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着きました、と言われて車を降りた先には、豪邸という言葉を使っても表しきれないほどの建物と敷地が目の前に広がっていた。大きな鉄柵越しに見えるその風景は、テレビや雑誌や漫画の中でしか見たことのないものだった。
「さ、行こうぜぃ」
「う、うん…」
制服で足を踏み入れるなんて場違いなのではないか、と思うほどの煌びやかさ。鉄柵の門をくぐって中庭のような場所に入り、その先の玄関口まで向かうのにかなりの距離を歩かなければならなかった。
玄関口の両脇を固めているスーツの男性2人はモクバ君と私の姿を認めると、「お帰りなさいませ」と静かに言ってドアを開けてくれた。
そして広々とした玄関の中に入ると、何人ものメイドさん達が出迎え、並んで腰を折った。
隅々まで清掃が行き渡っている上、みんな着崩れひとつない。その圧巻の光景に私はただたただ息を呑むばかりだ。
「(な、なにここ…ほんとに家…?)」
「ユリ、こっちだ!」
少し得意げにしているモクバ君の後について、私は長い廊下を進んだ。そして階段を登り、そこから少し歩いた突き当たりの部屋の前でモクバ君は立ち止まった。
「ここがユリの部屋だぜ」
「は…えぇ?!」
「なに驚いてんだよ?」
「だって…まさか部屋をもらえるとは思ってなくて」
よくて誰か使用人さんと相部屋とか、最悪屋根裏部屋とかそんなのを想像していた。けどモクバ君が開けたドアの先にあったのは、想像を遥かにしのぐほど広々とした空間で。ちょっとした会議室くらいの大きさはある。
「兄サマがユリにそんな不自由をさせるワケないだろ」
家具も全てが新品のようで、キズ一つなければホコリすらもかぶっていなかった。ドレッサーにスツール、チェスト、テーブルにソファに椅子にクローゼットまで揃えられている。漫画や映画でしか見たことがないような天蓋付きのベッドまであった。そしてアパートで使用していた洋服やら生活雑貨やらはすでに収納されているようだった。
「…どうしてここまで…」
「へへん。兄サマならこのくらい朝メシ前なんだぜ」
「…」
私が聞きたかったのはそういう事ではなかったのだけど、モクバ君の得意げな顔を見たら訂正する気になれなくなってしまった。
「そうだ、これを渡しておかないと」
ごそごそとポケットを探ったモクバ君が取り出したのは、鈍色に輝く真鍮の鍵だった。それを手渡されて手の平に乗せる。
「これは…?」
「この部屋の鍵だよ。ま、別に鍵かける必要なんてないと思うけどさ、一応渡しとけって言われたからな」
「…」
「それからこの家の鍵は持つ必要がないぜ。ユリの事はセキュリティシステムに認知されるよう設定したから、勝手に開くようになってる」
「そ、そう…」
次から次へとあり得ない現実が襲ってきて、理解するのに頭が追いついていかない。正直言って今ここに立っている事は、実は悪い夢か何かなんじゃないかと未だに頭のどこかで思っているくらいだ。
「今日は兄サマも早く帰って来れるって言ってたから、メシの時間になったら出て来いよ!それまでオレも一仕事してくるぜ。じゃあな!」
「あっ…」
疲弊した脳のせいでモクバ君の言葉を理解するのが遅れ、待ってと声をかけようと思った時には彼の小さな背中は遠くへ行ってしまっていた。
「…現実、なんだよね…?」
一人残された後、試しに頬を軽くつねってみたけど、残念ながら痛みは本物だった。
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