21


愛らしい瞳が、私を見つめ返している。
ベッドの上にちょこんと置いたそのクマのぬいぐるみは、あれから毎晩私の腕に抱かれている。
以前は、広すぎて寂しいと感じていたこのベッドも、日を重ねるごとにそう感じる事はどんどん減っていった。それはこのぬいぐるみが来てくれたおかげと、それとー。


「ユリ。入るぞ」

軽いノックが響いたのち、声の主が静かな部屋に足を踏み入れた。濃紫のジャケットの下に黒のシャツという出で立ち。彼は私が座っているベッドに近づきそのまま腰を下ろした。

「今日も特に変わった事はなかったか」
「うん、ないよ。海馬君も?」
「ああ。現在のプロジェクトも滞りなく進んでいる。当然だがな」

自信に満ちた口調で話すその横顔には、微かに笑みが浮かんでいる。一緒にショッピングモールへ行ったあの日からおよそ一週間。やっと仕事が落ち着いてきたのか、常識的な範囲内での時間の帰宅が多くなっていた。それでも一般的に見れば、早い時間とは言えないのだろうけど。

そして帰ってくるとまず私のところに来て、他愛のない話をしてくれる。今の所ほぼ毎日だ。ぬいぐるみを買い与えてもらったお陰もあるのかもしれないけど、こうして海馬君と顔を合わせる時間が増えた事が、寂しさが減った一番の要因なのだと思う。


「海馬君、…あの」
「何だ」
「毎日のようにこうやって話してて大丈夫なの?お仕事、忙しいのに」
「…」
「あ、もちろん嬉しいんだよ?でも…」
「そんな事は心配しなくていい。オレは要領よくやっている。それに」

海馬君の視線が私を捉える。

「オレがしたいようにしているだけだからな。お前が負い目を感じる必要はない」
「そ、そっか…」
「それより、お前はもう少し警戒心を持て」
「え?」

警戒心?一体何の話だろう、と首を傾げていると、海馬君は体を捻り、私の頬へと手を伸ばした。

「この状況だ。同じベッドに男が座っていて、部屋には二人しかいない。それ相応に身構えるべきだと思うが?」
「…え?えっと…?」
「少しはオレを意識しろ、ユリ」

指先が頬に触れ、それが予想外に熱を持っている事に気がつく。海馬君の視線が下からゆっくりと上がっていって私の瞳を捕らえて、逸らせないと感じた時にはもう、海馬君の影が私の顔に落ちていた。

あと少しでも動けば唇同士が触れてしまいそうな距離。そんな近過ぎる距離で、海馬君の口から吐息とも声ともつかないものが漏れる。

「分かるだろう。…オレは男で、お前は女だ」
「か、海馬君…、待っ…」

このままでは、この熱い視線に呑み込まれてしまうーと、そう思って体を硬くしていたけれど、海馬君は体勢を変えず、ただ黙って目を閉じただけだった。そして数秒ののち、ゆっくりと目を開けて私の瞳を再び映したあと、私から身体を離していった。


「いいか。お前はまず警戒するということを知れ。人を受け入れるなとは言わんが、お前は疑うことを知らなさすぎる」
「う…うん、わかった…」
「…分かればいい。オレはもう戻って寝る」

ふ、と少し深いため息のようなものをつくと、海馬君はベッドから降りて部屋を去っていった。


1/28
prev  next