シェリーに揺れる夜【前】

「って事になっちゃって、伽羅ちゃん二日程、出張なんだ」

「急に決まったの?」

「うん。始業から二時間ぐらいだったかな。部長が伽羅ちゃん呼び出して何か話してたかと思ったら、急遽決まった出張に伽羅ちゃんが同伴するんだって」

「人事部って出張あったんだ…」

「みたいだね」


昼休みの人気の無い、最上階に近い階段。
そこで光忠と百合は、階段に座り、そんな事を話していた。

事の発端は、午前中の人事部にて起こった。

部長である、五条国永の元に一本の電話が入った。
それに国永が対応して、電話を切ったのだが、何故か広光が呼ばれたのだ。

国永に呼ばれた瞬間の広光の表情は、あからさまに面倒臭そうで、広光の正面のデスクだった光忠は、思わず吹き出しそうになったぐらいだ。
嫌そうにデスクから離れ、国永の元へ行き、何かを話すと苛立ちを隠さないまま、自分のデスクへと戻り、何故か帰り支度を始めたのだ。

それに、はて?と、首を傾げた光忠に気付いた広光が、顎でデスクの上にあった携帯を指し、何も言わず部署から出て行ってしまった。
当然、広光の両隣の同僚も、光忠の両隣の同僚も、突然帰った広光に首を傾げ、一体何があったのか疑問に思ったのだが、それは光忠だけ、その疑問は解消された。

広光が帰った数分後。
多分、電車に乗ったぐらいの時間。
光忠の携帯が短く震え、待ち受け画面には、広光からのメッセージの着信を知らせるポップアップが表示されていた。

丁度、手が空いた事もあり、それを表示すると、国永の出張に付き合わせられる事になった事。
そのせいで、家を二日ばかり空けなければならなくなった事。
夜、百合を一人にするな、等が書かれていた。

帰ったのは着替えを取りに帰り、多分、国永の着替えも取りに行くよう言われたからだろう。
遠縁であれ、広光が大学在学中に世話になった親戚で、国永は未だに其処に住んでいる。
自分はギリギリまで仕事を片付け、その代わりに広光に自分の出張セットを用意させたのだろう。

広光は広光で、国永には恩義があるから断れないしで、言われたものの、この鬱憤を晴らせない故に、自分にこんな苛立ったメッセージを送ったに違いない。

広光からのメッセージに返事すると、そのままの流れで、百合へとメッセージを送った。
昼休み、お弁当を持って、屋上付近の階段まで来て欲しい、と。

昼休みになり、約束の場所で今朝振りに百合と会った。
その時に、広光の事を話すと、百合は目を丸くしたが、仕事なら仕方ないと納得したようだった。

光忠は、百合のこんなところが好きだった。
仕事とプライベートをきっちりと分けるところが。

恋人が出張なんて、百合の年頃の女性なら嫌がる娘が多い。
だが、百合は、出張って移動が大変そうだよねぇ、と、意外とあっさりしている。

仕事は仕事。
プライベートはプライベート。
切り替えは難しいだろうに、百合は上手くそれをしていた。


「寂しくないの?」

「…、正直、寂しいけど、仕事だから仕方ないし…、広光さんには広光さんの人生があるから、仕事はちゃんとして欲しいかな」

「…、…そっか」


今のご時世、一度仕事をクビになったり、退職なりしてしまうと、再就職は中々に厳しい。
特にこの会社のような優遇と同じ条件の会社はあっても、早々募集はしていない。

幾ら、広光が国永の親戚でコネ入社だからと言っても、国永は部長で広光は平社員。
国永も仕事とプライベートは、きっちりと分けていて、仕事面で広光に甘いと云う事は一切ない。
今日は例外で、当日に決まった泊まりの出張に同伴出来る人間なんている訳がなく、急遽広光に頼んだのだろう。

そんな国永だ。
もし広光が断ったら、減給処分にしたり、最悪クビにする。

それが有り得るのが社会で、社会人としては、仕事を第一にしなかればならない。
それを百合はちゃんと理解していて、何も言わず、遅くではあり、直接ではないが、広光を見送った。


