二口を主将に迎え、新体制で挑んだ春高の予選。
結果は惜しくも青城に敗退してしまったが、自分たちに下を向いている暇はない。
敗戦のおかげで見えた課題と連携プレイを磨いていくためには、ただひたむきに練習していくしかないんだ。
そう言わんばかりにすぐさま立ち上がる皆の姿は、本当に強いと思った。
そんな風に青根たちが厳しい練習をこなす日々の中、気付けばある可愛らしい女の子が体育館に現れるようになった。
多分、一年生だ。
特に誰かに声をかけるでも騒ぐわけでもなく、ぽーっとした目で練習を見つめる姿に、私は"また二口かな"なんて考える。
生意気な口調や素直じゃない性格はどうかと思うが、なんだかんだ言いながらも優しい二口はかなりモテる方だと思う。
この一年半だけでも何人か、二口に告白してダメだったなんて話も聞いているし。
練習で忙しい部員たちが、女の子の気持ちに対してどう思ってどうするかなんてマネージャーの私には解らないけど、それでも可愛らしい彼女を見かけるたび、心の中で"頑張れ"と小さく応援のエールを送ったりしていた。
しかし、そんな余裕は突然崩れ去る。
ある日の練習終わりに、決意を固めた様子のその彼女が声をかけたのは、私にとって想定外の人物だった。
「あのっ…青根さん!」
(あ、青根?!)
思わずその言葉にビックリして振り向いたのは私だけじゃない。
背の高い青根の影でふるふると足を震わせる女の子が私の視界に飛び込む。
「随分と言うのが遅くなってしまったんですが…先日は助けてもらってありがとうございました!そのあとの試合も拝見しました。すごく、かっこよかったです…!」
必死な声でそれを伝えた後、持っていた小さな袋を青根に手渡した。
「これ、お礼と…、私の気持ちです。お返事はいつでもいいので…!」
目を見開いた青根が口を開く前に彼女が深く頭をさげ、「お邪魔しました!」と体育館から走り去った。
そんな彼女の背中を、誰が止めるでもなく全員で呆然と見送る。
思考回路の停止している私の耳に次に響いたのは、我に返った部員たちが青根をからかうような声だった。
「うぉぉ!青根め!うらめやましい!」
「恨めしいのか羨ましいのかどっちだよ、それ。」
「青根!お前あの子に何したんだよ!」
「…?」
私も気になって青根の方を振り向いてみるが、青根はただ首をコテンと傾げる。
それを見て部員たちがまた一際大きなツッコミを入れた。
「「「ってお前、無意識かよ!」」」
部員たちに揺さぶられ、飛びかかられてもまだまだ疑問顔の青根の後ろで、少し考えてた様子の二口が思い至ったかのように「あぁ」と手を打ちならした。
「あれ、春高予選ん時に絡まれてた子じゃねー?」
「…??」
「絡まれてた?他校のヤツにか?」
「助けたって…殴り合いとかしたのかよ?あぶねーな!」
「いや、青根が立ってただけで逃げてったよな。」
「……あぁ。」
二口の言葉にようやく合点がいったのか、青根がコクリと首を縦に一つ。
部員たちは心なしかホッとしたように小さく笑って「さすがだな」なんて青根の肩を組んでいたが、逆に私の顔色はサーッと青ざめたんじゃないだろうか。
こういっては青根に失礼なんだけど…、安心し切っていた。
見た目が少し怖いせいか、男女ともに青根に近づく人は少ない。
部活仲間や一部のクラスメイトのように、仲良くなってしまえば青根の優しさにすぐに気付くのだが、特に女の子はそこまで至ることが少なかった。
だから私は安心して青根に片想いをしていられたが、やっぱりそれは私だけの特別というわけじゃないんだと痛感する。
「−で、青根。あの子どうすんだよ?」
『っ!』
誰かが青根に言った言葉に、思わず俯いていた顔をあげた。
「…"どうする"、って…?」
「つきあうかどうかってことだろ?」
「あの様子じゃ、手紙とか入ってるだろー?いいなーオイ。」
「素直そうだし可愛らしいし、いい子なんじゃね?」
二口が私の方を見てニヤリと笑ったような気がする。
どうせこちらは素直でも可愛らしくもない。
やっぱり目敏い彼には私の気持ちはバレているんだろうな。
「俺、は…、」
『っ、練習終わったし、私はお先に失礼します!』
「ってオイ、みょうじ?!」
口を開いた青根の言葉を遮り、何か言われる前に私はすでに走り出していた。
部員たちの驚く声が背中に聞こえる。
気にならないわけがないけど、聞きたくない。
逃げたって何もならないのはわかってるが、もし青根の答えがyesだったとしたら私の恋はその瞬間に強制終了となる。
それが怖かった。
でも、勇気を出したのはあの女の子で。
それを持てない私には今何かできるわけじゃないんだ。
走りながら涙がにじみそうになるのを腕で押さえると、急に反対側の腕が引っ張られて私の体がガクンと後ろに仰け反る。
『っ?!』
「わっ、悪い…!」
反動で倒れそうになった背中は、危ういところなくポスンと大きな胸に預けられた。
頭上で聞こえたのは、少し焦りを帯びた青根の声。
追いかけてきてくれてたことが予定外すぎて、私は思わずそのまま固まる。
『あ、青根、どうしたの…?』
「…様子が、おかしかった、から。」
『そっか。えっと、ごめんね。大丈夫だよ。』
心を落ち着かせてゆっくりと振り向いてみれば、困り顔の青根がいて。
青根は悪くないのだから気にしないでほしいけど、私としては理由を言うわけにもいかない。
そのまま互いに向き合ったまま黙りこくると、青根が小さく私の名を呼んだ。
「…みょうじ。」
返事に窮するほど真剣な目を向けられ、私は一人息を飲む。
「…俺は、みょうじが好きだから。」
『え、』
「だから、さっきの子とは付き合わない。」
急な言葉に、私は言葉もなく目を丸くした。
珍しく饒舌な青根の顔が、赤い。
「…二口に、言われた。早く伝えろと。…うまく、言うことはできない、けど…。」
『青根…?』
「…みょうじの返事がどうであれ、俺はずっとみょうじのことが好きだ。」
『う、そ…。』
私の言葉に、青根は私を見つめたままふるふると首を振る。
青根を疑ってるわけじゃなくて、ただこの状況が夢か現実かはかりかねて出てきてしまった呟きだった。
『私も…。私も青根が好き。』
「!」
『…今も、実はたださっきの子に勝手に嫉妬して勝手に不安になったんだ。』
「…!心配、することはない。でも、嬉しい。」
ふっと目元を緩めた青根が、途切れ途切れに口にする。
耳にスッと入ってきた青根の声は、私の胸に溶け込むように温かくなる。
たまに聞かせてくれるあなたの言葉はどこまでも優しくて。
そこにはウソも何もなくひたすら真っ直ぐだから、どうしたって信じることしかできない。
たった一言で私を幸せにしてしまうんだから、ちょっと腹立たしいくらいだ。
『…ほんと、ずるいなぁ。』
でもお願いだから、そう思うのは自分だけでいたい。
そんな我儘を飲み込んで青根を見上げてみれば、私の言葉の意味がわからないのか、君がまた不思議そうに首を傾げた。
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