全員集合!


ぱち、と目が覚めた。
誰に起こされた訳でもなく、目覚めた鈴は、くあ、と大きな欠伸を一つ零した。

外は十分に明るくなっていたが、時計を確認すると、朝の七時前。
朝食までまだ少し時間があり、昨日の朝と同じなら、朝食の準備が整ったら呼びに来るだろう。

大きく伸びをし起き上がると、そのままの勢いで、鈴は布団を畳み、それを押し入れへと仕舞った。
そのまま、押し入れの下段から着替えの服を取り出すと手早く着替え、部屋の両面にある障子戸を開くと、朝の澄んだ空気を部屋の中に取り込み、すぅ、と大きな深呼吸をした。

この本丸の空気も随分、澄むようになった。
重く息苦しい空気ではなく、澄んだ綺麗な空気だ。

これも、刀剣男士の皆が少しずつ本丸を手入れし、本丸内に巣食っていた穢れを排除しているお陰だ。

鏡と化粧道具を手に取り、文卓の前に座ると化粧を始めた。
化粧水、下地、ファンデーション、と、いつものように手慣れた手つきで化粧を施していたが、頭の中は、昨夜の大倶利伽羅の言葉で埋め尽くされていた。

この本丸に顕現されていない刀剣男士の事だ。
前任に逆らったが故に、蔵の奥底に刀剣の姿で保管されている彼ら。

彼は言った。
刀剣の姿のままでいる事が救いだったと。
あの地獄のような酷い仕打ちを受けずに済んだ事に、安心していた、と。

出来る事なら、今直ぐにでも、蔵にいる彼らと会わせてやりたい。
また、以前のように会話したり、共に時間を過ごさせてやりたい。

だが、自分にはそれが出来ない。
自分には刀剣男士を顕現させる資格がない。

刀剣男士を顕現させる力はある。
顕現するには霊力さえあれば良いのだから、顕現させる事は出来る。

だが、”手入れ師”である自分には、顕現させる事は出来ないのだ。
審神者と同じ方法で手入れされる事で、刀剣男士が手入れ師の事を主だと認識してしまうように、今回のような刀剣の姿のままで保管されている刀剣男士を顕現させてしまう事で、主だと認識させてしまう。

それだけは、絶対に避けなければならないし、してはいけない事だ。

自分が審神者ではなく、手入れ師である事をこれ程までにじれったく、そして、悔しく思った事はなかった。

大倶利伽羅には、深く考えるな、とは言われたが、やはり考えてしまった。
自分に出来ない事を悔やみ、自分の立場を悔やみ、自分の不甲斐なさを悔やんで、落ち込んで。
彼にあれ程心配された事をしてしまって、思わず大きな溜め息が零れた。


「おや、起きてたのかい?」

「蜂須賀様…、おはようございます」

「堀川がまだ寝てると言っていたと思うんだが…」

「ここでの生活にようやく慣れたようで、自力で起きれました」

「そうか…、それにしても、良い朝だ」

「ええ、空気も澄んでますし、空も青くて、」

「これもキミのお陰だ」

「…、ありがとうございます」


金の着物を身に纏った蜂須賀が、開いた障子戸から、ひょこり、と顔を出し、その顔は驚いていた。
話しを聞くに、堀川から起こして来て欲しいと頼まれたようだが、いざ来てみると鈴は起きており、既に身支度を整えていた。
それに驚いた蜂須賀だったが、鈴の言葉を聞いて納得したようで、驚きの表情から一転、朗らかな笑みを浮かべた。

昨日も驚いたが、この本丸は随分と平時に戻りつつあり、今日に至っては、以前となんの変わりもない本丸になっていた。
空気は綺麗だし、あの分厚い灰色の雲も消え去り、今は青空が頭上に広がり白い雲が映えて爽やかな気分になる程だった。

鈴の持つ、この豊潤な霊力は、本当に見事なものだ。
鈴にその自覚はないのかもしれないが、彼女の霊力のお陰で、これ程の短期間でここまで常時に戻ったと言っても良いぐらいだった。


「朝食の用意はそろそろ出来てると思うが…、もう準備は良いのかい?」

「はい、準備出来ました」

「それじゃあ、行こうか……、そう言えば、今日は何をするんだい?」

「今日は…、うーん、そうですね…、本丸内も随分と綺麗になりましたし、昨日私が昼寝している間に掃除の方も殆ど終わっているみたいですし…、皆様にお任せしても良いかな、と思っているのですが…、」

