ゴッドハンド


※甘さもクソもない







「ちょ、ちょっと待っ…」

「死ぬ訳じゃないんだから大丈夫大丈夫。ほら行くよー」

「あだだだ!いてぇ!いや死ぬ!これ死ぬ!」

「うわぁあぁ!ジャンの腕が変な方向にー!」




その部屋から聞こえる騒ぎにリヴァイはあからさまに顔をしかめた。
引き返そうかと一瞬考える。が、 何をしても治らない頭痛がここでなら解消されるかもしれない、そうエルヴィンに言われて自分が訪ねるに至った経緯を思い出して足を止めた。

リヴァイが扉に手をかけて暫しの俊巡のあと一思いにそこを開くと同時にゴキッというどう考えても不味い音がして、白目を剥いたジャン・キルシュタインを締め上げている女と目が合った。




∴∵∴






「極度の肩こりと不眠から来る頭痛ですね」



気絶したまま目を覚まさないジャンを付き添いのマルコの手を借りて別室のベッドに移動させた軍医のウェスタは、少しの問診と触診の後にリヴァイの向かいへ腰かけそう言った。


「……どうしたら治る?」

「コリを解してきちんと休養をとったら治ります」


どうぞ、とベッドを指されたリヴァイは白目を剥いたまま担架で別室に連れていかれた先程のジャンを思い出して眉間にシワを寄せたが、ウェスタは何をそんなに躊躇う必要があるのかわからない、といったように首をかしげる。

「…あ、私が新入りだから信用できないですか?大丈夫です、これでも王都ではそれなりに沢山の人を診ましたから実績はあります」

その結果、怪我人が絶えない調査兵団の軍医に引き抜かれた経緯をエルヴィンから聞かされているリヴァイはそれを嘘だと罵ることはないし反論することもないが、
それでも腕を組んだまま憮然として動かない姿にウェスタが困ったように笑うと、座るリヴァイにそそと近づき目の前で膝をついた。

「いたくないですよ」

「…誰に言ってやがる…」

自分より明らかに年下の女に子供扱いされたことを瞬時に理解したリヴァイが青筋を立てるが、一方の彼女は動揺も怯みもせずに微笑みを崩さない。

「んー、仕方ないですね。なら体を解すよりも先に睡眠を取って頂きましょうか」

「あぁそうさせてもらおう。邪魔したな」

「ここでですよ?」

「あぁ?…ぐッ」





∵∴∵





「ハッ」



いつ気を失ったのかも理解できないリヴァイが目が覚ましたのは先ほど拒否したベッドの上だった。


あおむけにされてブーツは脱がされている。
窓からの風が吹き付ける感覚でブーツどころか靴下まで脱がされている上、きっちり着込んでいた胸元を緩められていることに気付きリヴァイは密かに愕然とした。



「あ、気がつきましたか?」


両手にマグカップを持ってこちらに向かってくるのはおおよそ予想したところ、自分の気絶した原因であろう女。
起き上がり剣呑な目付きで見るとやはりさっきと同じように動揺は見せず、変わった薫りのする茶をリヴァイへと手渡した。

「体を少し解させてもらいました。全身疲労でガチガチでしたよ」

「…そうか」

脚だけを床に下ろしてベッドに腰かけたまま素直に受け取ったカップに口をつけながら、そういえばいつもついて回っていたはずのあの不快な頭痛がすっかり引いていることに気づいてリヴァイは首を捻る。


「少し楽になりましたか?」

「………お前が何をしたのかさっぱり理解できねぇのが不愉快だが身体が軽いな」

先ほどと同じように足元に跪いたウェスタにカップを手渡して、肩甲骨から動かすように両肘をぐぐと引くと今までは鉛を背負っていたのかと錯覚するほど軽く、そして考えられないほど軟らかく動いた。

ウェスタはよかった、と安堵の表情を見せたすぐ後に「でも」と顔を引き締めてリヴァイをまっすぐに見上げる。
自分が怒って見せても終始へらへらしていた女が真摯な顔をして見つめて、その上カップを持っていない左手を自分の膝に置くものだからその意外な表情にリヴァイは体を強張らせて「なんだ」とだけ返した。


「どうしてこうなる前に来てくれなかったんですか?自覚症状が頭痛だけで済んでたのが不思議なぐらいの身体でしたよ」

「大した怪我もねぇ人間が医務室にいて本当に治療が必要な奴を看るのが遅れたら困るだろうが」

「……リヴァイ兵士長は優しいのですね。
でも負傷を未然に防ぐために身体のメンテナンスを行うのも大事ですよ?」

その言葉を合図にするようにグググ、と膝を抑える力が強くなる。
満面の笑みに嫌な予感を感じたリヴァイが抗議しようと膝を引こうとするもウェスタの左手がそれを許さない。

「まだ本調子ではないようですからもう少し休んで行ってくださいね」

「離せ、ふざけるのも大概に…」

「えいっ」


ドスッ




その衝撃を最後にリヴァイの意識はまたぷっつりと途切れることになる。
「人類最強」と呼ばれて久しい自分がもしや勝てない相手を見つけてしまったのではないか、という危惧も意識の外に放り出して。







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ある意味最強ヒロイン
ちゃっかりマルコを出しました。
だってジャンのマブダチと言えばマルコじゃん?
軍医設定だけど医療というよりただの整体になっちゃったので次はガッツリ医者っぽさを出した内容で書きたい…気もする。


ALICE+