伊達工業高校。男だらけのこの学校だけど、私がいるこの4組だけはデザイン科で女だらけのクラスだ。そんなこのクラスには男子が近寄る事はあまり無い。女子の集団とは男子の集団とはまた違う圧力があるようで、況してやギャルっぽい派手な子が多いこのクラスの威圧感といったらなかなかのもの。だけど、稀に飄々と教室に入ってくる男子もいる。この人もその内のひとりだ。
「滑津ー、このクラス、文化祭何やんの?」
教室の窓をガラリと開けて、二口くんが顔を出す。さらりとした髪に綺麗目に整った顔立ち、小顔高身長とくれば、女子支持率もかなり高い。バレー部強いし。同じバレー部の舞ちゃんに話しかけているのに、舞ちゃんよりも他の女子がわらわらと窓に寄っていった。
「二口ー、これあげるー。グミだよー、口開けて」
「あ、どうもね」
「うちら、メイド喫茶だよ」
「遊び来てね」
「へー、メイドね。全員着るの?」
「ウエイトレス係はね。調理係は着ないけど」
「へー」
聞いたわりに興味無さそうに相槌を打つなぁなんて、耳だけ二口くん達の会話に向けていると、なまえ、と呼ばれて。振り向けば、クラスで一番仲の良い舞ちゃんだ。
「あれ?舞ちゃん、二口くん呼んでたよ?」
「うん、でももう用事足りたでしょ?文化祭の出し物聞きに来ただけみたいだし」
ほら、と指す方を見れば、確かに舞ちゃんを探している素振りはない。
「ところでなまえはウエイトレスする?調理する?」
「うーん、調理かなぁ。みんなウエイトレスやりたそうだし、私、メイド服はちょっと…」
「そう?似合いそうだけど」
「無理無理。舞ちゃんは?」
「私は、ウエイトレス!可愛いの着てみたい!」
「うんうん、良いと思う」
舞ちゃんのメイド服、きっと可愛いだろうな。あ、と何か思い出したように舞ちゃんが立ち上がった。
「私、二口に用事あるんだった。ちょっと、なまえも付いてきて」
なんで?と思ったけど、確かにあのプチハーレム状態をひとりで突破するのは可哀想かも。いいよ、と言って舞ちゃんの後ろから付いていく。
「ちょっとごめん、二口、あのさー、今日の部活の割り当て変わったらしくてー」
二口くんはバレー部の新部長らしい。すごいなぁ。そりゃ、モテるわ。でも、今は彼女はいないらしい。舞ちゃんとお似合いだと思うけど、そう言ったら舞ちゃんは大爆笑してたっけ。
「バレー部は恋愛対象じゃなくて仲間って感じ、それに二口は面食いだから」
って。舞ちゃん、可愛いのに。
ぼーっと、部活の話をしているふたりの姿を眺めていると、不意に二口くんから声をかけられた。
「みょうじー。…みょうじも着るの?メイド服」
「あ、え?あ、着ない。調理係にする」
「ふーん」
興味無いなら聞かなくてもいいのに。二口くんと私の接点は舞ちゃんくらい。私、帰宅部だし。急に話しかけられてほんのりと熱を持った頬に手をやって、話題を舞ちゃんへ振る。
「舞ちゃんは、着るよね、メイド服」
「へー、青根と見に来るわ」
「来なくていいよ。アンタ、笑いに来るだけでしょ」
「あ、もうバレてる」
へらへらと笑いながら二口くんは自分クラスに帰って行った。二口ムカつく!と怒る舞ちゃん。仲良しだなぁって、思った胸がちくりと痛んだ。
***
今日は文化祭の前夜祭。思いがけず調理係の責任者になってしまった私はまた調理室に残って最終チェックだ。他のみんなは早々と前夜祭へ行ってしまった。私に付き合って一緒に居てくれる舞ちゃんにも申し訳なくなって。
「舞ちゃん、前夜祭行ってきていいよ。最終チェック、私ひとりで大丈夫だし」
「え、でも…」
「本当に、大丈夫だよー。それに楽しみにしてたじゃん、前夜祭」
でも、と渋る舞ちゃんの背中を押して、ひとりで最終チェックに取り掛かった。窓から見える景色はいつもの学校の風景とは少し違って。学年も男女も入り混じってみんな準備に追われたり、はしゃいでいたり。あ、二口くんだ。周りにいるのはバレー部の人達だろう。わいわいと楽しそうに笑っている。そこに小走りで舞ちゃんも合流して、ふざける二口くんの背中をばしんと叩いて。
良いなぁと思った心をぎゅっと押し潰した。
***
二口くんと初めて話したのはいつだっけ?たまたまクラスで舞ちゃんと仲良くなって、そこに二口くんが舞ちゃんを揶揄いに来て…。でも、その頃にはきっと少し好きだった。この気持ちはまだ舞ちゃんにも言っていない。というか言うつもりも無いんだけど。二口くんは他のどの女子よりも舞ちゃんと仲が良くて、バレー部でもなんでも無い私はたまーに舞ちゃんといる時に話をする程度で。きっと叶わないこの恋心を二口くんと仲の良い舞ちゃんに話すのはなんだか惨めで気が引けて…。二口くんへの想いは、このまま放って置いたらいつか小さくなるだろう。当たって砕けるような勇気もないのだから。
