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「…ん…」

次に目が覚めた時は、すでに部屋の中がはっきりと視認できるくらいに日が昇っていた。カーテンを閉めているお陰で眩しさはなかったけど、もういい時間なのではないだろうか、目の前に広がるシーツをぼんやり眺める。

「…っ!はっ、そうだ!」

すぐに数時間の前のことを思い出した。
まだそこに彼が眠っているのかを確認する前に、私の身体に回された腕が変わらずあることに気がつく。呼吸の様子からしてもまだ眠っているようだった。相当疲れているのだろう。


「(…そうだよね。あんなに大きな会社を纏め上げているんだもん)」

自分よりも年上の人間たちを、それもあんな大人数の指揮をとり、業務をこなしているのだ。いつかテレビで見た情報だと、その上開発も行なっているらしい。驚くべきことに、まだ弱冠17才にして。文字通りの天才だということだろう。

そこに行き着くまでに、おそらく想像を絶するような努力をしてきたのだろうと思う。そんな人間がいま、自分の身体に腕を回して安らかに眠っているだなんて、とても信じがたい事実だ。

そんな事を考えていた時だった。
真後ろでごそりと音がして、気だるそうに漏れた吐息が耳をつく。海馬君が起きたのだと分かった。ようやく解放してもらえると思ったのもつかの間、回されていた腕に力が込められ、そのままぎゅっと抱き締められた。

「っ、か、海馬君…?!」
「…起きていたのか」

耳元で響く、低音の掠れた声。今まで聞いたことのない声だった。途端にどきどきと鼓動が速まるのを感じる。

「あの、ど、どうして海馬君が…ここに…」
「来てはいけないのか」
「えっ?!えーと…」

常識的に考えてみれば、女性が寝静まっているところに忍び込んでくるという行為はモラルに反していると思う。けど私は彼に人生を買われた身であって、そこに異論を唱えていい立場ではないのかもしれない。

返事に窮していると、うなじに海馬君の吐息がかかったのを感じた。そしてそこに乗せられた生温い感触。唇を落とされているのだと理解する。

「っ、ん…!」

そのまま軽い音を立てて何度か吸い付かれる。初めての感覚に背中がぞくぞくと粟立ち、声を抑えることができなかった。身をよじって離れようとしたけど、海馬君の腕に込められた力には到底かなわない。

「…フ、なかなかいい声を出す」
「…っ」

ようやく海馬君の腕が私の身体を解放してくれ、私は上半身を起こして海馬君の方を見た。同じように身体を起こした海馬君は、まだ寝足りないのか、前髪をくしゃりとやり、深い息を吐いている。いつもその格好で眠っているのか、黒い上下のルームウェアを身に纏っていた。

「ま、まだ寝てた方がいいんじゃないかな…?」
「たわけた事を言うな。なんのためにここ数日、朝方近くまで仕事をしていたと思っている」
「…?」
「…もう昼前か。出かけるにはちょうど良い」

海馬君は緩慢な動作でベッドから降りると、窓際に近づき勢いよくカーテンを開けた。一気に室内が光で満たされる。そして私の方を振り返った。

「どこへ行きたい。好きな場所へ連れて行ってやる」
「え?でも…」
「今日は一日空けた。分かったら支度をして玄関まで来い。分かったな」
「…は、はい」

口を挟む隙も与えてくれない。
面食らったままの私などおかまいなしに、海馬君はそのまま部屋から静かに出て行った。

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