木枯らしが吹き付けて窓から覗く木々を揺らしている。数ヶ月前までは青々と輝いていた葉は、今や枯れ葉となって景色を冬色に染め上げていた。12月ももう半ばを過ぎたあたりとなれば身を凍らせるほど空気は冷たい。

外に出たらきっと寒いんだろうなと暖房の効いた教室でぼんやりと思う。授業はもう随分と前に終わっていた。放課後の教室はとても静かで集中するにはもってこいの場所だ。机いっぱいに開いた参考書やノート、過去問、ペンケース。何問解いたか分からない。それくらい夢中になってやっていた。工業高校にいて大学受験をするなんてほんの僅かなんだろうけれど。就活はしていないからもしも希望のところに受からなかったら浪人だ。周りがほとんど就活を終えて楽しい冬休みを迎えようとする中、それでも来月の試験に向けて頑張っているのは全て自分のためだ。
そう思って気合を入れたときだった。

「あれ、なまえ?まだやってんのお前」

ガラッと教室の戸を引く音とともに聞こえてきた声は聞き覚えがありすぎるものだった。そちらを向けばこれまた見慣れすぎた二口の姿。ジャージを着ているところからすると、部活にでも顔を出していたんだろう。

「んー今、休憩中」
「ふーん。よくやれんな。学校で勉強とか俺無理なんだけど」
「そう?家でやるより学校の方が集中できるよ」
「へえ。そんなもん?」
「うん。ていうか、外寒そうだからあったかいココアでも買って来てよ二口」
「はっ!?何でだよ!?」
「暇そうじゃん」
「お前なぁ…」

二口とは三年間同じクラスだった。軽い態度で性格に少々難ありなこの男と、三年目にしてようやくここまで軽口が言える仲となった。第一印象がチャラそうという最悪なものだったために仲良くなるのに時間がかかったものだ。今となっちゃそれが少しだけもったいない。…いや、本当は少しどころじゃないかもしれないと、心のどこかで思う。窓から覗く木々はまだ冷たい風に吹かれて寂しそうに揺れている。この木々に色が付いて暖かな光に包まれる頃にはきっと、私と二口はこうして軽口を叩き合うことはないんだろう。そう思うとあの木々のようにざわざわとしたものに包まれる気がした。

「来月だったっけー?」

二口は相変わらずの軽い口調で私の前の席に腰を下ろした。体を反転させてこちらを向く。黙ってればイケメンな顔に見つめられると居心地が悪い。意識しているのを気付かれたくなくて誤魔化すように笑って頷いた。

「うん。もう少しだけ頑張らなきゃ」
「…志望校、東京だったよな」

何でもないことのようにサラリと言った二口の言葉に気持ちが重たくなる。自分自身で決めた大学はここ宮城からは程遠い東京にある大学だった。行きたいと思って決めたことなのに、こうして二口と話していると決意が揺らぐ。この教室には春から一緒に過ごした思い出の数々で溢れている。それだけじゃなくて、一年の頃からの日々もまだ鮮明に覚えている。最近になって気付いたこの気持ちを持て余し、きっと伝えることもできないまま私は東京に行くんだろう。そう思うと妙にしんみりとした気持ちになって涙がこみ上げてくる。それを堪えるように無理やり笑顔を作った。

「ま、受かればだけどさ」
「はあ?受かるっしょ。なに弱気になってんだよ、なまえらしくねぇな」
「……二口ってやっぱ軽いよね。何で分かんのよ」
「そんなん、なまえが頑張ってんの知ってるからに決まってんだろ」

思いのほか真摯な瞳とぶつかって息を呑む。しかしそれも一瞬のことで、次の瞬間にはいつものへらへらした笑みを浮かべていた。それでもドキドキと鳴り止まない心臓は言うことをきかなくて、もう誤魔化しきれなくて、ただただ黙って俯くしかない。きっと今の私の顔はびっくりするくらい赤いに違いない。
二口ってこういうところがずるい。いつもふざけているのに、実はこうしてちゃんと見ていてくれているところ。今一番欲しい言葉をくれるところ。緊張やら焦りやらで力が入り過ぎていた私にうまく息抜きさせてくれるところ。これ以上惚れさせてどうするつもりなんだ。二口のいる宮城を離れるかもしれないのに、この思いを抱えて行かなければならないのか。そんな文句を心の中だけで呟いた。

「なあ、ココアじゃねーけど、これやるよ」

唐突に二口が差し出してきたものは可愛い包装紙に包まれたチョコレートだった。突然のことに思わず手を出せば、数個手のひらに乗せられた。何でチョコレートなんだろう。バレンタインでもないし、二口はいつもすっぱいグミを食べているから甘い物は苦手なんだと思っていたけれど。

「どうしたのこれ。後輩の女の子にでももらったの?」
「は?ちげーし」
「え、じゃあ私のため?」
「……おー」
「どうしよう。明日は大雪かなぁ」
「お前なぁ!ほんっと、素直じゃねーよな!」
「えー二口に言われたくない」
「はぁ…」
「うそ。ごめん、嬉しい。…ありがと」
「………それこそ明日は大雪じゃね?」

茶色の髪から覗いた耳がほんのり赤くなっているのに気付いて胸の奥がじんわりと温かくなった。ココアなんていらないくらいだ。それから、ふと手のひらに乗せられたチョコレートを一つ取って丁寧に開けた。何でチョコレートなの?と問いかければ「勉強には甘い物って言うじゃん」なんて言われて本当に私のためにくれたのだと分かる。二口の意外な優しさに思わず頬が緩んでしまった。

「なんかさ…二口とこうしていられるのももう少しなんだね」
「なんだよ急に」
「だって、もうすぐで卒業だし、受かったら東京だし…」
「………帰ってくんだろ?夏休みとか冬休みとか」
「どうなんだろう。分かんない」

もしも帰って来たとして、二口に会えるのかといったら分からないだろう。だって私は二口の彼女じゃないのだから。もしかしたら、就職して二口に彼女ができるかもしれない。それなら今、告白すればいいのだろうけれど、離れると分かっていてどうして気持ちを伝えることができるのだろう。

「東京ってさー夏とかあっついんだろうな」

二口は相変わらずの軽い口調でまたしても唐突にそんなことを言った。私の机に頬杖をつきながら、その視線は窓の外だ。冬の空はもう既に暗くなりつつある。いつの間にかぱらぱらと雪が降ってきていた。

「うん。暑そうだよね」
「冬はそんな寒くないんだろーけど。お前が好きな雪、あんま降らないじゃん」
「まあ、そうだね。…ていうか、なに?どうしたの?」
「宮城はさー夏は涼しいし、冬は雪も降るけどそんなに寒くないじゃん。すげー過ごしやすいと思わねぇ?」
「え?う、うん…?」
「夏休みと冬休み、帰って来たくなった?」

ふとこちらに視線を向けた二口の顔は真剣だった。そんな表情知らない。三年間同じクラスにいて一度も見たことのないものだった。視線を逸らすことは叶わなくてゆっくりと開く形の良い唇をただ見つめるしかなかった。

「なまえが帰ってくんの、宮城で待ってるから」

ああ、もう。どうして二口はこうもずるい男なんだろう。そう思わずにはいられない。らしくもなく泣き出しそうになると、乱暴に髪の毛をくしゃくしゃとかき混ぜられる。その二口の手はどんなものよりも私を温めてくれるものだった。

この町の木々が青々と輝き、暖かい光に包まれる頃。二口の隣にいるのは私でありたい。ふたりで一緒にいる未来を信じたいと、そう思った冬の日だった。

back
ALICE+