わたしの隣の席の二口は、綺麗なやつだ。
さらりとした亜麻色の髪とか、つり目がちなアーモンド形の瞳とか、すっと通った鼻筋とか。
あと、大きくて少し骨ばった手とかも、綺麗だと思う。

…というような趣旨のことを友人に伝えたら、
「えっこいつ気持ち悪っ」
と言わんばかりの表情で、

「…えっなまえ二口のこと好きなの?」

そう聞いてきた。
…若干傷ついた。

まあそれはともかく、好きか嫌いかの二者択一だったら、わたしは間違いなく好きを選ぶ。
二口はいつも軽薄な態度を取っているし性格があまりよろしくない。けど、意外と優しいし親切だ。軽口は叩くけど。
綺麗だということを差し引いても、好ましいと思う。
ただ、その感情がラブなのかライクなのかは分からないし考えたこともない。…いやちょっと待て。
考えたこともないというのはつまり、そういう対象として見ていないということなのでは…。

「う、うん、まあ」

すこし迷った末に、そう返した。間違ってはない、はずだ。
友人は何か言いたそうな顔をしていたけど、諦めたのか違う話題を振ってきた。



(そんなこともあったっけなあ)

現実逃避をするように、そう考える。

それがどうしてこうなった。

「みょうじ、肩思いっきり出てるからもうちょっとこっち寄りなよ」
「…う、ん」

現在の状況。
雨。勢いよく降っている。
いつもの帰り道。下校途中。
そして、

二口と、同じ傘の下。



そもそも何故、帰宅部であるわたしとバレー部である二口がこうして一緒に帰っているのかというと、日直の仕事があったためである。ついでに言うと、バレー部は体育館の点検やら何やらで本日は活動がなかったらしい。
そしてその日直の仕事が終わり、さあ帰ろうとしたところで、

「俺、今日傘持ってきてないんだよねー。みょうじの傘に入れてくれない?」
二口が突然そうのたまいやがったのだ。

当然わたしは拒否した。別に一緒の傘が嫌とか、そういうんじゃなくて(いや、恥ずかしいなとは思うけど)、ビニール傘ならそこらのコンビニに売っている。わざわざ、その、…相合傘をしなくたっていいじゃないか。
と反論したのだが、あの野郎、過去の恩を並べ立てて、

「あーあ、ひっどいなー。俺はあんなに親切にしたのになー。みょうじは俺の事見捨てるんだー。へーえふーん、そーなんだあー」
と、見捨てられる割には随分と楽しそうな笑みを浮かべたのだ。

それからも必死に拒否したものの、二口によって丸め込められてしまったのである。
そして「じゃあお礼に送ってってやるよ」という言葉によって、今現在に至るわけだ。



(…絶対、わたしが断れないって知ってた…!)

そう思いながらも、おとなしく二口に言われたとおりに少しだけ近寄る。
すると自然と距離が縮み、肩と腕が触れ合った。思わずびくりと反応する。

「ご、めん…」
「や、別にいいけど。そんな気にしなくてもいいのに」
気にしないでいられたら苦労しないよばか。こっちはなんかよくわかんないけど頭がぐるぐるして心臓の音がうるさいんだよ、察してよ。

とは言えずに、ぎゅっと肩を縮こめて俯いた。

「…」
「…」
いつもは饒舌な二口だけれど、その時はやけに静かだった。
お互い黙ったまま歩いていたら、不意に、つるりと足が滑ったような嫌な感覚がした。
気付いた時には、もう遅かった。

「う、わ…っ!」

わたしはバランスを崩して後ろに倒れる。
思わず目をつぶったけれど衝撃は来ず、代わりに肩が温かく包まれた。
そっと目を開けてみると、

「俺水たまりで足滑らせて転ぶ奴初めて見たわ…」
わたしは肩を抱き寄せられる形で、二口に支えられていた。

触れ合った部分から伝わってくる体温や、自分のものでない香りをやけに意識してしまって、かっと顔が熱くなるのを感じた。

「…ありが、とう」
それでもなんとかお礼の言葉を絞り出す。蚊の鳴くような小さな声だったけれど、二口には聞こえたらしくふっと息だけで笑った。

「どういたしまして」

雨は、まだ降り続いていた。



それからはただひたすら無心になって、時々聞かれる「どっち行けばいい?」に対して、「右」とか「まっすぐ」とか答えるだけだった。

「あ、ここ、左に曲がってちょっとしたら家だから」
「ん、了解」

わたしたちは左へ曲がり、細い道をまっすぐに進んだ。雨足はいつのまにかおさまっていて、小雨程度になっていた。



「ここ、家…」
「おっけー」

やっと家に到着し、ほっと安堵する。…それと同時に、少し惜しいと思った自分がいたことには気が付かないふりをしておく。

「送ってくれて、ありがとう、」
ばいばい、と言おうとしたところを
「みょうじ」
と遮られた。何だと思って見上げると、

「…っ、」

呼吸が一瞬、止まったような気がした。

そこには、わたしの知らない表情をした二口がいた。

いつもの軽薄そうな雰囲気はどこにもなくて。
ただ強く、こちらを見つめていた。

「な、なに」

なんとか出した声は、情けなく震えていた。


「    」


そういった二口は、悔しいくらい、綺麗で。

こんどは心臓も一緒に止まった気がした。



雨はいつの間にか止んでいた。

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