ふるりと寒さに肩が震えた。
枕元にあるはずの携帯を探す。腕だけではなかなか見つけられず、仕方なく上体を起こすと隣からくぐもった声が漏れた。キレイな白髪を撫でると、心なしか手にすり付いてきたような気がして自然と口角が上がる。
目的のものを見つけボタンを押すと、刺激の強い光が目を差した。思わず顔をしかめ薄目で時刻を確認する。七時半。どうしよう。起きるかどうか逡巡してる間に、力強い腕に引かれ温もりに包まれる。
背中に感じる彼の体温。筋肉質だからだろうか。その手がいつも温かいように、彼の身体は一年を通して温かい。だからどうしても冬はいつも以上にくっついてしまう。彼は顔を赤らめながらもそれを拒否したりはしない。それが嬉しくて、寒くない日でも彼に抱きつき困らせてしまうのも茶飯事だ。
もぞもぞと体を動かし向き合う形をとる。どうやら彼は起きていないようだ。規則正しく寝息を立てている。
無意識らしいその行動にクスリと笑みが漏れた。だってむかしの彼から考えられるだろうか。
先に好きになったのはきっと自分だ。誰よりも大きな身体を持ち、強面に見える彼は、しかし誰よりも優しかった。
クラスで飼っている虫の世話をしていた。花壇のチューリップに水をあげていた。先生の手伝いをいつも申し出ていた。頼まれれば面倒なことでも嫌な顔ひとつせず引き受けた。
そんな彼を間近で見ていて、惹かれない理由があるだろうか。
「おはよう」と笑いかけると、目を見てコクリと頷いてくれるのが嬉しかった。しばらく経つと「おはよう」と返してくれた。あのときはそれだけで一日が幸せだった。
運がいいことに、小学生の間はずっと同じクラスだった。席が隣になることも多く、一緒に日直をすることもまた多かった。徐々に交わす言葉の数も増えていった。
少し歳の離れた兄はバレー部だった。高校に入ると「うちのブロックは日本一だ」といつも豪語していた。母に付いていって試合を観たとき、その堅固な壁にいつしか彼の姿を重ねた。次の大会のときには彼を誘った。静かに見入る彼の横顔が嬉しくて、いつもより大きな声で兄を応援した。
中学に入るとクラスは離れてしまったが、バレー部に入ったと教えてくれた。わたしが教えたものが、彼の中で息づいていることが嬉しかった。移動教室のときには必ず彼を探して声をかけた。話す回数が減っても、変わらず彼は目を合わせてくれた。
兄の母校である伊達工から勧誘があったことも教えてくれた。珍しく興奮した様子で、頬が火照っていた。
「あのときから憧れてた。嬉しい」
そう語った彼に、胸の奥が熱くなり瞳は潤うようで「良かったね」そう答えるのが精一杯だった。
中学卒業の日、友人たちと別れを惜しみながらも、首を伸ばして彼の大きな身体を探したが見つけられなかった。彼は携帯を持っていなかったから、せめてわたしの番号を教えたかったのだが叶いそうにない。これまでかな……と初恋はあっけなく終わろうとしていた。
ところが、彼への気持ちは萎むどころか大きく膨らむばかりだった。断ち切れない思いを抱え、しかしどうすることもできないまま一年近くが経った頃、友だちにバレーの試合を見に行こうと誘われた。ふたつ返事で了承をした。あまりの食いつき様にそんなにバレー好きだったの? と訝しがられたほどだ。
目的はもちろん彼だったが、再会は期待していなかった。ただ、遠くからでもその姿を見られればいいと思った。伊達工のユニフォームを着た彼の姿を。わたしの言葉が、行動が、彼の中に生きていることをもう一度確認できたら、それ以上幸せなことはないから。そしたら、それをきっかけにこの思いとはさよならしようと決めて出掛けた。
それが、まさかいま、こうして同じベッドにいるなんて。
あの時のことはいまでも鮮明に覚えている。彼の言葉はやさしく柔らかな波となって、身体中を襲った。溶けてゆくような幸福感に目の前がチカチカした。
付き合ってからは練習で中々会えないことや、自分の不器用さを気にしているようだったけれど、きっと彼は知らないのだろう。
幼かったあの頃に、手を重ねたずうっと前から、わたしはもう、
「高伸くんしか見てないんだよ」
耳元に囁きかける。くすぐったそうに身をよじる彼の手を取り指を絡めた。
そうだなぁ、今日は。
少しだけ寝坊をして、遅めの朝食をとったら、ふたりで街に出掛けよう。寒いねと腕を絡ませれば、彼は照れながらもまた少し身を寄せてくれるだろう。映画を見るのもいいかもしれない。落ち着いたカフェでコーヒーでも飲みながら余韻に浸って、帰りはスーパーに寄って夕飯の献立を一緒に考えよう。食後はソファでくつろぎながら、あの頃の話しをしてみよう。
そんな穏やかな休日を思い描いて、甘やかな腕の中、もう一度、瞼を閉じた。
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