春といえば、桜。
でもまだここ東北では、うすいピンクの蕾は寒そうに縮こまっている。

春といえば、出会い。
かけがえのない友人たちとの出会いはたいていこの季節に用意されている。

…でも、その前に。
春といえば、度し難い別れの季節でもあるのだ。



「−卒業証書、授与。」

まだ冷え込む体育館のステージで教頭先生が厳かな声を出せば、一番最初に名前を呼ばれた先輩の大きな返事がシンとした静かな館内に響き渡る。

お世話になった先輩方を見送る季節が今年もまたやってきてしまった。

「次、鎌先靖志!」
「ハイ!」

−あぁ、次は鎌先先輩の番か。
私の視線の先で堂々と背筋を伸ばして大股で歩いていく鎌先先輩は、やっぱり大きいなぁなんて思う。

「うぉ。ネクタイもブレザーもちゃんとしてんのなんて初めてじゃね?」

私の右隣に立つバレー部仲間の二口がボソリとそんな事を言った。
相変わらず緊張感のないヤツだと思いつつ、つい"確かに"と納得してしまった。

『そうだね。こんな鎌先先輩の姿を見れるのはきっとこれが最初で最後だろうな。』
「…。」

同じように小声で返した私の言葉に反対側に立っていた青根がピクリと小さく反応し、何か言いたげな視線を向けているのに気付く。

『何?青根。』
「…鎌先さん、だけじゃない。」

青根が口元で呟き、私からはずした視線を再び前に向けた。

青根の言葉の意味がわからないまま同じように前を向くと、ちょうど檀上では緊張した様子の茂庭先輩がギシギシとした動きで壇上にあがっていくところで。
ちょっとだけ見ていてハラハラとしてしまうがそんなのは全然杞憂だったらしく、しっかりと証書を受け取った先輩がどこか誇らしげな顔でくるりと振り向いた。

(−あぁ、なるほど。)

急に青根の言葉が腑に落ちる。

確かに彼の言う通り、鎌先先輩のあんな姿"だけ"じゃない。
普段の腕まくりをした姿ももちろん、他の先輩たちの制服姿だって、全部全部今日で見られるのは最後だ。
二口も同じことに思い当たったのか、何も言わずに真剣な表情を壇上に向けていた。

(…やめてよ、泣きそうになるじゃん。)

そんな風に意識をしたら鼻の奥がツンと痛くなってきた。
引退式の時に散々泣いたのだから、今日は笑って卒業をお祝いするって決めたのに。

先輩たちの姿を捉えるとより一層卒業するという事実をつきつけられ、受け入れたくなくて苦しくなる。
でもしっかりと目に焼き付けたいという気持ちも同時にあって、どうしようもないジレンマにかられる。

原因となる発言をしたくせに青根は全く普段通りで、ただの八つ当たりだと解りながらも軽くエルボーを食らわせてみた。

と、上の方で青根がチラリと私の方に顔を向け、少し迷うような素振りを見せてから何か一言だけ呟いた。
その声はとても小さくて聞こえなかったけど、多分「悪い」とでも言ったんだろう。
そして、私の頭を優しい掌が一度だけ撫でる。

(…っ青根の、バカ。)

我慢していた涙が、ポロリと落ちた。

「…逆効果だな。青根。」
「…?」

私の頭上を呆れたような二口の声が通り過ぎる。
青根には二口の台詞の意味はわからないようだったが、少しだけ焦っているようにも見えた。



卒業式は滞りなく進んで行く。
証書の授与式に続いて学校長や来賓の方の式辞が終わり、在校生による送辞が贈られる頃にはあちこちからすすり泣きが聞こえてきた。
こんな時にしか歌わない校歌は歌詞を見ないと歌えないのに、涙で滲んでそれも見えない。

そして、最後に卒業生代表の答辞が終わると、式を進行していた教頭先生が閉式の挨拶をするために咳払いをする。
その音もマイク越しに響いた。

「以上をもちまして、伊達工業高校卒業式典を終了いたします。卒業生一同、起立!」

その言葉を機に、前方で着席していた卒業生がザッと立ち上がった。

−…しかし、通常ならそのまま退場するハズの3年生達の動きは止まったまま。
ざわめきだした会場に先生たちが焦りはじめた頃、突然その中央からよく知っている大きな声が響く。

「バカばっかやってきたけど、最高の3年間でした!ありがとうございましたぁ!!」
「「「っしたぁ!!」」」
「ッダテコー!ファイッ!!」
「「「オォォ!!」」」

ガバッと深く深く頭を下げた卒業生たちの予想外の行動に、先生たちが目を丸く見開いて固まっていて。
なのに先輩たちは何事もなかったように退場をはじめたから私はつい笑ってしまった。