「任せるって…、今日、何をしたいかを、かい?」

「ええ。私が思い付く事は、ここ数日で終わりましたし、後は、この本丸の皆様なら気付く事があるんじゃないかと思いまして」

「まあ、それもそうだね。俺が思い付くのは、それぞれの部屋の掃除ぐらい、かな」

「確かにそれは皆様にお任せする部分の一つですね…、あと、何か気付いた事はありませんか?」

「他ねぇ…、他もこれと云って思い浮かばないな…、堀川や燭台切あたりなら、何か思い当たる事、あるんじゃいかな?」

「なるほど…、また、後で堀川様達に聞いてみますね」

「ああ、そうしてくれ。……、あ、それと一つ言い忘れてたんだけれど、」

「はい?なんでしょうか?」


鈴を部屋まで迎えに来た蜂須賀と共に、身支度を整えた彼女は、朝食の準備が出来ている広間へと足を進めた。
気持ち良い風が頬を撫で、清らかな空気が肺を満たし、心地良い廊下を歩きながら、二人は言葉を交わしていた。

至って普通の会話をしていたのだが、蜂須賀がふと、思い出したように口を開いた。
だがそれは、物事をきっぱりと言う蜂須賀らしくない、遠慮したような口振りで、鈴は首を傾げて彼を見上げた。


「連日の事で申し訳ないんだけど…、また新たに部屋から出て来た者達が居るんだ」

「…、そう、なんですか…?」

「ああ…、来派の三人に長谷部に鶯丸に…、と言うか、この本丸に顕現されている刀剣男士で、部屋に籠っていた者全員が出て来たんだ」

「ぜ、ん…、いん、ですか?」

「ああ、全員。変な意地を張るのは止めたと言っていたよ。そのお陰で厨の中は戦場だし、粟田口の短刀によるここ数日の説明があったりして、広間は殺伐としてるけれど…、気にしないでくれ」

「そ、そうですか…、また後で買い足さなければいけませんね」


蜂須賀のその言葉に鈴は目を大きく見開いて驚いた。
確かに昨日の段階で部屋に籠っていた刀剣男士は、あと少しではあったが、もう少し時間がかかると思っていた。
だが、自分の知らないところで、何やら話しは進んでいたようで、部屋から全員出て来たと言うではないか。

昨日、堀川や歌仙、宗三や蜻蛉切が広間を出たり入ったりしていて、何やら忙しそうにしていた。
広間を出て戻って来た時には、満足そうに何やら話していて、それを聞いた者は嬉しそうにしていたり、ホッと胸を撫で下ろしたりしていた。

もしや、その行動は、この事だったのではないだろうか。


「…だから昨日、皆さん忙しそうに広間を出入りされてたんですね」

「気付いてたのか…、ああ、毎日のように少人数で部屋から出て来られたら、キミの精神的な負担が大きいからと宗三や江雪、一期一振が言ってね。それぞれの部屋に殴り込んで部屋から出て来る事を取り付けて来たんだ。キミじゃなく、堀川達が直談判に来たもんだから、意地を張るのが馬鹿らしくなったみたいでね、」

「殴り、こみ…、ですか…。ですが、そんな強攻手段を取ってしまって、部屋に居た皆さんを刺激しませんでしたか?」

「それは大丈夫だったみたいだ。そもそも彼らもキミが”良い人間”である事は最初から分かっていたけど、出て来るタイミングとやらを逃していたみたいだ」

「そ、そうでしたか」


蜂須賀の言葉を必死に頭の中で整理した。
まさか、広間がそんな状態になっているとは思ってもなかったし、自分の知らないところで、こんなにも話が進んでいたなんて想像もしていなかった。

此処に来て、ほんの数日だが、自分は彼らと、ちゃんと信頼関係が築けていたみたいだ。
人間に対して良い印象を持っていない今の彼らとは、適度な関係を保ちつつ、本丸の改善に役立てれば良いと、最初は思って、此処にやって来た。

