※ちょっと痛い表現あります 黒い煙弾が青空を割る。 予想よりもずっと陣の内部に近い位置で上がったそれに、煙弾を見止めた者達が矢庭にざわついた。 反復して行われた調査に於いて比較的安全であると判断され、補給地点として定められていたはずのポイントまであと数キロという場所だけに動揺は大きい。 「こんな深い場所で奇行種の取り零しだと?チッ、厄介だ」 「対処できるでしょうか」 「させるしかねぇだろう」 リヴァイがエルドの問い掛けに苦々しく答えるのは、それが大抵の場合は上手くいかないからだ。 立体起動を展開させにくい平地での交戦は人類最強と称される彼ですら状況によっては躊躇うが、巨人と接触してしまった以上は考える余地などない。 煙弾が上がった先では正に今奇行種と交戦が始まっている頃だろう。 (どうする?俺が救援に向かうべきか?) エルヴィンからの伝令を待っている間に壊滅的な被害を被れば陣形の保持すら難しくなるが、こうしている間にも馬を休ませるための補給ポイントは迫っている。 「赤です!」 最適解を探すリヴァイの思考はペトラの声で一旦引き戻されて前方を見上げる。先頭を走るエルヴィンが打ち上げた煙弾を見て、リヴァイは顔を歪めた。 「チッ…速度を上げろ」 「殿(しんがり)が交戦するぞ!全速前進!」 陣形の最後尾から同じ色の煙弾が応えるように放たれたのを合図に全員が一斉に馬に鞭を入れた。 「ウェスタは戻ってきたか」 予定の地点をかなり越えた先で補給に入り、各々が自分の馬の世話を焼いたり座り込んで休息をとっている中、リヴァイは先ほど来た道をじっと見つめている。 声をかけてきたエルヴィンを一瞥した後「いや」と短く答えたリヴァイだったが、遠くに小さな馬影を見留めた途端弾かれるように繋いでいた馬に飛び乗って駆け出した。 「大丈夫か」 「リヴァイ」 エルヴィンの指示に赤の煙弾で応えたのは陣形の最後尾に位置するウェスタだった。 無事を知らせるようにウェスタは笑って見せるが、リヴァイは彼女の周りをぐるりと一周したのちに顔を深刻そうにしかめた。 「ちょっと手間取っちゃった」 「討伐にか?足を拾うのにか?」 「あは、足の方かな」 「笑い事じゃねぇぞ、グズ野郎」 本来あるはずの場所に右足の膝頭から下がない。 彼女の騎乗している馬は白い馬身を右の腹だけ紅く汚している。 手綱を持つウェスタの腕の中に抱えられた血の通わない右足のかたわれを見てみるみる内に眉間の皺が深くなっていくリヴァイに彼女は苦笑しながら「ちゃんとくっつくから大丈夫」と申し添えるが彼の気分がその一言で解れる様子はない。 「止めろ」 短いが強く言うリヴァイに素直に従って馬の脚を止めたウェスタに、自分の馬から降りて手綱を引いたリヴァイが近づくとそのまま彼女の馬に飛び乗った。 「リヴァイ?」 「片足だとバランスが取りにくいだろうが」 ウェスタの手から手綱を取り上げて、手持ち無沙汰になったそこへ代わりに彼が乗ってきた馬を繋いでいた縄を持たせると軽く白馬の腹を蹴って先ほどより早い速度で走らせる。 リヴァイの顔色を伺おうとチラチラと後ろを向こうとするウェスタの頭をガシガシと撫でてからリヴァイはそっと耳元に口を寄せた。 「よく戻ってきた」 「ごめんね」 リヴァイに寄りかかるウェスタの腹に回された腕にぎゅっと力が籠められた。 陣営近くまで到着すると、奥から若い兵士達が飛び出してこちらに向かって走ってくるのが見える。 皆揃って泣き出しそうな顔をしているが、欠けている者が一人もいない事を確認してからウェスタは漸く安堵のため息を長く長く吐いた。 「ウェスタさん!」 「血が…」 「心配するな。意識はハッキリしてる…足が千切れちまってるがな。戻ったら早々に治癒に入らせる、エルヴィンに伝えろ」 「自分、行ってきます!」 