「夕飯どうする?伽羅ちゃん居ないし、食べに行ってもいいけど」

「……でも、光忠さんがお金出すんでしょう?」

「そうだね」

「私にはちょっとでも出させないんでしょ?」

「うん、当然」

「なら、外食はダメ、です」

「……、本当、キミって頑固だよねぇ」


はあ、と、溜め息を吐いて、光忠がそう言った。

だが、どこか嬉しそうで言った事とは裏腹に表情は少し緩んでいた。


「今日は定時あがり?」

「予定ではそうだけど…、」

「じゃあ、キミの方が先に帰る事になる、かな」

「そうなの?」

「だって、僕の部署の仕事出来る人間が二人も抜けたんだから残業は必須だよ?」


まあ、適当に切り上げるけど。
そう続けた光忠に百合は、うーん、と考え込んだ。

広光が出張で居ない。
それなら食事面では、全て光忠任せになる。

だが、光忠は二人が抜けた事で増えた仕事を部署の人間と総動員で片付けなければならない。
よって、光忠も言ったように残業は必須となってしまう。

そんな光忠に負担を掛けられないのは当然だった。
幾ら光忠が料理好きだからと言って、残業した日に帰宅してから夕飯を作るのは体力的に辛い筈だ。

これを実行するには、相当勇気がいるし、覚悟もいった。
だが、恋人だけに負担はかけられない。


「それなら江雪課長に頼んで定時で上がらせて貰って…、先に帰って夕飯用意してるね」

「……キミが作るの?夕飯を?」

「光忠さんには到底及ばないし、広光さん程、家庭的なものは作れないけど」

「そんな…、キミにそんな事させられない」

「やらせて欲しいの。光忠さんだけに負担はかけられない」

「……はあ、…、分かったよ」


百合の言った事に光忠は良しとしなかった。
だが、百合は一度言い出したら聞かないタイプなのは、一緒に暮らしていて身に沁みて知っていた。

故に光忠は、折れるしかなく、頷くしかなかった。


「何か希望はある?魚が良いとか肉が良いとか」

「そうだなぁ…、…魚、かな」

「青魚?白身魚?」

「鯖が良い」

「鯖?…ふふっ、分かった、鯖ね」

「後はキミに任せるよ」

「分かった、頑張って作るね」


ふにゃ、と表情を緩めてそう言った百合に光忠はどうしようもない感情に襲われた。
此処は会社で、百合はまだメイクをしている。
家ではないし、いつ人が通るか分からないのに。

光忠は確かに百合に欲情した。
そのピンク色の唇を貪り、押し倒し、百合の体に触れたくなった。
百合が泣いてしまうぐらい、抱き潰すぐらいに目茶苦茶に抱きたかった。

女性はおろか、男性にも感じた事のない欲情だった。


「そろそろお昼休み終わるね」

「っ、え、あぁ…、そんな時間か」


その欲と闘っていた光忠の耳に百合の声が聞こえ、光忠は肩を揺らした。
その百合の声に彼女の手元を見ると、空になった弁当箱を片付けていて、光忠は腕時計を見ると確かに昼休みが終わる時間に迫っていた。

随分とトリップしていたようだ。
折角、百合と一緒だったのに時間を無駄にしてしまった。

そんな自分に苛立ちながらも、光忠も弁当箱を片付け、百合の頬に手を添えた。
ん?と首を傾げ、自分を見上げる百合に今は誰も居ないし、と、彼女の唇に自分の唇を重ねた。


「んっ、…、っん、ぅ、」

「は、ぁ…、ん、」


ちゅ、ちゅ、と数回重ねると、つい出来心でぬるり、と舌を入れてしまった。
百合に叩かれるかも、と思ったが、彼女は受け入れ、光忠のスーツをぎゅ、と握り締めた。
嫌がりもせず、従順な姿の百合に光忠の腰辺りがずん、と重くなった。


「ふ、っんぅ、……、は、ぁんぅ、っ、」

「ん、っ…、はぁ、っん、」


ちゅぷ、くちゅ、と水音を立てる程、深いキスに此処が会社の階段だとか、いつ人が来るかもしれない状況だと云う事が頭の片隅に追いやられていた。
ただ、目の前の相手が愛おしくて、触れ合いたくて仕方なかった。