だが、自分でも知らないうちに、彼らと信頼関係は築けていて、自分の為にとも云って良い程、こんなにも動いてくれている。

これ程までに嬉しくて、幸せで、温かい気持ちになる事はあっただろうか。


「……なんか、嬉しそうだね」

「ええ……、とても」

「もしかして、ここまでされる程、好かれていない、と思ってたのかい?」

「…はい、正直に言うと、そう思ってました……、でも…、」

「違った…、かい?」

「はい…、ここまで動いてくれる程好意を持って頂けている、と…、実感しました」

「そう、それは良かった。良く聞いてくれ」

「はい、」

「俺達は、好きじゃない相手にこうまで働かない。付喪神とは云え、神だ。人間の言う事を二つ返事で聞く程、安くないんだ。……、だが、キミは違う。俺達に此処まで動かす程の行動や言葉を示してくれた。それに応えるのは当然だし、そうしなければ、キミに失礼になる」

「っ、は、はい…」

「だから、自信を持てばいい、自分はこの本丸の皆に好意を持たれている、と。好かれていると自信を持っていい」

「わ、かりました…」


蜂須賀のそれに鈴の顔は真っ赤に染まり、言葉尻は風船のように萎み、消え入りそうなか細い声だった。

此処で過ごしている間に、もしかしたら多少は気を許してくれているかもしれない、とは感じていた。
それは自分の中での事で、確信した事ではなく、そう思っていただけだった。

だが、今の蜂須賀の言葉で、そのぼんやりとした考えが、はっきりとした真実で彼らの自分に対する感情が明白に知ったのだ。
好かれる事がこんなに恥ずかしくて、照れてしまうなんて、今までにあっただろうか。

茹蛸のように真っ赤に顔を染めている鈴を見て、蜂須賀の表情は驚いたように目をぱちくりとさせたが、そんな彼女が可愛いと思い、まるで最愛の弟を見る時のように穏やかに目尻を下げた。


「気付いてなかったのかい?」

「す、こしだけ…、は……、」

「少しだけ、ねぇ…、そもそも、あの伊達の刀達があんなにキミの側に居る時点で、キミは十分に好かれていると、俺は思うけどね」

「で、ですが、燭台切様や大倶利伽羅様は、私がこの本丸に来て初めてお会いした方々ですし…、それで側にいらっしゃったのかもしれませんし……」

「その考えが甘いと思うんだが…、」

「甘い、ですか?」

「これは少なくとも、俺達だけの話しではあるが、伊達の刀は、好きでもない人間の側に居るような刀じゃない。一見、普通に接しているように見えても、その裏では唾を吐いているような刀だ。そもそも、あの大倶利伽羅が終始キミの側に居るのは、俺の記憶の限り、初代様しか記憶にない」

「そ、う…、だったんです、ね、」


蜂須賀の言葉に首を傾げるような言葉があったのは、気のせいではないかもしれない。
伊達の刀達…、つまり、燭台切や大倶利伽羅、鶴丸は、基本的にそうゆう人達だったのか、と、ある意味衝撃を受けた。

