"大事な話があるんだけど"
トークアプリで堅治へメッセージを送れば、すぐに既読になった。
"なに?"
"会ってから話す"
"わかった。帰りに寄る"
その返信を見て、一仕事終えた気分になり、大きく息を吐いた。
***
暑い日だった。あと少しで本格的な夏が来る。そんな日。
伊達工業高校バレー部のマネージャーだった私は、その日は体育館の鍵当番だった。同じ学年のマネージャーの舞ちゃんは、新しく出来た彼氏とデートとかで、先に帰って行った。
土曜日で、他のみんなも練習後は早々に引き上げて行った。私もさっさと鍵閉めて、さっさと帰ろう、なんて思って、ジャラジャラ鳴る鍵を握りしめた。
体育館の前には、ぽつんと制服姿の青根が立っていて、入り口からそっと、中を見ていた。
「青根?どうしたの?」
「……二口」
大きな青根の身体の脇から、体育館を覗き込めば、1人きりで黙々とサーブの練習をする二口がいた。
「ずっと、ああしてる。最近」
「声かけないの?」
「……」
普段からは想像もつかないくらい真剣な表情の二口は、確かに気軽に声をかけられる雰囲気ではない。
「うーん、待つか。二口が終わるまで」
そう言って、今日は用事があるらしい青根も帰し、体育館の入り口に腰を下ろして、練習する二口の姿を見つめていた。しばらく、ずっと。ネットにかかったボールがこちらに転がってくるまで、ずっと。
「はい、ボール」
転がって来たボールを二口に渡すと、私がいると思わなかった彼は、驚いたような表情を見せた。
「あ、わりぃ、俺、時間…」
「いーよ、別に。何も用事なかったし」
「先、帰っていーよ。鍵は俺やるから」
「もう終わりにして、二口も帰ろ?肩、壊すよ?」
「…や、俺は、」
「新チーム発足早々に主将が怪我じゃ、困るでしょ?」
それを聞いた二口はぺたんとその場に座り込んで、髪の毛をぐしゃぐしゃとかいた。
「二口ー?」
「…なまえ、隣、座って。クダサイ」
緩く繋がれた指先は、拒めば簡単に解けそうで。一瞬、離してしまおうか迷った。でも、熱い体温が繋がれた右手の指先を通して伝わってきて。おとなしく、二口の隣に腰を下ろした。
「俺さー、主将向いてなくね?」
「どーだろ?よくわかんないや」
「茂庭さんて、凄かったんだなって」
「あれだけ、世話かけといて、今更?」
そうなんだけどさーと唇を尖らせた二口の目はいつもより少し弱気に光ってて。思わず、繋がれたままの指先で、二口の大きな手を、ほんの少しだけ強く握った。
きっと、そこから二口堅治と私の人生は繋がっていったのだろう。
***
どうやって励ましたか、二人で帰りながら、どんな話をしたかとかは今は朧げ。ただ、繋いだ指先とか、硬い腕が微かに触れる感触とか、とにかく熱くて。
あれから環境が変わり、呼び方も二口から堅治に変わって。でも、相変わらず私の隣にはいつも堅治がいた。
でも、この先はどうだろうか。優しく自分の下腹部に手をやる。今までと変わらない、いつものお腹。自分自身でもまだ実感がわかないが、この中に堅治と私の小さな命が宿っている。きっと男の人なんて、もっと実感がわかないだろう。堅治はどんな顔をするだろうか。
***
「なに?話って」
思っていたより少し早い時間にインターホンが鳴った。早めに切り上げたと言った堅治をリビングに通すと、ソファに座りながらすぐにそう聞いた。
「大事な話ってなんだよ?」
どう切り出そうかと悩んでいた私はあっさり出鼻をくじかれた。
「あのね、子供がいますって。ここに。私と、堅治の」
促されるまま、事実を述べたら、堅治はキョトンとした表情で私を見つめた。
「へ?本当に?」
「…うん、本当」
「いや、大事な話がある、なんて言うから別れ話でもされるのかと思ってた」
ああ、良かった、なんて言いながら、堅治はだらんとソファにもたれる。
「あー、そっかー、俺とうとうパパか」
「え?」
「え?違うの?」
「違くないけど、」
「いや、だって、するでしょ?結婚」
「結婚!?そんな、急に…」
「急って…俺はずっと、そのつもりで付き合ってきたんだけど。まぁ、順序は逆になっちゃったけどね」
堅治がそんな風に考えていたなんて知らなかった。いずれ堅治と、なんて思っているのはもしかしたら自分だけじゃないかとさえ思っていた。結婚したいねなんて口に出したら堅治に要らぬプレッシャーを与えてしまうかもしれないと考えて敢えて言葉にも態度にも出さないようにしていたくらいで。
「おい、なんか言えよー」
「…堅治」
「んー?」
返事の代わりに堅治にキス。唇を離して、目が合って。ふっと笑って、抱き締めてくれる。
「あー、ヤバい、俺、今すげー幸せ」
私も、と、つぶやいた声は涙で少し掠れていた。
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