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「…ユリ、遅いね。兄サマ」

オレより少し先に帰宅していたモクバがそう言った。普段ならユリはすでに家にいる時間で、オレよりも帰ってくるのが遅かった事など今まで一度もない。

今日は朝から雨脚が強く、それは今の時間になっても変わっていない。モクバは不安そうに窓越しから外の暗闇に視線を送った。

静かに過ぎる時間と、地面を打つ雨の音。これ以上黙って待つ意味もなかった。
「少し出てくる」と言い残し、オレは雨の中を走り出した。




目が覚めて最初に認識したのは、固くて冷たい地面の感触だった。朦朧とする意識がゆっくりと晴れていくのを感じながら、薄闇の中で目を凝らす。身体がとてもだるく、上半身を起こすのも辛い。

分かるのは、ここはどこかのガレージの中だということと、私は地面に倒れているということ。誰かに連絡をしようとカバンを探したけれど、ガレージの端の方に乱雑に放り投げられているのが見えた。雨で濡れた身体は、冷たい外気のせいで冷え切っている。

「お、お目覚めだね」
「…!」

声がした方を見ると、近くに薄ら笑いを浮かべた男が立っていた。今は黒いトレーナーを着ているけれど、あのグレーのパーカーを着ていた男だとすぐに分かった。少し離れたところに、公園にいた2人も立っており、こちらを見下ろしている。

「傘入れてくれてありがとね、お姉さん。お陰でちゃーんと友達のとこ行けたよ」
「…騙したんです、か」
「ははっ、騙す?」

3人の男は顔を見合わせると、さもおかしいと言わんばかりに肩を揺らして笑い出した。

「あんな素直に他人を傘に入れちゃうなんてさ、君ってホントにバカなんだね。怪しいとか思わなかったの?」
「普通ならまず断るぜ、なぁ?」
「そうそう。今時純粋な女子高生だねぇ、ホント」
「…」

3人は嘲笑いながら、私を囲うようにしてゆっくりと近づいてきた。煮え切るような怒りに襲われたけれど、本当に彼らが言う通りだと思った。私はただの、愚かで浅はかな人間だ。

後ろに男2人が回って、腕をそれぞれに拘束される。そして黒いトレーナーを着た男が前に来たかと思うと、乱暴に顎を掴まれて上を無化される形になった。

「ま、楽しませてもらうよ」
「!待っ…」

制服のリボンを引き抜かれて、ブレザーのボタンを外される。そのままブラウスに手をかけて左右に引きちぎられるようにされれば、力なくボタンは弾け飛んでいくだけだった。

首筋に男の顔が埋められ、全身に嫌悪が走る。脇腹の形を確かめるようにして撫でられる感触に吐き気がした。生ぬるい舌先が首筋を這っていって、それは鎖骨の辺りまで下がっていき、胸の膨らみの辺りに差しかかろうとしていたー、その時だった。


突如エンジン音が近づいてきたかと思うと、黒い車がシャッターを突き破ってガレージの中に現れた。そして轟音に耳を塞ぐ間も無く、車のヘッドライトがガレージの中を照らし出した。

「な…なんだ?!」
「…」

私を含めた4人がその車に視線を注ぐ中、運転席から1人の人物が姿を現し、車から降りると男たちと対峙した。

「オレの所有物に手を出すとは、貴様らいい度胸をしている」

嘘だ。これは私の都合のいい夢なんじゃないか、と思った。だってそこには、見間違えるはずもない、他の誰でもないー、海馬君が、そこに立っていたからだ。


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