「うわ、やっぱ外も暑いね」「だな。コンビニに寄ってアイスでも買ってくか」そんな会話をしながら歩いていくカップルを、外履きに履き替えながら見送る。暑いねなんて言ってるくせに手はしっかり繋ぐんだなと胸中で毒突くのは、ちょっとだけ…ほんのちょっとだけ羨ましいからだ。ああ、私にも当たり前のように肩を並べて歩く人が居たらな。
「うわ、やっぱ外もあちーな」
さっきの彼女が言っていたのと同じフレーズが後ろから聞こえた。振り返らずとも分かる声の主は、私の隣に並ぶとネクタイを少しだけひっぱりYシャツの襟を掴んでパタパタと風を送った。
「お、みょうじじゃん。何してんの」
「何って部活帰りだよ」
「こんな遅い時間までやってんのな」
「二口もね」
教室以外ではあまり話すことがない二口だからなんだか新鮮。しかし私にとっては嬉しい偶然なことこの上ない。
「…帰んの?」
「?そうだけど」
「歩き?」
「うん。歩き」
「家どっちだっけ」
「え、駅前の、方だけ、ど」
茹だるような暑さで頭がおかしくなってしまったんだろうか。だってこの会話の流れってまさか、もしかして、でも。続くと予想される言葉は私に都合のいいものばかりで、期待と不安が入り混じる。トクンと胸が音を上げた。
「んじゃ、いくぞ」
「え、あ、うん」
プイと前を向いて歩き始めた二口。おかげで表情は伺えないけど、きっとそういうことなんだろう。しかし私よ、もっと可愛い返答はなかったのか。一緒に帰っていいの?とか、送ってくれるの?とか。まあ今更二口の前でかわいこぶったって、素性はバレているのだけど。
「大会いつ?」
「来週末。二口は?」
「おんなじ日」
「そっか」
私の密かな楽しみはどうやら計画倒れのようだ。こっそり二口の試合を見に行こうと思ってたのに、同じ日じゃ絶対に無理じゃん。落胆しながらも「頑張って」と応援の言葉を告げれば、「お前もな」って笑顔のオプション付きで返ってくる。それだけで先ほどまでの気持ちは何処へやら。途端にやる気になってしまうのだから、私はなんて単純なんだろう。同じ時間に二口も私も頑張るんだね、なんて。
「みょうじ、」
「ん?…う、わ!」
「…こっち側歩いとけ」
グッと腕を引かれて身体がよろけたと思ったら二口と私の場所が入れ替わる。ブーンとすぐ近くを通り過ぎた車に肩が揺れた。
なんでもなかったように再び歩き出す二口だけど、私の鼓動は速くなって落ち着かない。だって今のは意図的に変わってくれた。二口と一緒に帰れるのが嬉しくて浮かれてて、前から車が来てるなんて全然気付いていなかった私を守ってくれたんだ。教室でなら何ぼーっとしてんだよとか絶対に軽口を叩いてくるくせに、こういう時だけ何も言わないとか本当にずるい。
「みょうじみょうじ、コンビニ寄ろうぜ」
「コンビニ?」
「そ。アイス食いたくね?」
「あー、二口の奢りなら食べたい」
「なんだそれ。ふざけんな」
フッと笑って私の腕を掴んだ二口。まだ先ほどのドキドキも治まっていないというのに、また心臓は忙しく動かないといけないらしい。…本当、今日の二口なんなの。教室にいるときと態度が違いすぎて接し方に困る。
引かれたままコンビニの前に着けば、自動ドアが開いてお馴染みの音楽が私たちの入店を告げる。店員さんのスマイルと外とはまるで別世界ような快適な温度に迎えられ、思わず涼しいと声が漏れた。アイスの入ったケースに直行する二口に続いて中を覗いていると、彼は早々に決めてしまったようで「ほら行くぞ」とすぐに声が掛かる。
「え、ちょっと待って私まだ決めてない」
「お前が奢れって言ったんだろ。これなら半分にできるし」
そう言って掲げられたのはチューブ型のラクトアイス。りんごヨーグルトと書かれたそれは期間限定のフレーバーのようで食べたことのない味だった。決まりなとスタスタ歩いて行く二口に、口元がにやけてしまうのはもう仕方がない思う。しかし私はこんなに女の子っぽい性格だっただろうか。好きな人と半分こがこんなに嬉しいだなんて。本当はチョコ味のアイスが食べたいと思っていたのに。
お店から出るとまたモワッとした空気に包まれる。快適な空間にいたから先ほどよりも余計に暑さを感じた。チラリと横の二口を見れば、アイスの外装を破ってゴミ箱に捨てるとチューブを捻って一方を差し出してくる。なんだか照れくさくなってしまって視線を外しながらありがとうとお礼を言えば短く「おう」と返ってきた。
アイスを食べながらどちらからともなく歩き出したのは良かったけれど、私が変えてしまった空気はそのままになってしまっていてどうにも会話が続かない。夕方…いや、もう夜に近いのにまだジリジリと元気に働く太陽は、瞬く間にアイスのチューブに水滴を作り、それが手を伝ってポタポタと地面に落ちて染みになっていく。
そんな暑さにとうとうやられてしまったのか、はたまた二口とこうして肩を並べることが出来て期待をしてしまったのか、どちらが理由なのかは定かじゃないけれど、何か話さなきゃと思った私の口から出たのは普段じゃ絶対に言えないもの。
「あの、さ、二口」
「ん?」
「また偶然会ったら…一緒に」
紡いだ言葉は最後まで伝えることが出来ずに目の前に伸びてきた手によって阻まれた。なんだよ人がせっかく…!と、行き場のない気持ちに拳を握りしめたのだけど。
「今度はちゃんと、待ち合わせようぜ」
ニッと笑って言われた、その言葉だけで十分だった。つい先ほどまで煩わしく感じていた暑さも流れる汗も額に張り付く前髪も蝉の大合唱も、全部全部気にならなくなる。二口も暑さでやられちゃったのか、…それとも。でも理由はなんでも良いんだ。またこうやって2人の時間があるなら、それで。
「そうだ!次はみょうじが奢れよ?」
「じゃあこれのチョコ味ね」
次にこうして肩を並べる日にはきっと、昇降口で見たカップルに一歩近付いているに違いない。
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