※年齢操作があります。
「悪いっ!遅れた!」
つまづきそうになりながら控え室に飛び込んできた靖志の姿を見てホッとしたのも束の間、そのまますぐにズルズルと準備に連れていかれてしまって。
こんな大事な日にまで遅刻するなんて、と文句の一つも言ってやりたかったのに。
役目を果たせず中途半端に開いていた口を閉じるついでに小さくため息をつけば、ヘアセットをしてくれてる担当さんがくすくすと笑った。
『あっ、ごめんなさい!ご迷惑をおかけして…!』
「仕方ないですよ、突然雪降ってきましたしね。とにかく、間に合いそうでよかったです。」
『もう、本当にアイツの方は超適当でいいんで。』
ふんっと鼻息を荒げた私の言葉に担当さんがまた笑う。
鏡越しにチラリと窓の外を見てみる。
確かに予報を裏切って降りだした雪が、少し強くなってきたみたいだ。
「−では、これで新婦様のご準備は整いました。」
『わっ、ありがとうございます。』
「とてもお綺麗ですよ。後は新郎様が見えられるまでこちらで暫くお待ちください。」
鏡に写る自分じゃないような姿に目を見開いていると、ニッコリと微笑んだ担当さんが丁寧にそう言ってくれた。
「何かお飲み物でも?」なんていう気遣いにふるふると首を振って断れば、最後に深々とキレイなお辞儀をして控え室から退室していく。
緊張してるからか、締め付けられているからか、お腹はあまりすいていない。
それでも水分だけはとっておこうと、持参したペットボトルを手に取った。
『−ふぅ。』
グロスがとれないように気を付けながら、いつもよりゆっくりと喉を潤していく。
飲み終わるともう一度鏡をチェックしてから、私はどっかりとソファに座った。
(−靖志のバカ。大丈夫かな?)
今日、私は鎌先靖志と結婚する。
ここに至るまで色んなことがあった。
あまりこういうイベントに興味がないというか、恥ずかしいんだろう靖志と、準備する間に何度ケンカしたことか。
それでもようやく今日という日を迎えられるのに、遅刻とかどうなのよ。
新婦の方が準備に時間がかかるから先に入っていたのだけど、それにしても自分たちの結婚式にまで遅れるとは思わなかった。
腹立たしい思いを紛らすようにスマホを手に取れば、何人かからお祝いのメッセージが届いていて。
それを読んでいるうちにとげとげしていた気持ちがゆっくりと溶けていき、私は口元が緩むのを止められなくなる。
一通り返信をし終わった頃に、ドアの外からバタバタと走るような音が聞こえた。
その音の主がわかった私は、慌ててるなぁなんて笑いそうになるのを堪えて精一杯ドアを睨み付けた。
「っなまえ、マジで悪かった!」
案の定、ドアを壊しそうな勢いでタキシード姿の靖志が飛び込んできた。
黙って靖志を見つめていると、恐る恐る顔をあげた彼が目を見開いたのがわかった。
『ほんっと、信じらんない!』
「あ、や、すまん。」
急にしどろもどろになる靖志の反応に内心満足し、私はわざとらしく頬をふくらませたままからかうように言った。
『−何か他に言うことないの?』
「は?」
『コレ。嫁入り準備万端なんですケド?』
「うっ。あー、その、き…」
『うん?』
「きれ…、」
コンコンコン
意を決したように口を開いた靖志の言葉を遮るように、タイミングよくノックが響く。
私は思わずふきだしてしまったが、靖志は逆に憮然と顔をしかめた。
『はぁい、どうぞー。』
そんな靖志に代わって返事をすれば、遠慮がちに開かれた扉の奥には見知った顔が二つ。
『あれ?二人ともどうしたの?』
スーツ姿の茂庭くんと笹谷くんが、私の声にニッコリと微笑む。
「みょうじさん、結婚おめでとう。」
「悪いな、式前で忙しそうな時に。」
「鎌ちに連絡したんだけど、返信ないからさ。」
「マジ?わり、全然携帯見てなかったわ。」
靖志が携帯を確認する前に、笹谷くんが「うちに忘れもん」と袋を投げて靖志がキャッチする。