だが、彼らの話しの節々にそんな印象を感じたのも事実だ。
彼らの言葉には、寄せ付けないようなそんな空気を感じていた。

だが、そこまでだったとは全く想像をしていなかったのだ。
驚いても仕方がない事だろう。

自分の中で、伊達の刀は、頼りになる存在だ。
右も左も分からないまま、この本丸に来て、途方に暮れていた時に道を示してくれたのが伊達の刀達だった。

感謝こそすれ、恐れるような存在ではない事は、自分が一番良く知っている。
例え、彼らの内なる自分が、蜂須賀の云うようなそうゆう刀でも、その感情は変わる事はない。


「本当キミは不思議な人間だ。猛獣みたいな彼らをあんな風に手懐けるんだからね。…、と、言うより引き付けているのか、あれみたいに」

「あれ…、とは?」

「なんて言ったかな……、うーん、あれだよ、あれ」

「えっと…、どんな形とか分かりますか?」

「こう、細長い形をしていて、中が空洞で…、粘着質みたいな物がべったりとある……、ご〇ぶりホイホイ、だったかな」

「そっ……!!!…れは、ちょっと酷いです……」

「これ以外思い付かなかったんだ、仕方ないだろう。あと、そうだな…、掃除機の…、吸引力が凄いって謳い文句の…」

「ダイ〇ン、ですか?」

「ああ、それだ。まさにキミは、そんな人間なんだよ、俺達にはね。不思議と惹き付けられるんだ。それなのにそんな自分が嫌じゃない」


蜂須賀は自分をどうしたいのだろうか。
羞恥死にでも至らしめる気なのだろうか。

彼の言葉は嬉しい。
ここまでストレートに真っ直ぐと言葉にしてくれた事は非常に嬉しいのだが、羞恥心でどうにかなってしまいそうだ。

羞恥心から体は熱くなって、額に汗がじんわりと浮かんで、メイクを落とさないように拭うのが大変だった。

そんな会話をしているうちに、広間に着いてしまった。
未だに顔は真っ赤だし、汗は浮かんでいるし、不自然に思われないだろうか、と、鈴は少々不安になりつつも広間へと足を踏み入れると、そこには圧巻の光景があった。

ずらり、と食卓が並び、その食卓が埋まる程の食事が並び、その食事の前には、ずらり、と刀剣男士の姿があった。
彼らの前にお箸が並び、短刀達が数人で皆にお茶を注いでおり、後は自分が来るのを待っている状態だった。

幾つもの目が、一斉に鈴の方へと向けられた。
琥珀色の瞳、お月様の瞳、真っ赤な瞳、海のような瞳、藤色の瞳、と、それはもう様々で圧巻だった。
だが、その幾つもの目には澱みは一切なく穏やかそのもので、純粋でキラキラと輝いても見えた。

鈴を良く知る者は、彼女の姿をその目で捉えると笑みを浮かべ、彼女の事を良く知らない者は興味津々と云ったように彼女をじっと見つめていた。


「さあ、席に座ろう。皆、キミを待っていたんだ」

「は、はい」


鈴の隣に居た蜂須賀が彼女の背に手を添え、その背中を軽く押し、彼女に座るよう誘導すると、彼女はぎこちなくも、最早定位置になりつつある、この部屋の上座となる席へと腰を下ろした。
鈴のその姿を見送った蜂須賀も、兄と弟の間の空白だった席に座ると彼女の方へと視線をやり、小さく頷くと、彼女はギギギ、と音が鳴りそうなぎこちなさで頷き返した。


「お待たせして申し訳ありませんでした。……それでは、いただきます」


鈴が上座の席に座る事と同じくらい当たり前となっている、食事をする時の彼女の言葉を切っ掛けに、広間には昨日以上の賑やかな話し声が響いた。

その楽しそうな光景をほっこりとした気持ちになりつつ、鈴は目の前の、ほかほかと湯気の立つ食事を口に運んだ。
自分では出来ないような優しい味付けの食事に舌鼓を打ちつつも、鈴が考える事は、主に食事の事だった。

今、食事がどのような体制で作られているのかは、後程、歌仙や燭台切に聞くにしても、一気に増えたこの人数の食事をたった二人で用意するのは、大変な作業だろう。
ちらり、と燭台切と歌仙に目をやると、やはりその顔には疲れが見えていて、これは早々に食事の体制を整えねばならないようだ。

そうしなければ、近いうちに二人が倒れ兼ねない。
そうなったらどうなるか…、それはきっと、ちょっとした地獄絵図になってしまうだろう。
こんな美味しい食事を作ってくれる者が倒れてしまえば、誰が食事を作るか、どんな食事を作るのか。
それを決めるだけでも、ちょっとした騒動になってしまって、日常生活がままならなくなってしまう。

折角、皆が部屋から出て来て、新しい一歩を踏み出そうとしている最中に、そんな事前に回避出来る問題で足踏みさせたくない。
ここまでするのは、少し過保護なのかもしれないが、手入れ師としての仕事は、今回が初めてなのだ、少しぐらいは見逃して欲しい。


「どうかしたんですか?」

「あ、いえ…、あの、少し伺っても宜しいでしょうか?」

「……なんです、急に改まって」

「い、いえ、その…、以前の事なのですが、食事は燭台切様と歌仙様以外にどなたが担当されていたのでしょうか?」

「食事、ですか…、まあ、その時の状況によりけり、ですね」

「状況、ですか?」

「ええ、出陣や遠征に出ていれば、その代わりに別の者が食事を作る事はありましたが…、殆ど食事を作っていたのは、燭台切殿と歌仙殿…、後はそうですね…、堀川殿に蜂須賀殿でしょうか」

