「あのさ、かまち連れてきてくんない?」
初めて彼女に会ったのは、1年の夏。鎌先さんと同じクラスで先生に呼び出されてるのを伝えに来たんだったっけ。まあその事情はどうでも良い。彼女が用件を伝えれば、鎌先さんは顔を真っ青にして茂庭さんのとこに行って、そのまま凄い早さで体育館を出て行ったのは記憶にある。そのあと茂庭さんが彼女の元へ行って会話をして、そのまま何故か見学することになったらしい。男ばかりのこの学校で、女の子の見学なんて滅多にない。だからか、いつもより練習に気合いが入った。
「あ、ねえキミ。さっきはありがとう」
練習が終わったあと、彼女は迷うことなくこちらへ歩いてきて。急に話しかけられて驚いた俺は、ありがとうに対してまともな返事も出来なくて。けれど彼女はそんな俺を気にすることもなく、突然右手を高くあげて、
「うわっ!」
「あははっ、面白い顔」
手に持っていたものを、躊躇わず俺の首に当ててきた。ひんやりとする感覚に身体がビクッとなったものの、練習後で暑くなった身体には気持ちよい冷たさで。何かと思って首にあてられたものを掴めば、サイダーだった。
「今日はキミが一番輝いてたから、それあげる」
「は?」
「じゃーねー」
彼女は俺の間抜けな面を見てもう一度楽しそうに笑ったあと、逃げるように体育館を去っていった。訳も分からず手元に残ったサイダーを顔の前に持ってくれば、少し振られたのか炭酸が積極的に活動していて。しゅわしゅわと小さく音を立てている、そんなありがちな状況だったのに。何故か、凄く綺麗に見えたんだ。
そして2年の夏、3年の先輩たちが引退して俺は主将になった。夏休みも変わらず汗を流す毎日。そんな日々の中、たまに茂庭さんたちが練習に参加してくれる。そしてたまに、彼女…みょうじさんも見学に来ていた。
「やっほー二口くん、今日も見学させて貰うねー」
「ダメって言われると思わないんですか?」
「うん思わない」
彼女が来るのは気まぐれで、来る度にその日一番輝いてた人を勝手に選んでサイダーを渡していた。そんな神出鬼没なみょうじさんも3年が引退すると同時にこなくなると思っていたのに、主将が俺になっても相変わらずで。切り替わってから初めて来たときは、何故か凄く嬉しくなったのは記憶に新しい。その理由はよく分からないまま、今日に至るのだが。
「二口くんお疲れ様ー。はい、あげる」
「珍しいですね、俺にくれるなんて」
「まあ二口くん主将だしねー」
練習後、珍しくみょうじさんが俺にサイダーを渡してきた。俺が主将になってからは初めてのことで、久しぶりだからか凄く嬉しい。けどそんなことは教えたくないので必死に冷静を装って彼女に理由を問えば、主将だからと意味の分からない返答をされた。どういうことですか?と率直に疑問を投げれば、いつでも頑張ってるでしょ?と返されて。不意打ちな誉め言葉に、思わず黙るしかなくなった。
「でも今日は、少し疲れてそうに見えたから」
故意的に言ってるんじゃないかと思うくらい、真っ直ぐな言葉を渡されて。でもみょうじさんの表情は柔らかくて、これが嘘でなく本音なんだということが分かってしまうから、余計恥ずかしい。気付かれないように隠していた体調不良を見抜かれたことが悔しくて、でもそれ以上に見ていて貰えたことが嬉しくて。複雑な感情が生み出されていく。
「だから、今日は特別だよ」
みょうじさんの言葉に他意がないことなんて、はじめから分かり切っている。それでも、特別という単語に胸が高鳴ってしまう理由にやっと気付けた。イヤ、気付きたくなくて目を背けて来ただけなんだけど。結局、たまに来てくれることが嬉しいのも、後輩が貰えているサイダーを欲しいと思っていたことも、全部そのせいだったのだ。
「ねえ、みょうじさん」
「ん?」
「今度から俺以外にサイダー渡さないでください」
そのことに気付いてしまえば最後、溢れるように言葉が出てしまう。いつもの俺と違うってことに気付いたみょうじさんは、不思議そうに首を傾げていて。その仕草さえなんつーかその、可愛く見えて、自分だけのものにしたいって気持ちでいっぱいになった。
「そんなにサイダー好きなの?」
「そうじゃなくて…っ!」
「じゃあどういうこと?」
「みょうじさんを俺のものにしたいってことですよ気付いてくださいバカなんですか?」
軽く暴言混じりの言葉にみょうじさんはクスクス笑って、それ告白のつもり?なんて言ってくるもんだから急に恥ずかしくなって。俺が告ったはずなのに何でこんなに振り回されてるんだよ…と悔しさを覚えながら、「嘘ですなかったことにしてください!」なんて逃げて。あーあ俺情けなさすぎだろ、と盛大に溜息をついた。
「ねえ二口くん。いつも頑張ってるのを知ってるのはなんででしょう?」
「………はい?」
「その答えが分かったら、サイダー持って来てね」
彼女はそう言い残して帰ってしまう。言葉の真意が汲み取れなかった俺は、言われたことを思い出して考えてみる。頑張ってるのを知ってるいる理由ってなんだ?そりゃ主将になってからより一層真面目に取り組んでるけど、なんつーか恥ずかしいから表には出さないようにしてる。……ん?
「……そういうことかよ」
明日、朝練の前にサイダーを買おう。そんでもって昼休みに、とっておきの台詞も用意して会いに行くから。そんときは、サイダー以上のきらきらの笑顔、見せてくださいね?
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