「あー疲れたー!」

修学旅行2日目の夜。舞ちゃんと2人部屋のベッドにそれぞれゴロンと寝転んだ。

「なまえの班、今日のお昼何食べた?」
「うちらはね、ソーキそば。あ、あと海ぶどうも!」
「ど定番じゃん!」

一頻り、今日の班別行動の話をして、笑いあう。東北と比べると沖縄は本当に暖かくて。日中歩き回ると少し汗ばんでしまうくらい。暑さに慣れてない所為もあるのかもしれないけど。話を終えると舞ちゃんが先に部屋付きのお風呂に入った。

窓からは、暗がりの海が見え、窓を開けるとザザーと波の音も聞こえた。宮城の空気とは違う質感の風を浴びて、ああ、遠くに来たんだなぁ、なんて。
班別行動だった今日は、二口くんを見かける事はなかった。何してたのかな?海とか行ったかな。学校じゃないから、運良くすれ違うなんてこともなくて。ふと浮かんだ二口くんの面影がぼんやりとぼやけた。誰かが言ってた。好きな人の顔をはっきり思い出せない時は、脳が"会いたい"ってサインを出してるんだって。早く会わせてって。バカみたいな話だと思っていたけど、あながち間違いじゃないのかも、なんて思っちゃうから不思議。

「なまえー、ありがとね、次どうぞー」
「あ、うん」

シャワーを浴びたら明日の自由行動の計画を立てよう。二口くんに会えなくたって、修学旅行は楽しめるし。

***

シャワー後、洗面所で髪を乾かしていると、バン!と勢い良くドアが開けられた。

「なまえ、髪乾いたー?」
「ん、もうちょっ」
「乾いたね。行くよ」
「え?半乾きなんだけど」
「いいから、早く!」

ぐいぐいと私の腕を引っ張り、廊下へと出て。3階から2階へ階段を降りて、1110と書かれた部屋を舞ちゃんはノックもせずに開けた。広い和室の6人部屋。って、男子の部屋じゃん!

「ちょ、舞ちゃん…」
「おーい、遊びに来たよー」

二口くんと青根くん、それと話した事は無いけど、確かバスケ部の子がふたり。

「6人部屋じゃないのー?」
「なんか、あいつら女子連れてくるとか言って出てったんだよ」

平然と会話をする舞ちゃんの横で立ち尽くす私。しかもスッピンで!半乾きの髪で!部屋着で!

***

さて、トランプでも、なんてお決まりの空気になった時、出て行っていたふたりの男子が女子を連れて戻って来た。えーと、確か機械科の女子。機械科は女子が4人位しかいなかったけど、そのうちの2人が来たみたい。

「あー、本当だ!二口いるー」
「でしょ?だから言ったでしょ?」
「は?なに?どーゆーこと?」
「いや、二口と同じ部屋だよーって言って連れて来たんだわ」

ダシに使ってごめーん、と謝る男子に不機嫌そうな二口くん。私と二口くんの間には機械科の女子が入って。6人部屋に10人も入って、ぎゅうぎゅう詰めでトランプをする事となった。二口くんとは少し離れちゃったけど、おかげで彼の顔が良く見える。隣にいたら、きっと目も合わせられない。修学旅行中、顔を合わせる事は無理だと諦めていたのに、こんな展開ラッキーだ。ありがとう、舞ちゃん。

「おーい、見回りくるぞ〜」

廊下から知らない男子の声が聞こえ、部屋の中が慌ただしくなった。

「え、マジ?部屋戻る?」
「無理だろ。廊下で先生と鉢合わせとか、最悪じゃん」
「えー、じゃ早く隠れよっ」

皆が慌てて布団の中に潜り込んだ。6組の布団に私を除く9人が素早く潜り込んだ。その間、自分でも驚くほど鈍臭く右往左往して結局どこにも隠れられず。

「ちょ、無理だろ、こっち来んなよ、抱きつくなって、マジで」

二口くんの布団には機械科の女子が2人共潜り込んで。必死に抵抗しているのか、二口くんの布団だけがごそごそと動いている。

「みょうじさん、俺んとこ入る?」
「あ、えと」

バスケ部の男子が助け船を出してくれた。初めて話した男子の布団に飛び込むなんて、いいんだろうか…。

「ほら、先生来ちゃうから!」
「あ、うん」

覚悟を決めてそこにお邪魔しようとした時、後ろから右手を掴まれた。

「俺ら、押入れ行くわ」
「え、二口、布団出るのー?」

その声を無視して、二口くんは私を引っ張るように布団の波を渡って、押入れの下の段に。

「やべ、ごめん、青根踏んだ」

少し横長ではあるけど高さのないそこに寝転ぶように滑り込んで、パタンと襖を閉めた。真っ暗。急に暗くなったため、目が慣れない。

「二口くん?どこ?」
「……ここ」

二口くんの声で、前髪が揺れた。思ったより近くで聞こえた返答に思わず身体を引くが、すぐに壁にぶつかり、逃げることも叶わない。

「…ごめん、思ったより狭かったわ。しかも俺、デカイし…」

ごめん、本当、と呟く声がまた前髪を揺らした。大丈夫、と答えた声は二口くんの喉の辺りにぶつかっただろうか。指一本動かせず、呼吸ひとつにも気を使う。目が慣れてくるのが怖くて、ぎゅっと閉じて。

「…みょうじ、あの、さ」
「先生行ったよー!」

スパーンと勢いよく襖を開けて光を差し込んでくれたのは機械科の女子。ありがとう、と言って身体を部屋に出る直前、二口くんの声が今度は耳元で。

「あとでさ、11時に3階の自販機の前にきて」

振り返っても、二口くんの表情は見えなくて。その言葉だけが何度も耳の奥で反芻していた。

***

PM11:00

もう寝ている舞ちゃんを起こさないようにそっと部屋を抜けた。薄暗い廊下に出て、遠くにぼんやりと光る自販機の明かりに向かって歩いて行けば、そこにもたれるようにスマホを弄りながら立つスラリとしたシルエットが見えた。私の足音に気付いて、顔を上げた二口くんがはにかむように笑って。
青根くんといると沖縄でも目立つとか、班別行動で海に入ってみたとか色んな話をしてくれた。

「で、さ、これ」
「わ、これ、可愛い」

青い琉球ガラスのヘアゴムと緑色の琉球ガラスのブレスレット。あげる、と言われたそれは自販機の光でキラキラ光って。

「え、いいの?本当に?」
「うん、でさ、明日さ、」
「あ!じゃ、明日、私も二口くんにお土産買うよ!」
「うん、そう…ん?」
「ちゃんと、考えて選ぶね」
「あ……うん、わかった、ありがとね」

じゃあね、と手を振り、部屋に戻る私に二口くんは少しだけ困ったように眉を下げて。それでも笑顔で手を振り返してくれた。

明日、早速このゴムつかってみようかなぁ。ベッドのサイドボードに置いたそれを何度も手にとっては眺め、沖縄の夜に浮かべ、すっかり飛んだ眠気を呼び戻すようにぎゅっと瞳を閉じた。


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