出来るなら、今直ぐ家に帰って百合を抱きたかった。
今直ぐ、光忠に抱かれたかった。

でも、頭には仕事の文字が何度も横切り、それは叶わない事だと分かっていた。
名残惜しげに唇は離れ、二人の間には、つぅ、と唾液が繋がり、それはぷつん、と切れた。

とろん、と蕩けきった表情をする百合に光忠はぐ、と歯を食いしばって耐えた。
ここで耐えなければ、本当に百合を押し倒してもおかしくなかった。
午後からの仕事をサボってでも、抱いてしまいそうだった。


「なんて顔してるの、」

「わ、かんない…、ん、っ」

「今は…、っん、ダメ…、」

「分かってる…、んっ、ぁ」


頭では分かっていた。
けど、百合に触れたくて、離れたくなくて。
ちゅ、ちゅ、と百合の唇や顔にキスの雨を降らしてしまう。

自分は根っからのゲイだ。
いや、ゲイだった、の方が今は正しい。

女性と云う生き物は、汚らわしくて、嫌悪に近い感情を持っていた。
だが、百合と出逢って、彼女と付き合ううちに彼女限定で女性に性的興奮を覚えるようになった。

百合に対しても、最初は苦手意識があった。
それは段々と無くなりはしたが、メイクをしている百合は、どうしても苦手意識が無くならなかった。

でも、今は違う。
メイクをしている百合に確かに性的興奮を覚えた。

百合は女性なのに。

自分がこうなるなんて、一年前の自分は思ってもなかった。
人生、何があるのか分からない。


「ん、ぁ…、っん、」

「んっ、…っ、はぁ…、」

「頭、ぼぅっと、する…」

「、ごめんね…、」


目をとろん、とさせ、頬を膨らませる百合に、光忠はざわり、と胸が騒いだ。
だが、それをぐっと堪え、百合の頭を撫でると、その手を滑らせ頬を撫でた。

ずっとこうしていたいが、もう時間はない。
そろそろ自分達の部署に戻らなければ、午後からの業務が始まってしまう。

名残惜しそうに片付けを済ますと、百合の手を引き、人の居ないギリギリの場所まで、彼女の体温を感じていた。


「それじゃあ、夕飯楽しみにしてるね」

「頑張ります…」


別れ際、百合にそう言うと、彼女は自信のなさそうにそう言った。

百合は自分や広光の食事の味を知っている。
そんな百合が食べられない程、マズイ料理を作る筈がないし、一通りの調味料の特徴を分かっている彼女が変な味付けもする訳がない。

大丈夫。
そう安心させるかのように百合の頭を優しく一撫ですると、彼女はきょとん、として、次の瞬間には嬉しそうに笑みを零した。

部署に戻って行く百合の後ろ姿を小さくなるまで見送った光忠は、はあ、と重い溜め息を吐いた。
百合の前では表には出さなかったが、正直、我慢の限界だった。

百合の柔らかな体に触れ、彼女の匂いが鼻腔を擽り、彼女の甘い声が耳の奥に響く。
この見事なまでのコンボは、流石の光忠でも我慢の限界に達するには、たやすい事だった。

百合が下半身に視線を落とさなくて良かった。

再び溜め息を吐き、男子トイレに入ると迷わず個室に入り、自分の下半身に視線を落とすと、先程までとは違う種類の溜め息を吐いた。
少し治まったかと思ったのに熱に浮された百合の事を思い出した途端、また起き上がって来た。

カチャカチャとベルトを外し、スラックスとパンツを下ろすと、硬さをもった息子を恨めしげに見下ろした。
節操がないと云うか、我慢が効かないと云うか。

まさに自分の息子だ。

昼休み終了まであと10分。
幸いにもオカズは十分ある。
さっきの百合を思い出すだけでイケる。

息子を握るとにちゃ、と音がし、たまらず吐息が漏れた。
そのまま頭の中に先程の百合を思い出し、行為に更けた。

**********

百合はちらりと時計を見た。
時間的に、そろそろ光忠が帰って来る時間だ。

何か忘れたものはないか、と、辺りを見渡した。

食事は完璧…、な、筈だ。
出来るだけ、光忠のリクエストに添えた筈。
唯一のリクエストは鯖のみで、他は自分で考えたが、野菜に汁物はちゃんと作った。
味噌汁は出す時に温めれば、塩加減も丁度良くなるし、鯖を焼くのも光忠が帰って来てからで十分。

