「予定より遅くなっちゃいましたね」

「クソメガネなんぞにかまけているからだ」


夕陽がオレンジ色に空を染める頃、リヴァイとウェスタはようやく旧本部への帰路を辿る。
のんびりと笑うウェスタに「誰のせいで」と喉元まで出かかるが、同行を頼まれたわけでもなく、寧ろ自主的に帯同した経緯を思えば自分が文句を言える立場でもなかったことを思い出してリヴァイはハンジへの憎まれ口に留まった。

(来て正解だったがな )

ハンジの駄々でまだ日が落ちる前から風呂に入れられたウェスタの頬は少し上気して色づいている。
夕食もとっていけと騒ぎ彼女にまとわりつく奇行種を無理やり引き剥がして帰還の準備をさせたのはリヴァイだ。
きっと彼女1人を寄越していたら食事の次は終わらない巨人考察に付き合わされ、朝まで旧本部に戻ることはできなかっただろう。

「でも兵長が帰ろうって言ってくれて助かりました。今日は夕飯当番なのでこれ以上遅れたらまずかったです」

「ほう…そうだったか。そりゃあさっさと帰って準備をしてやらねぇとな。今日の飯はなんだ?」

「エレンがマッシュポテトを食べたいって言ってたので作ろうと思ってます。兵長はお好きですか?」

「あぁ、悪くないな」

ゆるやかな登り坂を馬に揺られながら進んでいく。
穏やかな田舎道の光景はさることながら、まるで所帯を持ったかと錯覚するような会話にリヴァイはむず痒さを感じてウェスタを見ると、視線に気づいたのかこちらを見つめ返して「頑張って作りますね」とガッツポーズを作り笑った。
結婚したい、とリヴァイは人生で初めて思った。






「いやだっつってんだろぉおおおお」

「わがまま言わないでよ!仕方ないじゃないの!」

旧本部がもう目と鼻の先という距離になった頃、何やら数人が固まって悶着を起こしているのが見えた。
数人というか、留守番をしていたリヴァイ班全員だった。
頭を抱えて騒ぐオルオを麻袋を抱えたペトラが一喝して、口論する二人を止めようと同じく麻袋を持ったまま青い顔をしているエレンの一方、エルドはどこか虚無感漂う目で遠くを見つめているし、グンタは渋い顔で腕組みをして俯いている。

「なんだ、騒がしい」
「あっ…兵長おかえりなさい。ウェスタさんも」
「あぁぁっ!お二人ともよく戻ってきてくださいました!」
「エレン、それじゃがいも?」
「そ…そうです。ウェスタさんの帰りが遅かったので晩飯をペトラさんが作ってくれるって言ってくれたんですが…」
「オルオの奴がペトラの飯だけはイヤだって騒いでたんすよ」
「グンタ!てめぇも『味のないイモか…』って言ってただろうがぁ!」
「そうこうしてて話が進まなかったんで帰って来てもらえて助かりました」
「ごめん遅くなって。すぐ作り始めるから」

ウェスタが慌てて馬を繋ぎに厩舎に向かったのを見て、オルオのように大袈裟に騒ぎはしないものの「味のないイモ」が晩餐になることに戦々恐々としていたペトラ以外の一同はそっと胸を撫で下ろした。


小走りで戻ってきたウェスタが「ペトラ、手伝ってくれる?」と言うと彼女は嬉しそうに目を瞬かせて「勿論です」と麻袋を抱え直して答えた。

「自分も手伝いま…」
「エレン。てめぇは俺とウェスタの馬に飼葉をやってこい。これは俺が持っていく」

食堂へ向かう女2人を追いかけようとしたエレンの肩にずっしりと手が置かれた。
振り向くと眉間に深い皺を寄せたままのリヴァイが親指で厩舎を指している。
有無を言わさぬ様子でエレンの手から麻袋を取り上げて食堂に向かうリヴァイは、背中に恨めしげな視線を一心に浴びていることに気づきながらも機嫌よく去っていった。





「そうそう、上手」
「ほんとですか!」

芋を運ぶのを手伝った後一旦は自室に引っ込んだリヴァイだったが、結局読みかけの本を持って食堂に戻ってきている。
厨房の様子が伺える位置にさりげなく座ってとりあえず本を開いていると小さな器が視界に入り、腕の先を辿ると満面の笑みのペトラが立っていた。

「兵長!よろしければ味見してくださいませんか」
「……あぁ」

(ペトラが作ったのか)

器をじっと見てからふと厨房を見やると、手を拭いながらこちらを伺うウェスタと目が合う。

「大丈夫です、味付けはほとんどウェスタさんですから!」

だからどうぞ!と自信満々でいうペトラにそれはそれでどうなんだ、とリヴァイは思ったがここでなんだかんだと言うのはやめておいた。
滑らかなマッシュポテトは少し味が濃い気はしたがちょっとした店でも出せそうな代物で、リヴァイが「上出来じゃねぇか」と言うとペトラは大喜びで「早速食事の準備にします」と味見用の器を引ったくって厨房へ引っ込んでいった。
少し離れた場所で2人の朗らかな笑い声が聞こえる。

(家族がいりゃあこういう事が日常なんだろうな)

横取りするような形にはなったがウェスタをハンジ班から異動させて本当によかった、とリヴァイは心から思った。
喪うことが怖くて大切なものを作ってこなかったリヴァイにとって大切なものこそが生きる活力になるという感覚は新鮮なもので、それを教えてくれたのは間違いなくウェスタであった。



疲れた体を引き摺って訓練から帰ってきたら妻が扉を開けて優しく出迎えてくれて、温かい飯が用意されている。
ジャケットを甲斐甲斐しく脱がせて、「今日もお疲れ様」と労ってくれるウェスタを胸に抱けばそれだけでどれほどの幸福感を得ることができるだろうか。
二人きりでも悪くはないがガキがいたっていい。
その場合は娘とーーーーー



「ウェスタさん、俺が食いたいって言ったから今日マッシュポテトしてくれたんですね…これ、めちゃくちゃ美味いです!」
「よかった。今日のパンは少し味気なかったから味付けを濃い目にしてみたんだけど大丈夫だった?」
「すごく合います!」

読書どころか食事が始まってもそっちのけで妄想逞しく上の空だったが、やたら興奮した様子のエレンの声でリヴァイは現実に引き戻される。

半目になってそちらを睨むと犬であればちぎれんばかりに尻尾を振っているであろう様子のエレンと、にこやかにエレンの口の端についたイモをとってやるウェスタが視界に入った。

「ガキを甘やかすなウェスタ。付け上がる」
「兵長はなんで怒ってるんですか…。あ、おかわりいかがですか?グンタも。お皿空いてるけど」
「あぁ、もらおう」
「俺もいただきます」

エレンからとってやったイモを自分の口の中に放り込んだのは気にくわなかったが、よく働く女というのは見ていていいものだ。


……ガキは多くてもいいと思う。
しかし男はいらねぇ。女だけでいい。
どう考えたって自分より下の男と好きな女を取り合うなんて不毛極まりない話だ。

自分の皿を持ってお代わりをねだりウェスタにまとわりつくクソガキ、基、エレンを睨んでリヴァイは空想に一度ピリオドを打った。





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妄想家リヴァイさん
私が書くと誰も彼もほんのり気持ち悪くなるのが悲しい


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