もちろん私だけではなく、在校生や父母席にもそれは広がっていき、そのまま盛大な拍手と歓声に変わった。
「サイコーっす!」という在校生の声と口笛に見送られながら退場していく先輩たちの表情は、後で最後に怒られるだろうにとても晴れやかで。
先ほど大きいななんて思った頼もしい先輩たちの背中が、また一段と広くなっているように見えた。



「先輩たち、何してるんですかもー。」

外に出れば、舞ちゃんやバレー部の後輩たちに囲まれてる先輩たちが目に入り、私たちも漏れなくその輪の中に入る。
舞ちゃんの言葉にニッと笑った鎌先先輩がドヤ顔を見せた。

「いいだろ。お前らも来年やっていいぞ。」
「…嫌ですよ恥ずかしい。」
「何だと二口このやろう!先人を敬えよ!」

通常運転で二口が鎌先先輩からヘッドロックを決められ、その日常過ぎる光景に舞ちゃんと笑っていると茂庭先輩と笹谷先輩が隣にやってきた。

「アイツらは結局あぁなるんだなぁ、もう。」
『茂庭先輩、今日は止めないんですか?』
「もう好きにやればいいよ。さっきのだって何故か俺が先頭切って怒られたしなぁ…。」

はぁーっというため息と共に苦労人の顔を見せる茂庭先輩の隣で、笹谷先輩は意地悪な顔を見せた。

「で、みょうじはまたぐちゃぐちゃに泣きまくってたろ。」
『うっ…!』
「まぁそれも嬉しいけどよ。お前も滑津も、出来ればずっと笑ってろよ。その方がアイツらだって頑張れんだろ。」
「そうだね。俺たちも滑津さんとみょうじさんの笑顔には随分と支えられたしね。」
「『…っハイ。』」

舞ちゃんと二人して鼻の詰まったような返事をすれば「また泣いた」なんて笑われるけど、だったら泣かせるようなことを言わないで欲しい。
しかも鎌先先輩に解放された二口とそれを止めていた青根までこちらにやってくる。

「なまえたち、まだ泣いてんの?」

二口にまでいじられ、しかも青根にじっと見つめられてだんだんと恥ずかしくなってきた私たちは、先ほどの先輩たちの言葉を思い出しながら反撃に出ることにした。

「二口、青根。…二人もうちらが笑ってる方が嬉しい?」
「っはぁ?!」

二口がすっとんきょうな声をあげる隣で、青根は当然という風に大きく頷く。
…さすが青根。揺るぎないなぁ。

「って、青根。お前はなんでそう素直に頷けるんだよ…!」

呆れるように言う二口の顔がちょっと赤い。
それを見ながら私たちはニヤリと笑う。

『ふーん、そっかー。今のでだいたい二口の気持ちもわかったしね。』
「ねー。素直じゃないよねー。」
「!ッオイ! 」

先程よりもさらに赤みを増した顔でつっかかってくる二口が、「っくそ」と言いながら頭を掻いたのを見て、舞ちゃんと二人で顔を見合わせて勝利のピースサインを送りあった。



「あ、そうだ!写真撮りましょうよ!」
「おぉ、いいぞ!」

舞ちゃんの言葉に皆で集まる。
しかし何故か青根がカメラを持ってスタンバっていて、ずるりと芸人のように皆でコケそうになってしまった。

『って違うよ!青根も入るの!』
「?」
「青根。俺が撮ってやるからお前も写れよ。」

通りすがりのクラスメイトがそう青根に声をかけてくれ、彼はどうやらようやく合点が行ったようだ。
少し照れくさそうにやってきて、私の隣で大きい背中を小さく丸めた。

しかしクラスメイトは慣れないデジカメの調整に手間取っているようで、時間が空いたから少しリラックスするようにポーズを崩した。

「最後なんだから全員笑えよー!」
『う、最後とかヤメテください…!』
「ははっ、可愛いヤツ。だけどそんな泣く必要ねーだろ。」

笹谷先輩の笑顔に続くように茂庭先輩と鎌先先輩も優しげに目を細める。

「確かにね。」
「出会いと別れっつっても出逢った事実はかわんねーしな。」
「…鎌先さん、懲りずにちょこちょこ来そうですよね。」
「なんか言ったか二口コラァ!」
「もー鎌ちも二口もいい加減にしろって!」

写真を撮る体勢が崩れそうだからか、さすがに茂庭先輩が二人を止める。
それを見つめながら、隣で青根が「…みょうじ」と私の名を呼んだ。

「…繋がりは、消えない。」
『…うん。ありがと。』

その小さな微笑みに安心していると、どうやらデジカメの調整が完了したようで、クラスメイトが改めてカメラを構える。

「っよし!スイマセンお待たせしました!」
「おぉ、頼む!」
「じゃあ撮りますよー!カウント3秒前から!」


−3秒後。
そこに写っているのはきっと、泣きはらした顔で笑うきみ。

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