「でも、四人だけでは、この人数の食事を作るには、少し無理がありませんか?」

「ええ、無理です。……昨夜、大倶利伽羅殿に聞いたのでしょう?」

「は、はい……、」

「別に怒ってはいませんよ、呆れはしましたけどね。……以前は、数珠丸殿や巴殿、後は源氏の兄弟が食事を作ってましたね」


食事に舌鼓を打っていた鈴だったが、食事の面を考えているうちに眉間には皺がより、何やら難しい表情を浮かべていると、彼女の隣に座っていた宗三が彼女に声をかけた。
その鈴の質問に宗三は、少し考えると、箸を置き彼女の疑問に一つずつ答えていった。

だが、次第に鈴の表情は曇り、宗三はどうしたもんかと自分の目の前に座る大倶利伽羅に視線を送ったが、その視線に気付いているのに彼は知らん顔を貫いていた。
その彼の反応に少々苛立ったが、この場は自分だけの力で鈴を元の彼女に戻すしかないようで、頭の中はどんな手段が良いのかと思考を巡らせた。

とんだ貧乏くじを引いてしまった。
第一、彼女のあの難しい表情に気付いたのは大倶利伽羅だ。
その大倶利伽羅が自分に彼女の話しを聞けと目で云って来たから、その通りに聞いただけなのに。
最初に彼女の変化に気付いた大倶利伽羅が聞けば、自分はその会話をBGMにこの食事を満腹になるまで、幸せの気分で食べていただろうに。


「彼らの事は、貴女が心配しても仕方がない事です。幸いにも前任の酷い仕打ちが始まったのは彼らが蔵に入れられてからです。大倶利伽羅殿に聞いたでしょう?刀剣の姿に戻された事で、僕達は安心した…、仲間が少しでも傷付かなくて済んだ事に。ですが、まあ、あれですね…、食事担当が居ないのは致命的ですし、何かしら対策は取った方が良いみたいですし…、朝食が終わり次第、話し合いましょうか」

「……お願いします、」

「……はあ、何ですかその暗い表情は…、折角の食事の美味しさが半減します、しゃきっとなさい」

「は、はいっ」


鈴の表情を見て、はあ、と、わざとらしく溜め息を吐いた宗三は、彼女の顔へと手を伸ばし、彼女の鼻をぎゅ、と摘まむと、彼女の表情はくしゃりと歪められた。
その鈴の顔が、なんとも言えないぐしゃり、とした顔で、宗三は思わず吹き出してしまい、そんな二人の様子を見ていた大倶利伽羅までもが吹き出すのを我慢した結果、味噌汁を気管に入れてしまい、咽て吹き出しそうになる、大惨事の一歩手前までいく程だった。

当然それは他の皆までの視線を集め、一体何をしているんだ、と云う視線が三人に突き刺さったが、その視線に気まずくなったのは鈴だけで、宗三と大倶利伽羅は素知らぬ態度を貫いていた。

チラチラと三人に向けられる視線のまま、朝食は終わり、後片付けを終わらせた直ぐ、食事当番に関する、ちょっとした会議が開かれた。


「…、と、云う事で、現状、食事を作る者の数が足りません。どうすれば良いのか…、言わずとも分かりますね?」

「宗三っ、お前と云う奴は他にも言い方があるだろう…!」

「なんです、つい先程まで部屋に籠って、ここ数日恨みがましく此方を窺っていた貴方が僕に意見するんですか?」

「それとこれとは話しが違うだろう!!」

「そう思うなら黙って下さい。…そうですね、話しを切り出した僕が何もしないのは、腑に落ちないでしょうし…、大した事は出来ないかもしれませんが、料理の下準備ぐらいは手伝えます。食事当番に僕は参加しますよ」