陣営に着くとウェスタの負傷を目にしてざわつく兵士の中、エルヴィンだけは無傷ではないにしてもとりあえずは生きている彼女を確認して微笑んだ。 「ウェスタ、よくやってくれた。君のお陰で兵士の損耗がゼロで済んだ」 「よかった…皆無事で」 ウェスタを横抱きにして馬から下りたリヴァイが不満そうに片眉を上げる。 エルヴィンの横を無言で通り過ぎて簡易的に作らせたテントの中へ潜り、「治癒が終わるまで誰も入るな」と部下に念を押してからその出入り口を布で防いだ。 胡座をかいた膝上にウェスタを座らせ、彼女がずっと抱えていた右足を取り上げてパズルを嵌めるように既に硬直が始まっているそれを傷口へ充てるとウェスタが僅かに顔を歪めた。 「リヴァイ、一人でできるよ」 「黙ってさっさとやれ」 「んー…はい」 ウェスタがそっと右足と、足だった物の間を隠すように両手を添えて小さな声で某かを呟くと、淡い翠色が掌から溢れだす。 どこからか漏れ出た風がウェスタの前髪を揺らす、リヴァイはその小柄な体を抱いたまま「治癒」の様子をじっと見守っていた。 「…無事という事はねぇな」 しばらくは静かだったリヴァイがぽつりとつぶやいた言葉にウェスタは当てた手をそのままに首を傾げる。 「お前がこんな怪我をして帰って来たんだ。もげた足を見ながら『損耗なし』とはよく言ったもんだ、あのイカレ野郎」 「くっついちゃったらゼロだよ」 「だが痛かっただろう」 「………ん」 口をつぐんで肯定するウェスタにリヴァイがため息をついた直後、右足の爪先がビクンと痙攣すると支えていたリヴァイの手を離れてくるくると足首を回して見せた。 「くっついた」 「あぁ…、全く以て気持ちわりぃな」 「気持ち悪いは傷つく〜。あ、いたた!痺れる!」 「じっとしてろ。血を通さねぇといけねぇだろうが」 止血の為に硬く結ばれていた布を緩め、傷痕も光に包まれてすっかり消えつつある様子を備に観察しながら右足をぐいぐいと揉む。 冷たい足先に血が巡る感覚が痺れとなってウェスタを襲うが、リヴァイは構うことなくそれを続けた。 「…お前の『魔法』を宛にしてエルヴィンは陣を組んでいるが、くれぐれも無理はするな。死んじまったら治癒もクソもねぇ」 「ん…」 「ウェスタ」 「わかってる。でもさ、治癒で怪我を治せるのは私だけなんだから多少の無茶でどうにかなるなら私がやらなきゃ」 彼女は恐らく、この世で唯一の『魔法』を使える人間だ。 閃光を伴う爆発、火球、氷塊を操る他にも治癒と称して怪我を治す事ができるがそれは自分自身の身体にだけである。 長距離索敵陣形に於ける彼女の役目は緊急時の巨人処理。 追いかけてくる巨人の足留めや、足を止められない状況での陣中の交戦に駆り出される所謂遊撃担当だ。 交戦が多いだけに命の危険も増えるがそれを提案したのはウェスタ本人だった。 「お前が巨人のクソになるよりも先に俺の寿命が縮まって死ぬかもな…」 「人類最強が縁起でもないこと云わないでよ」 きつく抱き締めながら深い溜め息をついたリヴァイがいつになく弱気で、心配になったウェスタが体を少し離して顔を覗きこむとゴツンと容赦のない頭突きが飛んできた。 「ぃだっ」 「俺を殺したくなければもっと慎重さと正確さを身に付けろ。死ぬことへの恐れを忘れるな」 「ま、任せて!次は一回の爆破で討伐してみせるから」 「腕も足もくっついたまま戻ってきてたらなんだろうが文句はねぇよ」 何十回目かの恒例の小言を済ませてから、リヴァイはようやく無事を喜ぶようにウェスタへ優しく口づけた。 ーーーーーーー ドラ○エ世界の魔法使いヒロインちゃん。 (知らない人はすいません) 怪我しても治癒魔法で即座に完治! 死んでも蘇生したらオッケー!な世界観なので進撃との真逆だなぁと思って書いてみました。 |