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お店を出て、次に向かったのは雑貨屋さんだった。特に何が欲しいというわけではなかったのだけれど、可愛らしい雑貨が所狭しと並んでいるのをのんびり見るのは割と好きだった。

食器にステーショナリー、小物に収納ツールなど、カテゴリは様々だ。店内は若干混雑していて、海馬君は少し離れたところで待っていると言ってお店には入らなかった。


「(…あ、これ、かわいい)」

店内を物色していると、インテリアコーナーに、可愛らしいクマのぬいぐるみが置かれていることに気付く。茶色いふわふわの毛並みに愛らしい表情をしていて、思わず抱きしめたくなるようなものだった。

天蓋付きのあのベッドは自分には広すぎて、毎晩少し落ち着かないところがあった。けどこんなぬいぐるみがひとつあるだけでも、少し気持ちが変わるかもしれない。


「それが欲しいのか」
「海馬君!」

ぬいぐるみに手を伸ばしかけたその時、隣で声がした。いつの間に店内に来ていたのだろう、海馬君がすぐ近くに立っている。

「買ってやろう」
「え、でも…」
「オレに同じ事を何度も言わせるな」

そう言ってさっとぬいぐるみを手に取ると、そのままレジへと向かっていった。このファンシーな内装の店内に海馬君がいると言う事だけでもなかなかの光景だけど、さらにクマのぬいぐるみを手にした海馬君というのはもう二度と見れないんじゃないだろうか。

レジに立つ店員さんは少し呆気に取られた様子だったけれど、ぬいぐるみのバーコードをスキャンして会計を進めていた。


「…ねえ、あれってもしかして海馬社長?」

そんな様子を眺めていると、私のすぐそばで買い物をしていた、同い年ぐらいの女の子たちの会話が耳に入ってきた。

「まっさかー。こんなとこにいるわけないじゃん。しかもクマのぬいぐるみ買ってるし」
「そうだよねぇ。でもすっごく似てない?本物だったらサイン欲しいーっ。ねぇねぇ、声かけてみようよ」
「…」

これは少しまずいんじゃないだろうか。あの海馬君が、こんなファンシーなお店でぬいぐるみを買っているなんて事実が広まれば、明日の新聞の一面を飾りかねない。

そう思った私は、会計を終えた海馬君の腕を掴んで足早に歩き出した。

「おい、何をそんなに急いでいる」
「ちょ、ちょっとね!」

海馬君が女の子たちに声をかけられる前にここを離れよう。
訝しげな表情を向ける海馬君をよそに、私は彼の腕を引いて足早にその場を立ち去った。



なるべく人通りの少なそうなフロアを探したけど、休日ということもあってどこも人でいっぱいだった。今更ながら、来る場所を間違えてしまったのではないかと思案する。

「…い。おい」
「…」
「おい、ユリ。どこまで行く気だと聞いている」
「!あ…」

いつのに間にか、フロアの端の方まで来ていたらしい。その間もずっと彼の腕を引いていたことにようやく気付いて、私は慌てて手を離した。


「どうした。妙に急いでいたようだが」
「…」
「とにかくこれを受け取れ。オレが持っていたのでは目立って叶わん」

薄ピンクのリボンがついた、可愛らしいラッピングが施された包みを手渡される。

「…あ、ありがとう」
「それで、何をそんなに慌てているのかと聞いている」
「…」
「黙っていては分からんぞ」

一歩私に詰め寄る。こうなってしまえば、黙っていても無駄だということくらい学習済みだ。

「…海馬君は、海馬コーポレーションの社長さんで、とても偉くて、有名な人…なんだよね」
「ふん。それがどうした」
「…その…私みたいな、なんの肩書きもない普通の人と一緒に歩いているところを誰かに見られるのって、嫌じゃない…?」

そう。彼の隣に相応しいのはきっと、とびきり美しくてスタイルのいい女優さんのような女性だろう。どう考えても私のような凡人ではない。

そんなことを考えると胸がちくりと痛んだという事実に少し驚いたけれど、それよりも私の話を聞いているうちに、海馬君の表情に怒りが滲んだことにもっと驚いた。

「ユリ。まさかお前はそんな事を気にしているとでもいうのか?」
「…え…」
「連れて歩くのが恥と思われるような女を、このオレが欲しがるとでも?」
「か、海馬君…」
「よく聞け。オレはそんな女のために、労力を割いてまでこうして1日を空けたりしない」
「…!」

最近やたら帰りが遅いとは思っていたけれど、まさか私のために遅くまで働いて時間を作ってくれていただなんて。そんな事、考えもしなかった。

「どうして…」
「お前だから、そうするんだ。ほかに理由などない」
「…」
「今後、さっきのようなくだらん話を口にする事は絶対に許さんからな」
「…っ、は、はい!」
「ふん。分かればいい」

そう言って微かに笑みを浮かべる。
その表情はずるい、と思った。

「さっさと次へ行くぞ。時間がもったいなくて叶わんからな」
「…うん!」

また垣間見えた、海馬君の優しさ。
再会を果たした時よりも、確実にお互いが歩み寄れているような気がして、私は胸が温かくなるのを感じた。


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