はた迷惑なラブソング


 最近、芹沢に彼女ができたらしい。休日に綺麗なお姉さんと手を繋いで歩く芹沢を見たとはモブの証言だ。相談所でも常に上機嫌で、ふとした時には鼻歌を歌っている。

「お前、その歌すきなのか?」

 そう尋ねたのはそれが最近女性に人気と話題の歌手の新曲だったからだ。芹沢が聞くには少々ポップすぎるような——いや、これは失礼か。だが俺の質問に芹沢は耳まで真っ赤に染め上げて「あっ、それは、その……」とあたふたし始めたので、俺は否が応でも理由を察してしまう。

「ふーん、なるほどね、お前、楽しそうじゃん」
「いやっ、その、そういうのじゃなくて、」

 そういうのってどういうのだよ。照れて挙動不審なアラサーなんて需要ねえぞ、何浮かれてんだ。半ば嫉妬混じりに睨みつければ芹沢は尚更慌て出す。こんな男のどこがいいんだか。美人と噂の未だ見ぬ彼女の審美眼を不思議に思いながら、だが引きこもりで友人ひとりいなかったコイツに彼女なんてものができたんだ、心の底では応援する気持ちもあった。それは認めよう。

 だがな、芹沢。いくらお前に相談相手が多くないとはいえ、それはないだろ。

「は? お前その状況で俺に電話してきたのか?」
「す、すみません、どうすればいいかわからなくて……」

 電話越しに聞く芹沢の声は今にも泣き出しそうだった。

 曰く、今日初めて彼女が家へ遊びに来たらしい。一緒に食事をして、テレビをみて、午後9時半。そろそろ帰るのかと思っていた(芹沢、お前正気か?)彼女が立ち上がって、そうして今は彼の家のシャワールームにいるという。つまりそれは、そういうことだろう。鈍感な芹沢もさすがに察して慌てて電話をしてきた、というわけらしい。

「そんなこと言われてもな……」
「どうしよう、オレ、ここでうまくいかなかったら……」

 それから何かを想像したのか、ヒッ、と、押し殺した悲鳴のような声が聞こえた。たまたま開きっぱなしにしていたパソコン(断じて芹沢が彼女とよろしくしている間ひとり寂しくネットサーフィンをしていたとかそういう理由ではない、断じて)の検索画面に「彼女 家にいる 誘い方」と適当に入力して検索ボタンを押した。「彼氏や好きな人を家に誘う方法」「彼女とゆったり家デートがしてみたい」……

「いや、もう家にいる時はどうすんだ」
「すっすみません!」
「あっすまん」

 やべ。苛立って思わず口に衝いた言葉は当然電話機を通して芹沢にも届いたらしい。受話器の向こうからはすすり泣くような声が聞こえ始め、いよいよ俺も慌てだす。

「ま、まて、おちつけ。彼女はもう直ぐ出てくるのか?」
「た、たぶん……ウッ、オレなんて……」
「『やり方』はわかるか? ゴムは?」
「た、たぶん……一応家にあります……」

 あるのか。意外なようだが、芹沢もいろいろ考えてはいるらしい。「どうしよう……」ともう一度呟いた芹沢に、俺は一度深呼吸をした。

 落ち着け、俺。俺には関係のないことだ。いや、芹沢がここで失敗してフラれて超能力を暴走させたりしようものなら大変困るし、それで明日の仕事に支障をきたすようなことがあればもっと困るわけだが。とりあえずそれっぽいアドバイスをしておこう。

「彼女のことはよく知らないが、お前が好きで家まできたんだろ? ならなにも心配することはない。聞いてみたらどうだ? そのつもりできたのかって」
「そっ!そんなこと……!」
「それが一番はやいだろ。お前だって初めてなんだ、ちゃんと同意はとっておいた方がいいぞ」

 酒の勢いに任せてとか、そんなセックスをしたところで虚しさが残るだけだ。言っていて悲しくなってくる言葉だが、芹沢はその言葉を真面目に受け取ったようで、「たしかに……」と神妙な声で頷いている。お前は一体なにを納得したんだ?と口を開きかけたが、そんなことを聞いたところで墓穴を掘るだけだだと思い直し、慌てて飲み込んだ。

「とにかく、お前ならなんとかやれる。大丈夫だ。あ、明日は除霊の仕事があるから遅刻するなよ」
「はい……霊幻さん、ありがとうございます……!」

 あっ、と小さな声がしてガタガタと物音が響いた直後、受話器からはツー、ツー、という無機質な音だけが響いた。電話が切れたらしい。

「……あんなんでよかったのか……?」

 一人になった部屋で——いや、元々一人だったわけだが——呟いた。時刻は9時45分。おおかたシャワーを浴びた彼女が戻ってきて慌てて電話を切った、というところか。いずれにせよ俺にできることはもうない。部下の性事情など知りたくもないが、芹沢はああいう奴だし、モブがツボミちゃんに告白した時も似たようなことがあったしな。芹沢ならうまくやるだろう。

「がんばれよ」
 真っ黒になった画面越しにエールを送る。



 次の日、わざわざ遅刻するなよと言ったにも関わらずたっぷり2時間遅刻して何度も頭を下げるやたら血色のいい芹沢に小1時間嫉妬混じりの説教をすることになるのだった。