傾きかけた弱い日差しが、窓から差し込んでいる。
すれ違う職員達と軽い挨拶を交わしながら、如月優真は足早に一人の人物を探していた。


「(―――随分と“会議”が長引いてしまった)」


つい先ほどまでいた、見た目ばかり豪勢な会議室を思い出して眉間に皺が寄る。
集まったのは『重鎮』とは名ばかりの、頭の固い政府の役人たちだった。
議題は『日々激化する歴史修正主義者の襲撃対策』。
この日本国全土、場合によっては異なる時代からも集められた、各国の審神者達からあがってきた最近の戦況などの報告会だ。それを元に今後の方針を決めていくといえば聞こえはいいが、何時間にも及ぶ討論の末、大体の結論が『現状維持』及び『戦力強化』に勤しむ…といった具合だった。
「これ先月も同じ結論だった」と、お偉い方には聞こえないよう小声で呟いた同僚に、更にその隣に座る同僚が「いや毎回同じよこれ」と死んだ魚の目で返している。

ああなるほど、これこそまさしく『会議は踊る、されど』―――。
一ミリの隙も無い完璧な営業スマイルの下で、ユウマはため息を吐き出した。予算と時間の無駄遣い甚だしい、と。


「なぁ如月、お前この後どうする?」


会議を終えて退室するや否や、同僚の一人が声をかけてくる。
頭の中で今回の会議の報告書の内容を纏めていたユウマは、その言葉にふと視線を宙に投げた。


「…そうだな。今回の会議の内容を報告書にまとめて、担当本丸に配布できるよう資料を作成…かな」
「真面目かよ。いやそうじゃなくて、勿論それもあるけどその後!アフター!!」
「ああ、そういう」


なら最初からそう言えと、同僚に胡乱げな目を向ける。
しかし堅苦しい会議から開放されて若干テンションハイな彼は、にやりと妖しい笑みを浮かべてユウマの肩を叩く。


「折角の花金だぜ?もし予定ないならちょっと付き合えよ」
「先に言っておくが、合コンならお断りだぞ」
「カーッつれないこというなって!お前の顔でどれだけの女子が釣れると思ってるんだ!」


くっそイケメン滅びろ!!!と無機質な天井に向かって叫ぶ彼を白い目で見る。
そんなこと言われても。確かに自分のこの顔は良いと自負してはいるが。そこんとこ謙遜はしない。過度な謙遜は逆に失礼に当たると、“以前”に朝比奈13班が真顔で言っていた。


「お前ほんっっっっと!そういうとこ!!!」


取り敢えず廊下のど真ん中で騒ぐのはやめていただきたい。
先ほどからすれ違う女性職員の目が痛い。


「まー取り敢えず!!お前も暇なら参加してくれよ!お前今カノジョとかいないだろ?」
「必要性を感じないからな」
「お前若いのに何でそんな枯れてんだよ…もっと人生楽しもうぜ?真面目に仕事一本だって悪いとは言わんが、花がないだろ?!人生潤いだって大事なんだし!大丈夫、可愛い女の子揃えたからさぁ!」


全く、一切、興味がない。
しかしこの男、時折自分には理解できないほど暑苦しい熱意を見せやがる。
多分今このテンションはそれと同類だ。…世間一般の成人男性とやらは、可愛い女の子にそんなに惹かれるものなのだろうか。
“以前”ならまだしも、今この時代で全うに生きてきたはずなのだが、その感性はやはり理解できなかった。
学生時代にも、この見た目のせいもあり、それなりに異性からの好意を集めてはいたが、フィクションやドキュメンタリーの中で眩しく描かれる『恋愛』という感情は自分の中にさっぱり現れることは無かった。
無いものをあるとは思えない。交際を申し込まれたこともあったものの、お試しで付き合ってるうちに恋が芽生える、だなんてこともとくに無く。結局この歳まで、甘酸っぱい青春というのはユウマの元には訪れなかった。

