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「じゃーユリ、また明日!」
「またね杏子!バイトがんばって」

今日も学校を終えて、校門で杏子と別れて帰路につく。いつもと変わらない日常、いつもと変わらない風景。…だと思っていた。

杏子と同じように私もバイトをしている。けれど杏子と違うところは、学校にちゃんと許可を取って働いているところだ。

それには理由があって、第一にまず私には両親がいない。小さい頃に2人とも他界してしまっている。そのため私は両親の親戚にお金を出してもらって、高校生という身でありながら安アパートで一人暮らしをしているのだ。

第二の理由として、奨学金で高校に通っている上に親戚の援助があるから特に不自由な生活を送っているというわけではないのだけれど、そのどちらも要するに借りているお金なのであっていずれは返さなければならない。だから私は今のうちにあくせく働いてお金を貯めておこうと考えた。

それでもやっぱり学校に通いながら毎日バイトをするというのはなかなか体力的に辛いものがあって、週に2日はお休みを入れてもらうようにしている。そのうちの一日が今日なので、帰ってゆっくり休もうと思っていた。



学校から徒歩20分程度のところに私が借りているアパートがある。その建物が近づいてきたのでカバンの中から鍵を取り出そうとしたその時、ある違和感に気づいた。

「…なに、あれ…」

それを認めて思わず呟く。黒光りした車がアパートの前に停まっているのだけれど、車に詳しくない私でも一目見て分かるような高級車だった。

どこかのお金持ちの車がエンストでもしたのかな、と思いながらその横を通り過ぎようとしたその時、車のドアが勢いよく開いた。

「うわっ?!」
「お待ちしておりました、ユリ様」

そこから現れたのはサングラスに黒いスーツを着た長身の男性だった。口元には髭を生やしている。

「は…?え、えっと、どちら様ですか?」
「わたくし海馬コーポレーション社員の磯野と申します」
「は、初めまして…私に何の用でしょうか」

やや警戒しつつ、私は磯野と名乗った人に尋ねた。もちろんこの人とはただの一度も会ったこともないし見たこともなくて、今が初対面だった。それなのに私の名前を知っているというのは一体どういう事だろう。

「海馬様のご命令によりお迎えにあがりました。本日より貴方様は海馬様の元で生活することとなります」
「は…はぁー?!」

とても信じられない事に、私の平穏な日常はある日突然、ガラガラと音を立てて崩れていったのだった。

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