「は?」


無意識に漏れた声が思ったより大きくて慌てて口をつぐむ。
隣にいたミカサにチラリと何かを咎めるような目で睨まれて俺は姿勢を正すけど、それでも整列する俺達の前を悠然と通る彼女に釘付けだった。


彼女に、というか

彼女の胸に、なのだけれど。


「えーと、皆さんが調査兵団に加わったことをとても嬉しく思います。共に助け合いながら頑張りましょう!」

俺達の前に立ってにこにこと笑うその人は何やら今後の流れについて説明しているようだけどそんなもの半分も頭に入ってこない。


なんだ、あの胸…。


小柄なその人の胸は今まで見た女の人の誰よりもふっくらと優雅な放物線を描いていた。
着ている黒のカットソーが胸部分だけきつそうにピンと左右に張られている。
少し体を動かせばそれに合わせてわずかに揺れる胸を凝視して、あんなもん、走ったらどうなっちまうんだ?立体機動の時は?てか戦えるのか?こんな人身近にいて他の奴は平常心でいられるのか?なんてバカみたいな事で頭がいっぱいになった。

「ーーーで、今後についての説明は以上とします。何か質問は?」

ハッと我に返った時にはもう話が終わってた。
ヤバイ、何ひとつまともに聞いてない。
まぁいいか後でミカサに聞こう。
ライナーが挙手するのを見て、そういえば名前すら聞いていなかったな、でもそんなこと質問したらさっきまでの話聞いていなかったのバレバレだなと思った。

「フェニックスさんはどこの班に所属されているのでしょうか」
「ウェスタでいいですよ。私はハンジ・ゾエ分隊長の班です」

班の人員構成は全て分隊長間での協議によって決められるので今のところ誰がハンジ班にくるのかは私もまだわからないーーが、もし同じ班に所属することになった暁にはどうか仲良くしてほしい。
恥ずかしそうにはにかんだウェスタさん(名前を知ることができてライナーに感謝した)があまりにも可愛らしくて、くらりとめまいを感じた。

「…ジャンが鼻血を出していますがどうすればよろしいでしょうか」

「ばっ……ユミル言うなよ!」

「うわほんとだ!直射日光当たりすぎかな?服で拭っちゃだめだよ、団服下ろしたてなんだから」

ハンカチハンカチ、と呟きながら自分の腰回りを軽く叩いてからそれをパンツの後ろポケットから取り出した。
まさかそれでジャンの鼻下を拭ってやるつもりなのか?

「その必要はない」

「ぶっ!!」

ジャンは馬面の鼻の下をさらに伸ばしてあたふたと慌てていたが、その顔はジャンの目の前に立っている小柄な男が顔面に押し付けたハンカチで突然遮断された。

「あ!兵長」

「チッ。おい馬面、このハンカチはお前にやる。返さなくていい」

ウェスタさんの言葉ににわかにどよめき、敬礼するウェスタさんにつられて皆も心臓を捧げるポーズをしたけど兵長は楽にしていい、と手で合図をした後ジャンに鼻血付きハンカチを押し付けてウェスタさんの方へ歩み寄った。

「ウェスタ。これはお前の仕事じゃねぇだろう。モブリットはどうした」

「えーと…えーとモブリットさんは一身上の都合でお忙しく」

「ウェスタ」

「ハンジさんが起きないので起こそうとしてる所です」

「いい根性してやがる」

兵長は舌打ち1つしてからぐるりと前を見回した。目が合った。

「エレンは俺の班だ。他の者は班長が来るまでその場に待機。楽にしてろ」

兵長の言葉で緊張感が溶けた空気の中、指先で来るように指示されて駆け寄る。
そうなると兵長の隣にいる彼女も近くなるわけで、いろんな意味でドギマギしながら兵長の前に立った。
近くに来るとウェスタさんの肌の白さとか体の小ささとそれによって際立たされる胸のでかさとかなんかちょっといいニオイがするとか、そんなことばっかり気になってジャンみたいに顔に出てやしないか気が気でなかったけど、兵長は俺を興味無さげに一瞥した後彼女に「ハンカチを寄越せ」と言った。

「これでいいんですか?」

ジャンの顔を拭おうとして一旦出したあと所在なさげに握られていたハンカチ。
指の隙間からピンク色の糸の刺繍が見えてやっぱり女性なんだなぁとドキドキした。

「あのガキにやっちまったからな。だがハンカチが手元にねぇのは落ち着かん」

ウェスタさんから受け取ったハンカチを自分のポケットに収めて「行くぞ」と残して兵長は踵を返す。
手に入れた時になんかちょっと悪そうに笑ったように見えたのは俺の気のせいなんだろうか。

「頑張ってね」

はっ、として振り向くとウェスタさんがにっこり笑って控えめに手を振ってくれた。

キレイだ。

「あっ」

「ぐっ」

「ぼさっとしてんじゃねーぞクソガキ…」

ウェスタさんに見惚れてたら膝を後ろから思いっきり蹴られてしゃがみこんだ。

「いじわるしちゃだめですよ」

「躾の一環だ。お前は自分の仕事に戻れ」

はい、と困ったように笑うウェスタさんを見つめるリヴァイ兵長の目は…なんというか…。





「好きなんですか?」

「それ以上口をきいてみろ、次は歯を2本折ってやるぞ」

少し離れてから唐突に聞いてみた。
主語がなくても意図は充分に伝わったみたいで剣呑な目付きで睨まれたけど、さっきのウェスタさんに見せた優しい顔を思い出したらとてもじゃないけどビビるような気持ちにはならない。

(強敵すぎるだろ…)

黙った俺を確認してまた前を向いた兵長の後頭部を見て、それでも負けない、とウェスタさんの笑顔を思い浮かべながら俺は堅く決意した。



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時期のイメージ的にはエレンが104期組と再会してマルコの死を教えられた次の日ぐらい…
分隊長同士で話し合って前日に編成決めて当日発表なんだけどウェスタちゃんをリヴァイ班に引き抜かれることになっちゃって大反対したのに聞き入れてもらえずふて寝のハンジさんと、ウェスタちゃんのハンカチゲットで受かれるリヴァイさん。


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