いつのことだったか、バレーボールのスポーツ少年団に所属していた兄に誘われ練習試合を見に行ったことがあった。体育の授業でやった覚えがなく、ルールやポジションを知らないときだったはずなので、小学3、4年ぐらいのころだろうか。スポーツをするのは好きではないけれど観戦するのは好きという典型的なタイプの私は、その練習試合を見に行くのがとても楽しみだった。
会場は、私が通っていた小学校の体育館だったと思う。普段授業や集会で使っているそこがたくさんの男の子たちでいっぱいになっていることがなんだか不思議に思えた。
甲高い笛の音で始まった試合は、恙無く進んでいった。当時の私にとって未知のスポーツだったバレーボールは、すべてが新鮮で印象的だった。
とくに兄のサーブをレシーブした男の子が印象に残った。上手いとか下手とかはよくわからないけれど、その子はていねいにていねいにボールを繋げている感じがしたのだ。そのレシーブを見たあとから、私はその男の子ばかりを目で追っていた。
しかし、その子のチームは兄のチームに負けてしまった。それがわかったとき、兄の応援に来たのも忘れてがっかりした。それほどまでにその子のことが気になっていた。
まあでも、兄とはちがうチームなのだし、残念だけどもう彼を見ることはないだろう。
そう思っていた。
・・・思っていた、のだけれど。
小学6年生に進級したときのことだった。自己紹介の最中、私は愕然としていた。
理由は、
「作並浩輔です。バレーやってます。これからよろしくお願いします!」
そう言って頭を下げた、彼である。
この作並くん、昔兄の練習試合で見たレシーブの男の子と瓜二つなのだ。
女子と大差ない身長といい、他の男子に比べて細めな体といい、きりっとした黒目がちな瞳といい、太いまろ眉といい、本当にそっくりだった。
本人でないかと疑ってしまうくらいに。
私は決心した。
作並くんに話しかけてみよう、と。
だってとっても気になる。
もし本人だったらいろいろ聞きたいし、もし本人じゃなかったら・・・、
「人違いだったーごめんね☆」
で済ませばいい。
男子と話すのは苦手だけれど、勇気を出して話しかけるんだ私!
あっという間に時が流れ、衝撃の自己紹介から1ヶ月がたった。
作並くんとは未だに話せていなかった。
・・・ちょっと言い訳をさせてもらうと、当時の私は、非常に、ひっじょーに内気で人見知りでおとなしい子だった。
そのためまったく接点のない子に話しかけるなんてとんでもないことだった。ましてや相手は男子。余計に話しかけにくかった。
と、そんなわけで私は作並くんに話しかけられないままでいた。
・・・決心ってなんだっけ。
はあ、とため息をついた。
すると、前の席の女の子がくるりと振り向いた。
「ねえ、何に出るー?」
「あー、とりあえず走るのは無理だから・・・玉入れとか」
あまり話したことがなかったその子から話しかけられたことに内心驚きつつも返事をした。
現在、運動会の種目決めをしている。
種目は、徒競走、借り物競走、玉入れ、リレー、パン食い競走、騎馬戦など、比較的ポピュラーなものが多い。
しかし。
「やっぱそうだよねー、徒競走とか二人三脚とかないよねー」
二人三脚。
まあこれもよくある競技だろう。
けれども我が校の二人三脚は一味ちがう。
どこがちがうのかと言うと、
「男女で二人三脚とか絶対おかしいでしょー」
そう。
全学年、男女ペアで二人三脚をやるのだ。
小学校高学年にもなれば異性を意識するころなのに、まったく配慮なく全学年男女でやる。前の席の彼女が言うように、おかしいと思う。なんの狙いがあってこんなことをするのだろう。
少女漫画だったらありそうな設定だけど。
私は運の女神(と書いてじゃんけんの女神と読む)に愛されているため、この5年間二人三脚になったことはない。ので今年もきっとならないはず。絶対そう。そうに決まってる。
そう思っていた時期が私にもありました。
私は二人三脚になった。いや、なってしまった。
誠に遺憾だ。
さっきまで話していた前の席の彼女からは哀れみの視線をもらった。ちなみに彼女はちゃっかり玉入れになっていた。
・・・誠に遺憾だ。
私は机に突っ伏した。もう姿勢を正す気力もない。うう、と唸り声を上げた。
二人三脚になってしまったのは本当に本当にほんっっっっっとうに嫌だけど、ましな男子がペアなら・・・
とそこで作並みくんの顔が浮かんだ。
いやべつに一緒にやりたいわけじゃないけど。ただうるさい人とかこわい人とかよりはいいよなって、それだけのことだし。
誰にともなくそんなことを呟く。そういえば、彼はどの種目になったんだろうか。気になって顔を上げた。
ええと、作並作並・・・
あった。
私は目を剥いた。
彼の名前は、私の名前のとなりにペアとして並んでいた。
雲一つない、抜けるような青空の下、声援が飛び交うグラウンドに、私と作並くんはいた。
お互いの足首を縄で結んだ状態で。
今日を迎えるまでに、いろんなことがあった。
練習中に思い切り転んで二人揃って怪我をして一緒に保健室に行ったり、男子にカップルだのラブラブだのからかわれたり、作並くんと世間話をするくらいの仲になったり。
それでもまだあのことは聞けていないけれど。
胃と心臓がきりきりと軋むような感じがする。容赦なく日差しが降り注ぎ、全身から汗が滲む。握りしめた拳も汗で湿っていた。
緊張しいの私は、こういったときが苦手だった。嫌いと言ってもいい。
ふいに作並くんがこちらをのぞきこんだ。大きな瞳と視線がかち合う。
「緊張してる?」
「・・・ちょっとしてる」
そう言うと彼は、僕も、と眉を下げて笑った。
「でも」
私は口を開いた。
「転ばないように、がんばります」
作並くんは一瞬きょとんとしたのちに、破顔して軽やかな笑い声を上げた。
「うん、がんばろうね」
そして。
私と作並くんは、四ペア中二位という微妙な成績を修めた。
こうして、運動会は幕を閉じた。
5年ほどの月日が経ち、私は高校生になった。
作並くんとは、中学高校(たまたま同じだった)とすべて同じクラスだった。そのおかげで小学生のときに比べて断然しゃべるようになり、今では良好な友人関係を築けている。
しかし私は昔聞きたかったことを尋ねていない。
理由は・・・ひみつだ。でも、私が見たあの男の子はきっと彼なのだろうと思う。彼がバレーをやっているところを見たわけじゃないし、確証なんて一つもないけれど。それでも、私はそう思う。
私は、隣の席で懸命にノートをとっている作並くんをぽーっと見つめる。ううん、やっぱり目ぇおっきいなあ。
ふと、誰かから聞いた話を思い出す。
元をたどれば、運命の赤い糸は赤くないらしい。もっと言うと、糸ではなく縄なんだそうだ。そして、小指を結んでいるのではなく、足首を結んでいるのだ。
きっと、運命の赤い糸なんてものは思っているよりずっとロマンチックではなくて、色褪せていて。
もしかしたら、あのとき私と彼を結んだ縄のようなものなのかもしれない。
まあ、でも、そんなものでも。
「作並くん」
「え、どうかした?」
そんなものでも、きみと結ばれているのならいいやと思えてしまうくらい、
私はきみのことが、
「・・・ううん、なんでもない」
「ええ、なにそれ」
きみは軽やかにわらった。
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