※浮気描写有り


男ばかりのこの学校だけど、私が求める人はただひとり。

「せんせい、」

誰もいない資料室で作業着を引っ張るように引き寄せてその唇を奪えば、すぐに左肩にドンっとした衝撃を受けた。バランスを崩した身体を整頓されていないスチール製の棚が支えてくれた。

「っ、何考えてるんだよ?学校だぞ?」
「じゃあ、いつならいいの?」
「…っ、それは、今度の休みにでも…」
「最近、そればっかり。すっぽかされてばっかりだけど?」
「……」

コンコン、と響いたノックが私たちの動きを止めた。失礼しまーす、と背の高い男子生徒が入り口をくぐるように入ってきた。

「先生、これ、実習のまとめプリント。A組の分っす」
「お、おお、ありがとう、二口。ほら、みょうじも、もう用事は済んだんだろ?」

はい、と小さく呟いて大人しく資料室を出た。プリントの束を持ってぎこちなく微笑む先生の、左手薬指に光るちっぽけな輪っかは今日も当然のようにそこにいた。

「みょうじのさ、用事って何だったの?」
「なんでアンタに言わなきゃなんないの?」

くりっとした大きな猫目で真っ直ぐに見下ろす二口堅治は、確かバレー部の子で。これだけ男ばかりの学校の中でもパッと目立つ存在だった。

「なんでって、面白いもの見ちゃったからさー。興味本位」

おそらくさっきの私たちのキスを汚い窓ガラスごしに見たんだろう。特に何も答えないでいると、予鈴が鳴り、教室へ向かう私の右手を二口の大きな左手が包んだ。指と指の間に先生のものとは違う、薬指に冷たい金属を付けていないゴツゴツした男っぽい指が絡まって。みんなが教室へと向かう中、手を引かれるまま二口に合わせて歩けば階段を上って上って、常時施錠中の錆びついた扉の前。ここを開けると屋上だ。
はぁ、はぁ、と軽く息の上った私を見て、体力ないね、と面白そうに笑って、二口はポケットから小さな鍵を取り出した。

「え?なんで?鍵…アンタ持ってんの?」
「保健室のセンセーに貰った。先生って人種はお堅い反面、チョロい人も多いね」

ふたり並んでフェンスを背にして秋晴れのアスファルトの上に腰をおろした。何気なく伸ばされた二口の足は随分長くて、ぶつかるようにくっついた肩はがっしりと硬かった。相変わらず繋がれた手は、暑くも冷たくもなく、私の手と同じ温度でひどく心地よく感じてしまっている。

「最低だね」
「あんたもだろ?人が来るの見計らってキスしたくせに」

吹き付ける風が柔らかそうな二口の前髪を見えない手で跳ね上げて、形の良いおでこが露わになった。

「誰かに見つかりたかったんだ?」
「……」
「騒ぎになれば、先生が離婚してくれるかもって?」
「…別に、ちょっと困らせたかっただけだよ」
「タチ悪ー」

乾燥した空気に二口の乾いた笑い声が溶けていった。

「ね、俺ら付き合わね?」
「なんで?」
「相性良いと思うけど」
「今日初めて喋ったのに?」
「元々、顔も結構タイプだったし」

それに、と繋がれたままの手を持ち上げて、きゅっと強く握り直して。

「わりと居心地良くない?」
「私、好きな人いるよ?」
「知ってる。さっき見たしね」
「色んな場面で、二口と先生比べるかもよ?」
「良いんじゃね?負けてるとこ無いし」

圧勝でしょ?と二口の綺麗な顔が近づいてきて、これまた大きな右手が逃げようとした私の頬を撫でた。

「じゃ、OKってことで」
「まだ、そんなに二口の事好きじゃ無いからね」
「そんなに、ね。初めて喋ったのに、少しは好きなら出足好調だろ?」

まだお互い興味本位でしかない恋の始まりは、青春と呼ぶには醜すぎるし、この先もきっと美しくはなれないだろう。
だけど、重なった唇も絡まる舌も無遠慮に身体を撫で回す右手も、全てが示し合わせたように同じ温度で、また心地良さを感じてしまった。

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