鬼が出るか蛇が出るか
―――しまった、と思った。
それを見た瞬間に一瞬過ぎった仄暗い思考を掻き消すように、ぐしゃりと乱雑に前髪をつかむ。
緩慢な動きで視線を前方へ向ければ、そこにいたのは、笑顔で何事かを話す己の刀と、それに相槌を打つ見知らぬ娘が一人。
それを改めて認識した途端、心の奥底からどろりと湧き出た黒いモノ。ぎり、と奥歯を噛み締めて、無言でそれを飲み下した。
腹の奥へと押し込んだそれは、じりじりと焼け付くような、不快な熱を伴って、吐き気にも似た痛みと共に臓腑を焼く。
は、とため息とも嘲笑ともつかぬものが、唇から漏れる。
「……僕も随分と、人間になったものだ」
楽しそうに笑みを交わし合う、眩しい光景から目をそらす。眩しすぎて目が潰れてしまいそうだ。
(随分とまぁ、楽しそうだな)
それでも眼球の奥に焼き付いたかのような黒い残影に、思わず舌打ちした。
(なぜその女と笑ってる?)
手が知らず知らずのうちに握りこまれる。
(お前は“僕”の刀だろう)
いつも丹念に整えられる藤色の爪先が、食い込んだ柔らかい掌を突き破った。
(“僕”よりも、その女のほうが好き?)
(―――なあ、やいてやろうか?)
「―――黙ってろ、駄竜」
ぐ、と右手で心臓の辺りをわし掴んで、シアは殺気を込めて呟いた。
低く低く、嘲けるような哀れむような、おぞましい声が遠退いていく。
『他人に嫉妬とかよくないよ、鬼になっちゃうからね』
いつか、自分の愛刀の一振が言っていた言葉を思い出す。
「―――全くだね」
もっとも、こちとら鬼で済むかも怪しいところだが。