ROOM 404 ― 恋愛禁止の家で、秘密と恋が始まる ―
Episode38
『静かな時間』
― 一緒にいる理由は、いつも特別な出来事ではない。―
Day:Wednesday(共同生活38日目)
⸻
Scene5
『帰ってきた日常』
Wednesday|Evening
⸻
404 HOUSE。
⸻
ウォヌとチアキが帰宅してから、
少し時間が経った。
⸻
外の空気をまだ少しだけまとったまま、
二人はそれぞれの場所に落ち着いていた。
⸻
リビングでは、
それぞれが自分の時間を過ごしている。
⸻
ウォヌはソファで本を開く。
⸻
ページをめくる音は小さい。
⸻
けれど、その静けさは、
さっきまで一緒にいた時間の名残をやわらかく包んでいた。
⸻
チアキはキッチンで飲み物を準備する。
⸻
グラスに氷が触れる音が、
部屋の中に静かに響く。
⸻
特別な会話はない。
⸻
でも。
⸻
朝までとは少し違う空気があった。
⸻
言葉にしなくても分かる、
ほんの少しだけ近づいた距離。
⸻
視線がふと重なっても、
すぐに逸らさなくていいような、
そんな穏やかな安心感。
⸻
チアキはウォヌの上着を受け取って、
ソファの背にそっと掛ける。
⸻
ウォヌは少しだけ目を丸くして、
それから小さく笑った。
⸻
二人だけが知っている、
静かな時間の余韻。
⸻
それが、
404 HOUSEのいつもの空気の中に自然に溶け込んでいた。
⸻
18:30 PM
⸻
玄関の鍵が回る音。
⸻
「ただいま。」
⸻
最初に帰ってきたのは、
スンチョルだった。
⸻
「おかえりなさい。」
⸻
チアキが自然に声をかける。
⸻
その声はいつも通りなのに、
どこかやわらかく響いた。
⸻
スンチョルは少し笑う。
⸻
「ただいま。」
⸻
「今日はどうだった?」
⸻
「今日は長かったな。」
⸻
そう言いながら、
スンチョルは鞄を置く。
⸻
肩の力を抜くその仕草に、
帰ってきた安心がにじんでいた。
⸻
チアキはキッチンからグラスをひとつ持ってきて、
「お茶、いる?」と聞く。
⸻
スンチョルは少しだけ驚いた顔をして、
すぐに笑った。
⸻
「うん、もらおうかな。」
⸻
「でも、帰ってくると安心するね。」
⸻
チアキは頷く。
⸻
「それ、わかる。」
⸻
その言葉が自然に出る。
⸻
言ったあと、
少しだけ自分でも驚く。
⸻
けれど、口にした瞬間に、
それが嘘ではないことも分かった。
⸻
でも。
⸻
スンチョルは何も言わず笑った。
⸻
「うん。」
⸻
ただ、それだけ。
⸻
その自然な受け取り方が、
チアキには少し嬉しかった。
⸻
誰かに深く踏み込まれなくても、
そっと受け止めてもらえる。
⸻
そんな小さなやり取りが、
静かな夕方の空気をやさしく温めていく。
⸻
⸻
19:00 PM
⸻
再び玄関の音。
⸻
「ただいま。」
⸻
ミンギュが帰ってくる。
⸻
チアキは振り返る。
⸻
「おかえりなさい。」
⸻
ミンギュは少し笑う。
⸻
「ただいま。」
⸻
そのやり取りが、
以前よりずっと自然になっていた。
⸻
ミンギュがキッチンを見る。
⸻
「今日はちゃんと休めた?」
⸻
チアキは少し考える。
⸻
「うん。」
⸻
少し間。
⸻
「……休めたと思う。」
⸻
その答え方も、
前より少しだけ柔らかい。
⸻
ミンギュは靴を揃えながら、
「そっか、よかった」と小さく言う。
⸻
チアキも頷いて、
冷蔵庫から取り出した飲み物を差し出す。
⸻
「冷えてるよ。」
⸻
ミンギュは受け取って、
「ありがとう。」と短く返した。
⸻
以前なら、