「本当ですか?!宗三さん!!」

「ええ、味噌汁なら一から一人で作れますし、他は切ったり洗ったり程度なら出来ます」

「それは助かります…!!」

「それなら俺も安定も当番に入っても良いよ、ある程度なら出来るし。安定もこの会議に上がるより前に食事に関しては心配してたし」

「人数増えてるのに圧倒的に足りないのは目に見えてたからね」

「加州くんも大和守くんも…!ありがとう!助かるよ!!」


会議の始まりを口にしたのは、宗三だった。
鈴は宗三に言われ、上座の席に座り、その彼女の前にずらりと刀剣男士の皆が座っていた。

それに対して、鈴は首を傾げた。
食事の時は、上座に座る事を半ば諦めて座っていたが、今回のこの会議に関しては、全く別物ではないだろうか?
刀剣男士を集めてのこんな会議で、自分がこの上座に座ってしまったら、まるで”主”ではないか。

そう思っているのは、自分だけなのだろうか。
他の誰も、この事に疑問を感じているようには見えない。
自分だけが、この事を気にしているだけなのかもしれない。

宗三が自分の左隣に座っているのも、自分の右隣に大倶利伽羅が座っているのも、自分だけが気にしているだけなのかもしれない。

本格的に分からなくなってきた。
自分の、この本丸での立ち位置に、本気で分からなくなってきた。

自分は果たして、本当に手入れをしに来た、手入れ師なのだろうか。
まさか、ここにきて、自分の存在理由を考えるハメになるとは、全く予想していなかった。

その会議だが、始まって早々、宗三と長谷部の口喧嘩が始まり、それを宗三が一瞬で終わらせ、自分が始めた会議だから、と、食事当番に宗三が名乗り出た。
それに堀川は表情を花が咲くのではないか、と思ってしまう程、輝かせ喜び、その宗三に続いて、加州と大和守も名乗り出た。

加州と大和守に関しては、人数が増え出した頃から、食事当番の数に疑問を抱いていたらしい。
でも、何の問題にならず、燭台切や堀川が熟したものだから、それに関して考える事を辞めたそうなのだが、今回会議になってしまったからには、見知らぬ振りは出来ず、こうして名乗り出たのだ。

それに関しては、燭台切が堀川と同じような反応をしたものだから、彼女は目を大きく見開き、燭台切の顔をじぃ、と見つめてしまった。
ここ数日、鈴がこの本丸に来てから、燭台切とは毎日顔を合わせているが、これ程までに嬉しそうな、まさに花が咲きそうな表情は初めて見た。
普段の彼は、落ち着いた大人の男性のイメージだったが、今の彼は、少し幼くも見え、そのギャップに鈴は思わず胸がきゅん、としてしまった。

これがまさに、ギャップ萌え、と云うやつなのかもしれない。

そんな鈴に、彼女の両隣に座っていた彼らが気付かない訳がなかった。
二人共不機嫌そうに表情を歪め、ぎっ、とした眼差しで燭台切を一睨みすると、彼の表情は一気に青くなり、気まずそうに何もない空間を見つめた。


「おい、光忠」

「へっ?!な、なに??」

「食事はあと何人いれば十分だ」

「そ、うだね…、僕に歌仙くんに堀川くん…、それに宗三くんに加州くん、大和守くんで6人…、余裕を持ちたいから、あと二人か一人は欲しい、かな」

「…だ、そうだ」

「それなら、私も手伝いましょう。体が大きいので邪魔になるかもしれませんが」

「それじゃあ、僕も手伝うとしよう。蜻蛉切が大きい分、小柄な僕ならバランスとやらが取れるんじゃないかい?」

「蜻蛉切殿はともかく、青江ですか…、少々不安ではありますが…、何か余計な事をしたら即厨から追い出しますよ」

「つれないねぇ…、そんな事しないさ。彼女に嫌われたくないからね」

「わっ、私ですか?!」

「ああ、そうだよ。キミに嫌われたくないからね…、ちゃんと真面目にするさ」

「そ、う…ですか??」

「ああ、安心して任せてくれ」

「お、お願いします」


突然話題に上った自分の事に鈴は声を裏返して驚き、青江に聞き返すと、彼はにっこりと笑みを浮かべながらそう返した。

自分に嫌われたくない、とは、一体どのような意味なのだろうか。
そもそも、どうして、嫌いになると思ったのだろうか。


「まあ、青江もこう言いましたし、食事の当番は以上8名で組みます。異論はありませんか?」

「………、なさそう、だな」

「それでは、以上で終わりです。……、ああ、そう言えば、今日は何をするんです?」


少し考えてるうちに、この場を設けた会議は終わり、そう言えば、と宗三が鈴にそう尋ねた。
そう言えば、今日は何をするか全く決めていなかった、と鈴は思い出し、必死に考えを巡らせた。


