22

その日は朝から雨が降っていた。
放課後に杏子と一緒にカフェで勉強をしていたため、帰りはいつもより遅くなっていた。時計を見ると午後20時を過ぎている。

朝よりも強くなっている雨脚の中、ビニール傘を差しながら帰路につく。雨のせいか人もまばらで、いつも歩いている通りだというのにどこか物悲しい印象を受ける。

「ねぇ、お姉さん」
「え?」

不意に、グレーのパーカーを被った男性に声をかけられた。暗くてはっきりとは見えないけれど、年齢は私よりも少し上だろうか。彼は困った表情を浮かべてフードの下から顔を覗かせた。

「そこの公園まで連れてってくんないかな。友達と待ち合わせしてんだけど、喫茶店入ってる間にオレの傘、盗まれちゃったみたいでさ。この通りなんだ」

やれやれ、と困ったように肩をすくめる。
その姿はパーカーも髪も目も当てられないくらいにずぶ濡れで、思わず同情してしまうほどだった。

「大丈夫ですよ、どうぞ」

すっと腕を伸ばして傘を傾ける。
公園ならすぐそこだし、このままだと間違いなく風邪を引いてしまうだろうと思ったからだ。

「…」
「どうしたんですか?」
「…いや、良い人なんだね、お姉さん。ありがと」
「いえいえ。どういたしまして」

にこ、と微笑んで見せると、彼もまた、にこりと同じように微笑んで見せた。



繁華街の通りから公園まではほんの5分程度だった。そこに近づくにつれて人通りはどんどん少なくなり、とうとう私とこの男の人だけになった。
公園の入り口近くに、傘をさした男性が2人立って談笑しているのが見える。あの2人がこの人の友達だろう、と思った。

「あー、いたいた。あれがオレの友達」
「やっぱりそうでしたか。じゃあ私はここで」

ここまでくればもう大丈夫だろう、と思い、私は軽く頭を下げてその場を去ろうとした。けれど次の瞬間、強い力で腕をぐっと捕まれる。思わず男性の顔を見ると、そこには怪しい笑みが浮かんでいた。

「待ってよお姉さん。せっかくだし、オレたちと遊んでこうぜ?」
「は…?」

談笑していた男性2人がこちらに気づいて近づいて来た。そして同じように怪しげな笑みを浮かべて、彼らは私を見下ろして言った。

「へー、結構カワイイじゃん。いいの捕まえたな」
「オレの友達を傘に入れてくれてありがとよ。素直なお嬢ちゃん」
「っ…!」

遅すぎるけれど、そこでようやく私は、自分が浅はかで軽率だった事気が付いた。声を上げようとした瞬間に後ろから布のようなもので口を塞がれ、そして次第に意識が遠のいていくのを感じた。


『いいか。お前はまず警戒するということを知れ。人を受け入れるなとは言わんが、お前は疑うことを知らなさすぎる』


つい昨日、そう言われたばかりだったのに。私はどこまで愚かなんだろう。
ーごめんなさい、海馬君。
心の中でそう謝罪をすると同時に、私は意識を完全に手放した。


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