「サンキュ。」
「慌てすぎだろ。」
遅刻した上に忘れ物までしてたのか、と半分呆れながら、私も二人にお礼を伝えた。
昨夜靖志は笹谷くんの家に泊まったのだ。
『で、最後の独身パーティーは盛り上がった?』
「まぁな。っつっても、ただのいつもの飲み会だったわ。」
「あぁでも、いつもより鎌ちのノロケが多かったよね。」
「あぁ?適当言ってんじゃねーよ!」
「えっ、これ言っちゃダメだった?!」
変わらないやりとりについつい笑みがこぼれる。
すると会話を止めた茂庭くんと笹谷くんも、私の方を見て笑った。
「それにしても、みょうじさん。本当に綺麗だね。」
「あぁ、鎌ちにはもったいねーくらいにな。」
『わぁ、ありがと。』
褒めてくれた二人に素直にお礼を言う隣で、靖志が「あっ」と声を出す。
「っお前ら、サラリと言うんじゃねーよ!」
「なに、お前まだ言ってなかったの?」
「う、いんだよ、俺は準備で散々見慣れてっから!ほらもう行けよ!」
靖志に背中を押されるように出ていく二人を、「また後で」と手を振って見送る。
バタンと閉めたドアを見ながら、靖志がボリボリと頭をかいた。
せっかくのセットが台無しだ。
「あー…、確かに準備で何回か見たけど、よ。」
『うん?』
「やっぱ今日は違うもんだな。」
恥ずかしそうに振り向いた靖志が、私の方に近付く。
「ほんと、もったいねー…。けど誰にもやれねぇ。キレイでビックリした。」
見つめられた視線が予想以上に優しくて、嬉しくて。
不覚にも目が潤みそうになって下を向こうとするが、靖志の手がそれを防ぐ。
そのままそっと口付けられた。
何度かキスを繰り返してからゆっくりと離れると、目の前の靖志の唇が真っ赤になっていて。
私は思わずふきだしてしまう。
「なまえ?!」
『くくく…!靖志、とりあえずティッシュ使って。』
「あ?…ゲッ!これ、キスして大丈夫だったヤツか?」
『んー、ダメかも?』
「オイ!」
鏡を見てゴシゴシと乱暴に口を拭う靖志が、笑い続ける私を横目で睨む。
「…我慢なんてできねーよ。無理。」
ボソリと呟かれた靖志の言葉にドキリとして、笑いが止まった。
恥ずかしいけど、後で担当さんにグロスだけつけ直してもらおう。
チャペルからウェディングソングが流れている。
すごくよく耳にするのに曲名は知らないことに、今さらながらに気付いた。
それに合わせてゆっくりと近づく私の足音。
厳かな曲なのにどこか緊張感に欠けてしまうのは、拍手の合間に友達がからかうように声をかけてくるからかも。
神父さんの前でこちらを振り向いて私の姿を確認する靖志が、いつになく愛おしそうに私を見つめる。
それがくすぐったくて、目が合った途端に私は彼を捕まえるようにその胸に飛び込んだ。
「っ、おい!なまえ!」
ヒューッという口笛と笑い声が聞こえる中、頭上から少し慌てた彼の声が私を諌める。
バージンロードのゴールで新郎に抱きつく花嫁なんて、きっと前代未聞だろう。
チラリと見上げてからイタズラが成功した子供のように舌を出せば、大きなため息を一つついて彼は苦笑を漏らした。
耳は真っ赤なまんまだ。
「…ま、みんな笑ってくれてっからいっか。」
『だって靖志、ガチガチに緊張してんだもん。』
くくっと小さく笑い合う私たちに向かって、ゴホン、と神父さんが注意を促す咳払いをつき、私はようやく彼から離れた。
気を取り直して、すました顔で前を向く。
「新郎、鎌先靖志。汝は−…」
流れる讃美歌。響くパイプオルガン。
厳かな神父さんの畏まった声。
静かに積もっていく雪。祝福の拍手。
あなたが私のヴェールをあげる衣擦れの音。
それに囲まれながら私たちの誓いの声が天に届く。
全部全部、幸せの音。
そのすべてに感謝しながら、この幸せを逃がさないと心に決めた。
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