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ここのフロアには、たくさんのレストランやカフェが軒を連ねている。ディスプレイ越しに飾られたメニューを眺めているだけで、とても楽しい気持ちになれるものだ。

「わぁ、ハンバーグにパスタにフレンチトーストもあるよ!どれも美味しそう…。海馬君は何が食べたい?」
「オレは何でもいい。お前が食べたい物にしろ」
「そ、そう?」

そう言われると選択肢を絞ることができずに迷ってしまう。せめて和食か洋食かくらいは希望を言って欲しかったけど、聞いたところで答えてくれないだろうと思った。


「あっ、見て見て、おでん屋さんがある!」
「…」
「あ、あれ?海馬君、おでんは嫌い?」
「…どこでもいいと言ったが撤回する。この店以外にしろ」
「(おでんが嫌いなんだ…!)」

思わぬところで発見をしてしまった。しかもまさかのおでんが嫌いだなんて。口にした事すらなさそうなイメージなのに、庶民的でなんだか可愛らしいとすら思えた。

「ふふっ」
「…何を笑っている」
「海馬君の新しい一面を見れたから。なんか嬉しくなっちゃって」

こんな海馬君を知ることができるなんて、想像もしていなかった事だ。少しだけ不機嫌そうな表情を浮かべる海馬君とは相対的に、私は心が弾むのを感じた。


結局、前から入ってみたかったレストランカフェに入ることにして、私はピラフを、海馬君は野菜のクリームスープを注文した。
それだけで足りるのかと疑問だったけれど、考えてみれば激務が続いていたため、消化のいいものが摂りたいのだろうとすぐに気づいた。


お互いに食べ終わり、食後に注文したコーヒーがテーブルに運ばれる。ティーカップを持つその長い指を見ながら、私はおずおずと口を開いた。

「…あのね、海馬君」
「何だ」
「新しくバイトしようと思うんだけど…どうかな?ほら、前に働いていた所はもう辞めたことになってるし…」

正しくは、強制的に辞めさせられた、という形になると思うのだけど、それは言わないでおいた。

「なんだ、金が必要ならいつでも言えばいい。幾らだ」
「そんな…そこまで甘えるわけには」

ただでさえあんな広い部屋を与えられた上、毎日豪勢な食事を用意してもらっている。あとで先生から聞いた話だけど、学費も全て払ってくれたというではないか。ならせめて、自分の生活にかかる雑費くらいは自分で出そうと考えたのだ。
けどそんな提案はあっけなく一蹴された。

「言っておくが、オレはお前を働かせる気など微塵もない。欲しいものがあるなら言えと、以前も言ったはずだが?」
「…でも…」
「いいか、お前が望むものなら全て手に入れてやる。そのためにオレは何だってする」
「…」
「お前に一切の不便はさせん。今後、働くなどという考えは捨てることだ。分かったな」

海馬君は、話はこれで終わりだというように、まだコーヒーの残っているカップを音を立ててソーサーの上に乗せた。
私は少し間を置いたあと、ただ小さく頷くことしかできなかった。


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