後は風呂の準備だが、これも出来てる。
少し冷めているかもしれないが、それは光忠に再度温めてもらうしかない。

あと、は…。
ビールも冷えてるし、日本酒も冷えてる。
光忠がビールを飲むのか、日本酒を飲むのか分からなかったから両方冷やしておいても大丈夫だろう。

最終確認を終えた時だった。
玄関の方で音がし、ドアに付けているウインドベルが音を立てた。
それを聞いた百合は、パタパタとスリッパの音を立て、玄関へと向かった。


「おかえりなさい、光忠さん」

「ただいま……、って、それ…、」

「これ?仕事帰りに買ったの。私の分は無かったから」


帰宅した光忠が目にしたのは、初めて見る百合だった。
真っ赤なエプロンを身につけた百合が光忠を出迎えたのだ。

百合はエプロンを持っていなかった。
一人暮らしの時は着けるのも面倒臭くて、買う事すらしなかったが、流石にこの生活を始めた時には買う事を考えた。
だが、エプロンを着けるような事は、恋人二人がやってしまうし、結局、買えずじまいだったが、今日こそは、と思い、仕事帰りに店に寄り購入したのだ。

別に光忠や広光に喜んで貰おうと思って買った訳ではないが、それなりに効果があったようだ。
光忠はさっきから何度も自分の上から下を信じられないとばかりに見ている。

そんな光忠を余所に手を差し出し、光忠の鞄を受け取り、それを足元に置いた。
そして、光忠のスーツを脱がし、背伸びをしてネクタイも外すと光忠を見上げた。


「おかえりなさい、…、みつ、た…、だ…、…さん、?」

「きみ、って……!!」

「きゃっ、っんんっ、んっーーーーっ!」

「はあっ、んっ、んぅっ、んっ」


百合が顔を上げ見た先には、顔を真っ赤に染めた光忠がいた。
そんな光忠を見た事がなかった百合は、目を丸くし驚いたが、次の瞬間、光忠に噛み付くように唇を塞がれ、間髪入れず、ぬるり、と舌が彼女の舌を絡めた。

光忠が屈んでも、小柄な百合との身長差は有り過ぎた。
百合の腰を抱き、抱えると彼女は爪先が辛うじて床に付くぐらいで、不安定なこの体制に彼女は必死に光忠にしがみ付いていた。

自分に縋るような、そんな百合に光忠は、たまらなく愛おしく感じ、貪るように彼女の唇を奪った。
息も出来ない程の激しいそれに、百合の目尻には涙が浮かび、それは、頬をつぅ、と流れた。



「み、っふ、んんっ、は、っん、っ、ん、んっん、ぁ、」

「ん、むっ、ん…、っ、はぁ、っん、」


くちゅ、ちゅぷ、と唾液が絡む水音と、荒い息遣いだけが玄関に響いた。

光忠は、眉根を寄せ、胸に燻ってるこの感情を吐き出せない事に焦っていた。

百合の唇を奪えば、多少はマシになるかと思った。
だが、それはマシになるどころか、激しさを増していき、終わりが見えなかった。

今、この感情に任せて百合を好きにしてしまったら、取り返しのつかない事になってしまう。
自分の欲望のままに百合を抱いてしまって、こんな小さい体の彼女では、そんな自分を受け止める事は出来ないだろう。

