25


車の中での会話は何もなかった。
ボンネットやガラスに打ち付ける強い雨の音が車内を満たしていて、それらの音がひたすら私の耳を打っていた。


海馬邸にたどり着くとまず、私をお湯に浸からせるよう使用人さんたちに命じた。自身も濡れている上コートを私に貸しているのだから体は冷え切っているはずなのに、そんなことは意にも介さない様子だった。

「ユリ様、こちらへ。ああ、こんなに冷たくなられて…」

使用人さんの一人が私の背中に手を添えて、私を支えるようにして歩き出す。海馬君がその様子を見送る視線を背中に感じながら、私は浴場へ向かった。



数十分後、入浴を終えて部屋へ向かう。食事を摂るよう勧められたけれど、今はとても何かが喉を通るような気はしなくて、その提案はお断りさせていただいた。

部屋に入って、崩れるようにしてベッドに座り込む。先ほど起こった光景が脳裏に焼き付いていた。
舐めるような下卑た視線。嘲笑うような声色。触れられたところに走った感触。そのどれもが不快極まりなかった。

「…っ」

思わず自分自身の身体を抱きしめる。
ただ思い返しただけだというのに、足の指先からすっと冷えていき、それがじわじわと身体中に広がっていくような感覚に陥った。


「ユリ。入るぞ」
「!」

海馬君だ。そう思うよりも早くドアが開き、彼が部屋の中に姿を現した。そして私の前につかつかと歩み寄り上から見下ろすと、静かに「脱げ」と告げた。

「…は…?」
「聞こえなかったのか。服を脱げと言っている」

この距離で聞こえなかった訳がない。突然のことに理解が追いついていないだけだった。戸惑って動けないでいると、海馬君は性急な動作で私の身体をベッドへと押し倒した。

「っ…海馬君…?!」

私の力ない抵抗なんてものともしない。
片手で器用に部屋着の前ボタンを外されていくのを感じても、止めることはできなかった。

「…どこに触れられた」
「え…?」
「あの薄汚い男共に触れられた場所を言え。全てだ」
「…」
「沈黙は許さん」

どうしてそんな事を聞くの、なんて尋ねられる空気ではない。海馬君の目に宿った怒りを垣間見ながらも、私は静かに告げた。

「…あ、顎…と、首すじ…」
「…」
「あと脇腹と…、鎖骨のあたり」

思い出したくはなかったけれど、否が応でも鮮明に蘇る記憶。それを脳内で思い返して、触れられた箇所全てを告げた。

「それで全てか」
「…」

忌々しげに歪められた海馬君の表情を見上げながら、私は返事の代わりに小さく頷いて見せた。

そして不意に伸びてきた長い指が私の顎を掬いとる。何かを思う間も無く、海馬君の唇が私の唇に重ねられていた。


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