そういうわけで、ユウマには男女の出会いの場である合コンに参加するメリットは一切ないし、それに参加するくらいなら、かつての戦友が所属する図書館にでも通う方が、よほど有意義だった。閉館時間に突っ込んではいけない。
ここまで長々と語ってしまったが、まあ身も蓋もない本音をぶちまければ、要するにユウマは合コンに参加したくないのである。面倒くさい。ものすごく面倒くさい。
何が悲しくてわざわざ関わる必要性も感じない女性を煽て褒めそやして喜ばせ、飲みたくも無い酒を飲まねばならんのだ。面倒くさい。行きたくない。超絶面倒くさい。大事なことなので四回言った。

そんなユウマの心境など知らぬまま、なおも熱く恋の良さ、女性の良さを説こうとする同僚。さてこいつをどうあしらおうかと考えていると。


―――ピロン


「!」


ユウマの携帯端末に、一通のメッセージが届いた。
仕事用の方ではない。プライベートの方だ。
語り続ける同僚を無視して、数少ない人物しか登録されていない端末を操作してメッセージアプリを開く。


「…!」
「如月?」
「すまない、急用ができた」


ぱち、と同僚が驚いたように目を瞬かせる。
突然変わったその表情に一瞬不思議に思うが、話が途切れたのなら好都合だ。


「俺の担当審神者からの呼び出しだ。少し長引きそうだから、誘いはまたいつか」
「え、あ、おう…そっか、なら仕方ないな。頑張れよー…」


仕事の話なら仕方ない、とばかりに、先ほどまでの熱意が嘘のようにあっさり引いた彼に笑みを向ける。
じゃあまた、と軽く手を振って、ユウマは足早にその場を後にした。


―――リーダー:ねえユウマ。ユウマが前に言ってた政府内喫茶店のお勧めメニュー、なんてやつだっけ?
















「……如月って、あんな顔できんのか」


足早に立ち去った同僚を見送って、その男は呆然としたようにそう呟いた。
合コンの話には一切の興味を示さなかったあの男が、端末を見た瞬間目の色を変えた。
負の感情ではない。ぱっと変わった瞳に映るのは、喜び、好意、期待。

あの生真面目で堅物な同僚の担当する審神者、といえば―――

―――脳裏に浮かんだのは、傍らに紅の刀を連れた少女。


「………はー…そりゃあ、他の女の子なんかアウトオブ眼中だわなー」


それが『そう』であるのか、いないのか。
そも、それを自覚しているのかも怪しいところではあるが。
少なくとも、今尚彼を虎視眈々と狙い続ける女性達からしてみれば。

―――戦力過多で超強力なライバルであることは、間違いなさそうだった。




***




さすがに廊下を走るわけにはいかず、しかしできるだけ急いでカフェスペースへ向かう。
彼女の長い金糸はすぐに見つかった。
こちらに背を向ける形で、端末片手にメニューを見上げる見慣れた後ろ姿。
自然と口に浮かんだ笑みをそのままに、ユウマは彼女に近づく。


「―――きみにはナポリタンやボンゴレビアンコなんてお勧めですよ。パスタ、好きでしょう?」
「へっ?…ユウマ?」
「こんにちは、シア。珍しいですね、きみがここ来るなんて」


自分の声にぱっと振り向いた少女に、ユウマはにこやかに挨拶をした。
少女―――望月シアは、驚いたようにぱちぱちと目を瞬かせている。


「なんでユウマここに?」
「なんでもなにも、ここは俺の職場ですよ?」
「いやわかってんよ?そうじゃなくて、今仕事中なんじゃ」
「ええ、業務中です。なので早いとこ入りましょう」
「は????」


何言ってんだこいつ、と言いたげなシアの視線をするりとかわして、ユウマは彼女の手を引いて店内へと入った。




「好きですよ」


ほたり。





「言ったでしょう。『俺にはきみしかいないんです』と」