「ありがとうございます。」
で終わっていた会話。
⸻
でも今は。
⸻
短い言葉の中にも、
少しずつ素の部分が混ざっていた。
⸻
気を張らなくてもいい相手だと、
少しずつ思えるようになっている。
⸻
⸻
19:30 PM
⸻
玄関が開く。
⸻
「ただいまー。」
⸻
ジョンハンが帰宅する。
⸻
「おかえりなさい。」
⸻
チアキが笑う。
⸻
ジョンハンは靴を脱ぎながら、
少し目を細める。
⸻
「今日、二人とも休みだったんだよね。」
⸻
ウォヌを見る。
⸻
「珍しい組み合わせだね。」
⸻
ウォヌは少し笑う。
⸻
「たまには。」
⸻
その返事は短いのに、
どこか満ち足りた響きがあった。
⸻
ジョンハンも笑う。
⸻
「ちゃんと息抜きできた?」
⸻
チアキは少し考える。
⸻
「うん。」
⸻
「静かだったけど、楽しかった。」
⸻
自然な返事。
⸻
けれど、その言葉の奥には、
言い切れないほどの穏やかな余韻が残っていた。
⸻
ジョンハンは頷く。
⸻
「それはよかった。」
⸻
その表情は、
どこか嬉しそうだった。
⸻
ウォヌは本を閉じて、
ジョンハンの荷物を受け取る。
⸻
「そこに置いとくね。」
⸻
「お、気が利くじゃん。」
⸻
ジョンハンが軽く笑うと、
ウォヌも少しだけ肩をすくめた。
⸻
⸻
リビング
⸻
三人が帰宅し、
少しずつ家の音が戻ってくる。
⸻
冷蔵庫を開ける音。
⸻
誰かが飲み物を取る音。
⸻
今日あったことを話す声。
⸻
そのひとつひとつが、
静かだった部屋に少しずつ生活の温度を戻していく。
⸻
ウォヌはソファで本を読む。
⸻
チアキはその隣でスマホを見る。
⸻
⸻
少し離れた場所から、
スニョンが笑う。
⸻
「なんか今日のウォヌ、いつもより機嫌よさそう。」
⸻
ウォヌは本から目を上げる。
⸻
「そうかな。」
⸻
スニョンは頷く。
⸻
「うん。」
⸻
チアキも笑う。
⸻
「確かに。」
⸻
チアキはウォヌを見る。
⸻
「今日は、楽しそうだったよ。」
⸻
その言葉に、
ウォヌは少しだけ照れたように笑う。
⸻
その笑みは、
いつもよりほんの少しだけやわらかい。
⸻
⸻
以前なら。
⸻
そんなふうに言われることも、
誰かに見られることも、
少し苦手だった。
⸻
⸻
でも今は。
⸻
その視線を、
嫌だとは思わなかった。
⸻
むしろ、
気づかれてしまったことが、
少しだけ嬉しかった。
⸻
そしてチアキもまた、
その変化に気づいていた。
⸻
言葉にしなくても分かるくらい、
ウォヌとの距離が少しずつ変わっている。
⸻
隣にいることが、
もう不自然ではない。
⸻
視線が触れるたびに、
胸の奥が静かに揺れる。
⸻
それでも、
その揺れを急いで隠そうとはしなかった。
⸻
⸻
【STAFF NOTE】
⸻
特別な一日が終わっても、
残るものがある。
⸻
⸻
一緒に歩いた時間。
⸻
交わした言葉。
⸻
共有した沈黙。
⸻
⸻
それらは、
帰宅した後の日常の中にも、
静かに残っていく。
⸻
⸻
距離が近づくということは、
いつも特別な出来事ではない。
⸻
⸻
「おかえり。」
⸻
「ただいま。」
⸻
そんな何気ない言葉の中にも、
少しずつ変化は積み重なっている。
⸻
そしてその変化は、
誰かに見せるためではなく、
二人だけが気づけるほどの静かな温度で、
確かにそこに残っていく。
⸻
次回 Scene6
『404 Diary』
⸻
第9回Diary。
⸻
誰にも言っていない小さな本音。
⸻
静かな夜。
⸻
それぞれが、
自分の気持ちと向き合う時間。
→
ノベルに戻る I
Addict