突然ガラッと開いた調理室の扉の音にびくりと全身で驚いた。振り返ってそこにいた人を見てもう一度驚いた。
「ふ、二口くん?」
よう、みょうじ、ぼっち?、なんて言いながら、二口くんは調理室の中に入ってきた。
「え、舞ちゃん探してるとか?」
「や、違うけど…」
「え?あ、前夜祭行かないの?」
「…騒がしくて、疲れた」
手近な椅子を引っ張り、その大きな身体で小さな丸椅子に座った。さっきまで気にならなかった外の喧騒がやけに耳に入る。
「……」
「……」
「…明日さ、」
「うん」
「いや、なんか、あー、えーと」
「なに?」
「…やっぱ、なんでもない」
「え?」
徐ろに椅子から立って、調理室を出て行こうとする二口くん。私の横を通り抜ける瞬間、一瞬だけ合った目はすぐに離されて。
「みょうじがメイド服着ないみたいで…よかった」
耳元で聞こえた言葉を理解する前に、その距離感が生んだ恥ずかしさで思考力は0になった。二口くんが廊下に出て行った瞬間、前夜祭の終わりを告げる放送が、ひとりぼっちの調理室にも鳴り響いた。
***
文化祭当日はもう忙しくて。この機に乗じて女子とコミュニケーションを図ろうとする男子が殺到して、調理室もメイド喫茶もてんてこ舞いだ。みんなの計らいで、やっと休憩出来たのは予定より1時間もずれ込んだ14時30分。ちょうど同じタイミングで休憩に入った舞ちゃんと校内を巡る。いつもよりテンションの高い校内を歩くと、いつもは話す事のない男子や先輩もたくさん話しかけてきて。ああ、お祭りっぽいなぁなんて。
「ねえ、バレー部がたこ焼きやってるんだけど、ちょっと行ってもいい?」
「え、バレー部?」
「あ、だめ?」
「ううん、いいよ、行こう」
一瞬浮かんだ二口くんの顔。でも、昨日少し話が出来ただけで何かあった訳じゃないし。そう思い直して、バレー部のたこ焼き屋へと向かった。
「おおー賑わってるー」
「本当だ。けっこう混んでるね」
「ああ、客引きに二口がいるみたい」
その名前に収まりかけた心臓がひとつ大きく跳ねた。タタッと駆け出した舞ちゃんの後をゆっくり歩いて追いかけた。
女子が多めの賑わいの真ん中に二口くんは居て。秋なのに半袖だ。ジャージの上着を脱いで腰に巻いてる。あ、隣でクマの被り物をして立っているのは、同じ委員会の青根くんだ。青根くんに声をかけようと歩み寄った時、後ろからぐんと腕を掴まれた。
「ねえねえ、この学校の子?」
「はい、そうです…けど?」
振り返ると、私服姿の2人組の男子。同じ年頃だけど、知り合いじゃない。
「俺ら、〇〇高校なんだけどー、迷っちゃってさ。案内してくんない?」
「名前教えてー」
「え、あの…」
ああ、どうしよう。舞ちゃん、どこ?まごまごする私の肩を今度は別の誰かが引き寄せた。
「案内なら、俺がしましょーか?」
頭の上から降るこの声。振り向かなくてもわかった。肩と背中が熱い。
「いや、い、いいや。大丈夫。ほ、他を当たるから」
二口くんに睨まれた2人組はそそくさと去って行った。
「ありがとう、二口くん」
「…どういたしまして」
さっと二口くんの温もりが離れて。代わりにふわりとバレー部のジャージを掛けられた。
「…着てていーよ」
「え、あの」
「男避けにどーぞ」
「…ど、どうも」
ぶかぶかのそれに腕を通して、肩からずり落ちないように手繰って。ふわりと二口くんの香りに包まれた。口元を大きな手で隠している二口くんの表情は読み取れない。
「たこ焼き臭ぇかもだけど…」
「あ、大丈夫、いい匂い」
すんすんと嗅ぐと柔軟剤かな?制汗剤かな?少し甘い香り。
「ちょっ、恥ずいから!あんま嗅がないで!」
「あ、ごめん!」
自分の行動に恥ずかしさを覚えて、慌てて顔を上げた。
「なまえー!ごめん!手伝い頼まれてー」
パタパタと舞ちゃんが走ってきて、私の姿と二口くんを交互に見てにやにやと笑った。滑津、まじムカつく、と舞ちゃんの頭をぐしゃぐしゃに混ぜて、二口くんはたこ焼きの客引きに戻っていった。
「なまえ、そのジャージ」
「うん、貸してくれた」
へー、とまたニヤニヤ笑う舞ちゃんに意を決して一言。
「舞ちゃん、私、好きかも。二口くん」
「うん、気付いてたよ。ありがとう。やっと言ってくれた」
気付かれていた恥ずかしさにカアっと顔が赤くなったのが自分でもわかるくらい。でも、無理に聞き出さず待っていてくれたその優しさに、ありがとう、と呟いた。
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