男の股を開くくらいしかなかった醜い女が。わたしは人を大切にする方法なんて知るわけなかった。だから羽根より軽い愛の言葉を囁かれても本気にしてそれが何も心を伴わなくても全然気付かなくて。当然だったはじめからわたしは愛なんて向けられたことがなかったのだから。愛なんて御伽噺の中にしかなかったから人が人に愛しているというときそれはいつだってハッピーエンドが約束されてるなんてこんな汚れきった体でそんな純粋なことをどうして信じていられたんだろう。


「やっと気付いたのか」
「…ずっと気づいてたよ」


そんなの知ってたに決まってる。神威の笑顔はわたしを抱く時もわたしといないときも人を殺すときもいつでも同じだった。それが信じられなくなったのはもう昔のことで今にして思えばそう、よく知らない弱い女を抱いては殺す神威はそんな時だって同じ笑顔だった。わたしは殺されないから特別?違う、わたしは殺される女と違って力を持っているから猶予されているだけ、私の憧れた愛情なんてそんな暖かな感情がないことくらい、ただ気づかないふりをしていただけだ。本当に人が人を愛するということがどういうことなのかなんて、外の世界を見なければ知らずにいられたのに。わたしを閉じ込めて監禁して縛り付けて何も知らないままだったなら綺麗な心のままで神威の帰りをいつまでも待ってあの人の紛い物の愛の言葉を疑うこともなかったのに。


「哀れな女だねェ」
「…そうなんだろうね」


そうやって哀れむ目の前の男がわたしを愛しているわけじゃないことくらい知っていた。言うならそう、ただ壊したいのだろう、その獣みたいに光る隻眼の奥にあるのは欲情なんて可愛いらしいものではないから。でももしこんなわたしみたいにとっくに壊れきった女をこれ以上壊すことができるならば。わたしの愛情も孤独も苦しみも何もわからなくなるくらいに滅茶苦茶にしてくれるならばそれも悪くないのではないか。刀とこの体以外何も持たないわたしは神威の愛に縋ることしかできないわたしはこれ以上壊されたってもう何も失うものなんてないのだ。その先を見たいと思ってしまったわたしはもうきっと此奴の手の内にいるんだろう。近づいてくる顔に、広がる天井や背中に感じるスプリングの感触に何ら抵抗もせず受け入れるわたしは。愛なんて欠片も持たないことを隠しもせずにでも優しく口付ける目の前の男は。愛してるなんて呼吸するように口遊みながら今日も遊女を抱くあの男は。


All we need is love.
Love is all we need.