※原作一年後、捏造有
隣で眠る舞ちゃんの寝息を確認してそっと部屋を出る。宮城ほどではないにしてもやはり冷える。ぶるりと震えた肩を抱いて空を見上げた。
東京の夜空は明るくて、星の数はとても少ない。
だけど、茂庭さんと一緒に見たあの日の夜空がいつでもこの胸のなかにある。
同じものを見て、同じように綺麗だと感じる人がいることの幸せを知った。
信じることの美しさを教えてくれた。
信じ続けた景色は、明日、現実のものとなる。
わたしも舞ちゃんも、問題児と呼ばれた二口たちも、最上級生となった。
最後の一年。
黄金川くんも順調に育って自信を持って挑んだ夏のインターハイ予選は、準決勝で白鳥沢に負けてしまい結局ベスト4止まり。自信を持っていただけに、悔しさは去年の春高予選の比じゃなかった。夏休みはいままでにないくらいの過酷な練習が続いた。それでも「まだ足りない」という表情のみんなは見ていて恐いくらいだった。飄々としているパンタロンなんかも明らかに雰囲気が変わっていて、顔を出しにきた鎌先さんも「すげーな」と息を呑んだ。
そうしてむかえた冬。
あっという間の一年だった。
茂庭さんと星を眺めてから、もう、一年が過ぎたんだ。
いまこうしてつい最近のことを思うように、数年後真っ先に思い出すのは、試合の内容や結果とかじゃなくて、みんなと過ごしたあの体育館で起きた些細な出来事たちなのだろう。
少しだけ慣れてきた目に、茂庭さんが教えてくれた星座がはっきりと見えた。
「こらー、今日はもうおしまいっ!」
げっという顔をした二口が持つボールを取り上げ舞ちゃんが持つ籠へ向かって投げた。コントロールに自信はないけど舞ちゃんが上手く籠を操りボボンッと音を立てて収まる。うん、ナイス連携。
舞ちゃんとわたしは特に選手の体調に目を光らせた。少しでも不調そうだったらしつこい位に体調の具合を聞いた。「母親か」なんてみんなにはからかわれ、その成果かどうかは分からないけどピリピリしすぎるということもなく怪我もゼロ。とにかくいい雰囲気でここまでこれた。
だけど春高予選後はまたオーバーワーク気味で。特に二口はそれが顕著だった。
多分、何かしていないと落ち着かないんだろう。ずーっと夢みてきた舞台、先輩たちと約束したあの舞台に、彼らは立つ。
きっといまは、自信よりも不安とプレッシャーが勝っている。それを振り払おうとして、体を痛めつけている。多分、そうすることでしか気持ちを保てないんだ。
だけど、それを見過ごしていいわけがない。
「頑張るのと無理するのは違う。オーバーワークで怪我でもしたらどうするの」
身長差があるから下から見上げる形になってしまい迫力はないだろうけれど、いつもよりも厳しい口調に二口は少なからずひるんでいるように見える。
「はいはい、すみませんでしたー」適当な返事をしてくるりと背を向けた二口の広い背中を思いきり叩く。
「いってっ!」
「大丈夫だよ」
「は?」
「いまさら慌てなくても、二口たちがいままでやってきたことを試合でやれば、大丈夫だよ。みんな、強いもん」
張り詰めていた瞳は段々と丸みを帯びていく。強張っていた肩の力が抜けきったとき、二口はふぅーっと長く息を吐いた。
「お前、なーんか似てきたよなぁ」
憎まれ口のひとつでもたたくかと思ったのに、思いがけない言葉に動きが停止した。
いままで誰それに似てるなんて言われたことがなく、思い当たる人物もひとりとして浮かんでこない。
「誰に」
開きかけた口を再び閉じて、二口は憎たらしく舌を出した。
「言ってやんねー」
すたすたと歩いていく背中を呆れ顔で見送った。子どもか……。
しかしああ言われては気になる。かわいい芸能人とか……まぁそれはないだろうけれど。舞ちゃんに聞いても、うふふ、とかわいく笑うだけで答えてはくれなかった。
そんな日々ももう終わるのか。
無意識にため息が零れてはっとした。いまからこんな感傷的になってどうするんだ。茂庭さんも、二口も言っていたじゃないか。
バチンと両頬を叩いた。
怪我だけはしませんように。
輝く星座にそれだけを祈り、小走りで部屋へと戻った。
公式練習に入る直前、舞ちゃんとハイタッチを交わしギャラリーへと向かう。ベンチに入るのは舞ちゃんと、ふたりで決めた。お互いが望む形だった。一年生の頃は大会ごとに交互にベンチに入っていたけれど、二年に上がる前、わたしは後ろから観たいと言い、舞ちゃんはなるべく近くで観たいと言った。それからはベンチで選手をサポートするのが舞ちゃん、ギャラリーで応援をまとめるのがわたしの役割になった。
だから茂庭さんたちの引退試合も後ろから観ていた。負けても縮こまることのなかった、茂庭さんの背中を。
この舞台でもそれは変わらない。ギャラリーの一番手前、コートの中央。いつもと同じポジションに立ち、目を閉じて深く息をつく。
マッチポイントを握られてから逆転した予選の準決勝後、二口が呟いた言葉と、あの日の茂庭さんの言葉が重なる。
――終わらせるわけにいかねーんだよ。俺たちだけじゃなくて、茂庭さんたちのバレーでもあるんだから。
――思いを繋ぐのがバレーボールだから。だから、俺たちのバレーは終わってないんだ。二口たちが繋いでくれる限り。
誇らしげなその表情を、いまでも鮮明に覚えている。
茂庭さんたちの思いと、みんなの思い。あの日の敗戦から、いまこの瞬間まで。全部が繋がっている。
だから、絶対に負けない。このまま、オレンジコートまで突っ走るのだ。ずっとずっと、その先まで。
茂庭さんが描いた思いの輪郭に、色をつけて――。
甲高い笛の音に目を開ける。
「お願いしゃーす!」
東京体育館の高い天井、眩いライトの下駆け出した十二人の背中は大きく、いつにも増して輝いている。
茂庭さんが見ていた景色が、ここにある。
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