あの広光ですら、こんな状態の自分に抱かれた後は、死んだように眠って、起きたら起き上がれない事が殆どだ。

それを百合にしてしまったら、どうなる。
きっと百合は自分を受け止めきれず壊れてしまう。

自分が唯一愛した女性にそんな事したくなかった。
そう思う反面、百合にそうしたいと思ってる自分がいるのも確かだった。


「はあっ、っん、ぁ、…っ、はぁ、はあ…、っ、」

「ん、っ、…、ごめん、…だいじょう、ぶ…?」


ハッとして、百合から離れると、大きなその目一杯に涙を浮かべ、大きく胸を上下させてる彼女を見て、光忠は、罰が悪そうにそう訊ねた。

わざとらしい。
何が大丈夫、だ。

息も絶え絶えな百合を見て、良くそんな事が言えたもんだ。

ガクガクと膝が震えている百合の腰を抱き、彼女を覗き込んだ。
口の端からは唾液が伝い、目には涙が浮かび、自分を見ている。

正直、クルものがあった。
でも、今はそんな事を考えてる場合じゃない。

あきらかにへばっている百合を今は休めなければならない。

光忠はその身を屈め、百合の膝裏に腕を回すと、ひょい、と簡単に彼女を抱き上げた。
くたり、と、光忠の胸元に頭を預ける百合に、ちくり、と胸が痛んだ。

百合の恋愛経験値が低い事を忘れていた。
いきなりあんな事をされて、どうして良いか分からなかった筈だ。
それなのに自分は、自分の欲情のままに、あんな風に唇を奪ってしまった。

これが広光に知られてしまうと、殴られるどころの騒ぎじゃないかもしれない。

スタスタと百合を抱き上げたままリビングへと向かい、彼女をソファに座らせ、自分もその隣に腰かけると、彼女の頭を壊れ物に触れるかのような手付きで撫でた。
優しく何度も撫でると、百合の目はうっとりとし、光忠の手に擦り寄るようにしてきたものだから、光忠は焦った。

こんな可愛らしい事をされてしまうと、本当に我慢が出来なくなってしまう。


「え、っと…、大丈夫、かな…」

「だいじょ、ぶ…」

「ご飯、本当に作ってくれたんだね…、もうちょっと落ち着いたら食べようか」

「んーん…、まだ…、このままがいい、」

「僕の手、そんなに気持ち良いの?」

「ぅん、すごく、きもちぃ、」

「ッ、そ、そう…、」

「おっきくて、やさしくて、すごく、きもちいいの、」

「そ、そう、なんだ…」


とろんとした、甘い声。
子猫が擦り寄ってくるみたいな仕草。

一体、どこでこんな事を覚えてくるんだ。
自分の理性を試しているとしか思えない百合に、いつ理性の糸がぶつん、と大きな音を立てて切れてしまうか分からない。


「ね、ねえっ、ご飯…、食べない?」


上擦った、焦ったようにも聞こえるそんな声が出た。
落ち着くように努めた筈だが、思った以上に声に出てしまった。

かっこ悪い。
たったこれだけの事をされただけで、こんなにも動揺してしまうなんて、全く以て、自分らしくない。

広光がこんな自分を見たら、隠す事無く、笑うだろう。

本当、百合の前では、カッコイイ長船光忠では、いられなくなる。


「お腹空いたの、?」

「う、うん、もうこんな時間だし、ね」

「…、うん、じゃあ、ご飯にしよう。今温め直すから、部屋着に着替えて来て?……、あ、お酒、日本酒がビール、どっちが良い?」

「あ、え…、と、ビール、かな」

「ふふっ…、分かった、ちゃんと冷やしてるから、きっと美味しいよ」

「…、うん、楽しみだ。じゃあ、着替えてくるね」

「いってらっしゃい」


キッチンへと向かった百合の背中を見送り、光忠は自室へと戻ると、パタン、と扉を閉じ、パチ、と部屋の電気をつけると、その場に力無く座り込んだ。

正直、無理だと思った。
我慢が効かないと本気で思った。

だから、正直、百合があっさりと夕飯の準備に向かった事に心から安堵したし、こうして部屋に戻る事が出来た。
好きな相手に、心から愛してるヒトにあれ以上、かっこ悪い姿を見せずに済んだ事と、獣のように百合を襲わずに済んだ事の両方に安堵したのだ。

自分が暴走してしまった時にストッパーとなってくれる広光は、あと二日居ない。
この、無自覚で自分の理性やらなんやらを破壊しにかかってくる百合と、どう、その二日を過ごせばいいのだ。

その事を考えるだけで、一気に気が滅入ったのは、光忠一人だけが知っていた。