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「お!ユリ!」
「あ、モクバ君!おはよう」

朝の支度を終えて玄関口に向かおうと思っていたところ、廊下でばったりモクバ君に会った。

「珍しいね、私が出る時間に家にいるの」
「ああ、最近働き尽くしだったからさー、兄サマが気を使ってくれて、今日は遅めに来いって言ってくれたんだ」
「そうだったんだ…」

確かに最近、2人の帰りはいつもより輪をかけて遅い。日によってはモクバ君の方が先に帰ってきているみたいだけど、海馬君はいつ眠っているのか分からないくらいだ。帰ってきていない日すらあると思う。

「こう見えてオレは海馬コーポレーションの副社長なんだぜぃ!」
「ええっ?!そうだったの?!」

得意げに胸を張るモクバ君を前に、私は目を丸くした。だってまだどう見ても幼い子どもなのに、世界に誇る海馬コーポレーションの副社長だったなんて、ちっとも知らなかった。

「ふふん。ま、ちょっとはオレを尊敬するんだな!」
「当たり前だよ!すごいよモクバ君…!」
「…」
「…モクバ君?」
「いや、オレ、そんな風に褒められる事ってあんまりないからさ。自分で言っといてちょっと照れちまったぜ」

へへ、と照れくさそうに鼻の下を指で擦っている。なんて可愛らしいんだろう。弟がいたらこんな感じなのかな、なんて考えながら腰を軽く屈めて、モクバ君の頭を軽く撫でてあげる。すると彼は嬉しそうに肩をすくめて嬉しそうに笑った。


「…ユリはさ」
「うん?」
「その…ここに連れてこられて、嫌じゃないのか?」
「え…」
「ほとんど無理やり連れてこられたようなモンだろ。逃げたいとか思わないのかなって…」

モクバ君は眉根を下げ、私からそっと視線を逸らした。もしかしたらここに来た日からずっと、そのことを気にしてくれていたのかもしれない。

「…最初は、ほんとにあり得ない!って思ってたけど、今はそんな事ないよ。海馬君は少し冷たく見えるけど、優しいところもあるんだなって段々分かってきたし、それに…」
「それに?」
「やっぱりね、誰かがいる家っていいなあって」

ずっと、私は一人で暮らしてきた。
施設にいた時は周りに同じ境遇の子達がたくさんいたけれど、一人で生活をしてみると、それがとても寂しいという事に気がついた。

話す相手もいなくて、休みの日に一緒にどこかに出かける人もいない。ご飯を食べても、「美味しいね」と言って笑い合ってくれる人だっていなかった。

夜寝る時、電気を消すのが怖くて毎晩遅くまで起きていた。暗闇の中で目を開けているとそのまま飲み込まれてしまうんじゃないかという思いに駆られて、その上誰にも助けてもらえないんじゃないだろうか、とよく考えたりもした。

たとえここに来ることになった経緯はやや破綻しているとしても、一人で暮らしていた時よりもずっと、心強さを感じているのはまぎれもない事実だった。


「…そっか、よかった。それ聞いたら、兄サマも絶対喜ぶよ」
「そ、そうかな?」
「当たり前だろ!兄サマはいつもユリの事を気にかけてるんだから」
「私のことを…?」
「あっ、ヤベ!そろそろ行かないと!じゃーなユリ、またな!」
「う、うん!また…!」

もう少し話していたかったけれど、そろそろ出発の時間が迫ってきていたのだろう。モクバ君は時計を見るなり焦って廊下を駆け抜けて行ってしまった。


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