「そうですね…、一通り昨日で終わりましたが…、あ、今日から部屋を出られた方は、自室の掃除をお願いしても宜しいでしょうか?他の方は終わらせたと聞きましたので、後は皆様だけのようですし」

「あー、それなら俺らは部屋の片づけでもすっか!」

「特に異論は無さそうですよ」

「そうみたいですね。それでは、部屋の片付けをお願いします。あとは、そうですね…、気になると言えば、畑以外の雑草なのですが…」

「それなら、粟田口にお任せ下さい。我々も門の周りや池の周りが気になっていた所です」

「そうでしたか…、それでは、粟田口の皆様でお願いします。休憩はちゃんと挟んで下さいね」

「ええ、お任せ下さい、手入れ師殿」

「後は何かありませんか?」

「あっ、そうだ…!」

「どうかしたか?」


今日から参加した者は、各自、自室の片付けをする事になった。
部屋から出て来た者の共通した事は、一度部屋から出てみると、ついさっきまで居たにも関わらず、どうも部屋が気になってしまって、掃除をしていた。
それは鈴が強制でさせた訳ではなく、自発的なものではあったが、それを思い出し、彼らに言うと特に異論は無いようで、すんなりと彼女の言葉を受け入れていた。

あとは、と頭の中で本丸を歩いてみると、畑以外の雑草が気になった。
それを口にすると粟田口の長兄である、一期一振が申し出てくれた。
どうやら粟田口の面々も気になっていたようで、鈴はホッと息を吐くと申し訳なさそうに頼んだのだが、一期一振達は不満は無いようで、その瞳は寧ろ燃えていた程だった。

あとは、と考えていた鈴だったが、昨夜、政府の担当から届いたメールを思い出し、思わず大きな声が出た。
どうしたのか、と大倶利伽羅が尋ねると、鈴は何か言い悩んでいるようで、中々口にしなかった。

だが、何か決心したようで、すう、と息を吸い込むと、口を開いた。


「前任の私物についてです。昨夜、政府の担当の方から返事を頂きまして、それをお伝えしたいのですが、宜しいでしょうか?」

「…なんと返事が来た」

「前任の私物ですが、私たちに任せるそうです。つまり、粉々に砕いても、燃やしても構わないそうです」

「じゃあ、燃やしましょう。あんなおぞましい物、跡形もなく綺麗さっぱり燃やしてしまいましょう」

「そ、宗三様……、皆様は宗三様と同じ意見でしょうか??」

「燃やす、と云う意見に賛成ですね。あんな穢れの集まった物、いつまでも本丸に有ってはなりません」

「あたしも兄貴と同じさ。燃やしてすっきりさせようじゃないか」

「……これも異論はなさそうだな」

「みたい、ですね…、それでは、準備しますので、それまでは自由になさっていて下さい」


鈴のその言葉を切っ掛けに、広間には歓喜の歓声が響き渡った。
主命と煩い長谷部までもがそうなのだから、刀剣男士の前任に対する闇や恨みつらみは深そうだ。

さて、燃やすとなれば、着火剤が必要になる。
その着火剤に関しては、ネットで調べるとして、やはり調達は通販サイトしかない。
調べてから着火剤を購入して、荷物到着まで、最低でも一時間はかかってしまうだろう。
それまで、部屋の片付けや雑草除去する者以外には、ゆっくりと自由に過ごしてもらおう。


「それでは、また後程、お声かけしますね」


そう言った鈴は、立ち上がると同じように大倶利伽羅も立ち上がり、彼女が次に何をしたいのか分かっているような足取りで彼女の前を歩き、広間から一歩足を踏み出すと、肩越しに彼女を見て、顎でくい、と来るように言った。
自分が何をしたいのか、何処に行きたいのか、その考えを読まれてしまった鈴は恥ずかしくて仕方なく、その表情は一気に真っ赤に染まった。

だが、恥ずかしいと同時に嬉しくもあった。
自分の事をそこまで理解する程に自分を考えてくれた彼に。
まるで、自分の事は出逢う前から知っているような彼に、不思議な気持ちになりつつも、鈴はその考えを頭を振って追い払い、彼を追って、広間から出て行った。

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