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朝目が覚めて、ベッドの上でぼんやりと昨日の記憶を辿る。はっきりとは覚えていないしもしかしたら夢だったのかもしれないけど、頬や額に温もりを感じた気がした。
不思議に思いながらも身体を起こして、私は朝の支度を始めた。



「おはよう、杏子」
「ユリ!おはよ」

昇降口で杏子と会った。教室まで一緒に向かう途中で杏子はじっと私の顔を見て言った。

「ねえユリ、何かあった?なんだか雰囲気がいつもと違うわ」
「えっ?!…えーと…」

なるべく顔に出さないようにしていたのに、杏子は僅かに何かを感じたらしかった。けどどう話せばいいのだろう。

誰もが知るあの海馬瀬人にお金で買われて、今はその家で一緒に暮らしています、なんて話をしたら杏子はとんでもなく心配してくれるに違いない。その上正義感がとても強いから、私がなんとかするわとか言い出しそうだ。

「…別に、なにもないよ?」

取り繕った笑顔を浮かべる。これが一番最善の方法だと思った。自分自身の問題に大好きな杏子を巻き込みたくはなかった。

「そう…?何かあったら話してよ?ユリったらいつも抱え込んじゃうタイプなんだから」
「うん…ありが…、っ?!」

ありがとう、と言おうとした時、どん、と背中に何かがぶつかる感触がして、私はそのまま床に手をついて崩れ落ちた。後方から男子が勢いよく走り去っていく途中でこちらを振り返りながら言う。

「あっ!ワリー!」
「ちょっと!気をつけなさいよ!!ったくあのバカ男子…。ユリ、大丈夫?」
「ちょっとびっくりしたけど…大丈夫。ありがとう」

スカートを軽く払って私は立ち上がる。その時膝に若干の痛みが走ったのに気づいてその箇所を見ると、うっすらと血が滲んでいた。どうやら擦りむいたらしい。

「ユリ、血が出てるわ」
「このくらい大丈夫だよ。ほっといてもすぐ治るから」
「ダメよ、ばい菌が入ったらどうするの。えーっと…あ、あった。はい、コレ」

鞄の中から杏子は一枚の絆創膏を取り出して私に差し出してくれた。お礼を言ってそれを受け取り、私たちは教室へ向かった。



放課後になり、校門を出て歩いて少ししたところで、見覚えのある黒い高級車が停まっていることに気がついた。周囲を歩く人たちは物珍しそうにその車を見ている。こんな街中には似つかわしくないような車だから当然だ、と思った。

「お待ちしておりました、ユリ様」
「磯野さん…。えっと、待ってたってどうして…」
「社長より直々のご命令です。今から海馬コーポレーションにお連れします」
「海馬君が?…と、とにかく早く行きましょう、目立ちすぎてますから」

その派手な車だけでなく、磯野さんと話す私も好機の的に晒されているのを感じながら、私は車に乗り込んだ。

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