飛行機が通り過ぎる音が聞こえ、私たちは卒業証書が入った筒で陽射しを遮りながら空を見上げた。
抜けるような春の青空の中を、大きな雲が一つだけ泳いでいる。
しかし飛行機はその中にいるのか、音はすれどその姿は見えなかった。
こんな明るい時間に鎌先と二人でゆっくり出歩くのは久しぶりだ。
今まで彼は部活があったし、そのあとは就職活動とかで互いに忙しかったから。
暦の上では春とはいえ、まだまだコートは手放せない。
冷たさの残る少し強めの春風に、私はギュッと前を合わせる。
でも鎌先は相変わらずブレザーの前を止めずに歩くから、風を受けてぶわりと裾がめくれあがった。
シャツ越しにも彼ご自慢のしっかりとした体つきがわかって思わず見入ってしまうが、なんだか自分の目線が恥ずかしい気がして慌てて目をそらす。
(な、何考えてるの、私は…!)
熱くなった顔を手でパタパタと冷ましていると、少し窮屈そうな制服の首もとを緩めながら鎌先がこちらを向いた。
…危ない危ない。見てるのバレるとこだった。
「卒業、か。−なまえの制服姿も見納めだな。」
『それはお互い様だよ。卒業おめでとう。』
「それこそお互い様だろ。普通卒業生同士で"おめでとう"って言い合うもんか?」
『…鎌先は卒業できるか不安だったけどね。』
「っるせ!」
そう言いながら鎌先は、証書を持った手とは反対側の手で私の手を引いた。
いつもだったら私が言わないと繋いでくれないから珍しい。
少し先を歩く鎌先を見上げれば、耳がちょっと赤くなってるのがわかった。
きっとそれにツッコんだら怒られるだろうから、私は一人で小さく笑うにとどめる。
『バレー部の集まりは夕方からだっけ?』
「おー。」
『クラスの方は?来れる?』
「行く。…やっぱお前先に行かずに待ってろよ。」
『何でよ。行くよ。』
少し強めに握られた手に答えがある気がしたけど、気付かないフリ。
確かに女の子は少ないけど、そんなに今さら心配することなんて何もないのに。
途中のコンビニで、パタパタとそよぐのぼりに"ぽかぽかココア"と"期間限定"の文字が泳ぐのが見えた。
何だか無性にココアが飲みたくなって寄ってもらう。
真っ直ぐレジに向かう私の手を放し、鎌先はお菓子の方へ向かっていった。
私はそのまま注文をすると、レジで対応してくれた人とは別の店員さんが、すぐにカップをセットしてボタンを押してくれた。
ナイス連携プレイ。
レジの後ろでウィーンと機械が音を立てていると、渡されたのは小さな袋。
「期間限定で今ならマシュマロがつきます。」
ラッキーと思って受取り、出てきたココアに浮かべてみる。
薄いピンクのハートや黄色い星と一緒に小さな白いミニチュアマシュマロがコロコロと滑り落ちてきた。
私がお会計をしている間に、別のレジで鎌先も何か買ったみたいで。
並んで外に出れば、鎌先が早速袋を開いた。
『何買ったの?…って、マシュマロ?』
「おー。なんか久しぶりに見たら食いたくなった。色んな種類入ってるみてー。」
『ずいぶん可愛らしいの買ったね。ちなみにこのココアにも入ってるよ。限定だって。』
「マジか。カブッたな。」
笑いながら鎌先が、色とりどりのマシュマロから一つ取り出して個包装の袋を破いた。
(うっすら緑色に見えるから、抹茶味とかかな?)
それを目で追いながら私はまだ熱そうなココアに口をつける。
溶け出したマシュマロはもうあまり形を成していない。
でも白い泡となったマシュマロが口に流れ込めば、優しい甘さが広がってホッと一息ついた。
「おっ。」
『ん?』
空を仰いだ鎌先の声につられるように、私も彼の視線を追った。
先ほどの大きな雲がキレイな楕円を描いている。
私の手には小さなマシュマロ。
あなたの手にはたくさんのマシュマロ。
二人で見上げた空には、形を変えた大きなマシュマロ。
何でか解らないけど、何となく幸せだなって思った。
「いつまでボッとしてんだ?オラ!」
『んぐっ。』
…私の口に、鎌先からお裾分けのマシュマロが突っ込まれた。
中からイチゴ味のチョコレートが出てくる。
あったかくて、柔らかくて、優しくて。
『…春の味がする。』
「ぶはっ。どんなんだよ、それ。」
私の答えが予想外だったのか、鎌先が顔をくしゃりと崩して笑った。
大好きな鎌先の笑った顔。…少し大人びたね。
こうしてやっていることはまるで変わっていないのに。
明日からは別々の道。
笑っていた鎌先と目が合った。
私も小さく笑いかければ、彼は少し驚いたような顔をする。
「−なまえ。」
『ん?』
「いや…。」
何故か言い淀んだ鎌先が、「あー…」と声を出して少し頭を掻いた。
そして自分を納得させるように一つ頷き、さっきよりも真剣な顔つきで私を見つめた。
「一人前になったらぜってー迎えに行くから。」
『…うん。』
−もしかして私、不安な顔でもしてしまったのだろうか。
交わしたのはざっくりとした未来の約束。
子供が言うような形のないふんわりとした戯言。
それでも鎌先を見つめていたら、信じられるって思えた。
「…なまえ。ずっと、一緒にいような。」
そして鎌先の大きな手が、ぎこちなく私の目元を拭う。
気づかぬ間にか私は、泣いていたみたいだ。
恥ずかしそうな鎌先の顔が近寄ってきて、直前で迷ったように私の瞼にキスを落とした。
私の頬に触れる鎌先の手が、ものすごく熱い。
ゆっくりと目を開けて、私は至近距離の鎌先に聞いた。
『…唇は?』
「っ!うるせー!後でな!」
真っ赤な顔の鎌先がバッと離れてしまった。
でも多分私の顔も負けないくらい赤いんだろう。
やっぱり私たちはまだまだみたい。
春風が吹いた。
でも先程より冷たくはなかった。
このマシュマロのような暖かい日を、私はきっと忘れない。
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