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「それ」をはっきりと思い出したのは、物心が付くか付かないかというべき3歳になる年の頃だった。

原因不明の病にかかった私は、高熱でおよそ一週間もの間生死をさまよったのだという。その病の原因は、まだわかっていない。が、当時神社に居た父や祖父、そしてうちで祀っている神様達でさえも、どうすることも出来なかったらしい。

高熱に魘され朦朧とした意識の中で、私は「私」を思い出した。

始まりは、日本に生まれ育ったごくごく普通の少女。イヤホンをしながら薄暗い帰り道を歩いていた私は、前方不注意のトラックに撥ねられ命を落とした。
次に意識を持ったのは、まだ何も無い空間。そこで「私」は零から日ノ本という世界を生み、神を生み、やがてその神々や妖、人間を始めとする生まれ落ちた命を統べる英傑の主―――「独神」となり、世界を脅かす外なる神々と対峙した。

やがて役目を終えた独神は、ひとり静かに眠りに付いて――――そこで、「私」の記憶は終わっている。


…ああ、そうだ。


病床から奇跡の生還を果たし、涙ながらに私の無事を喜ぶ家族に囲まれながら、私は思い出した記憶を反芻する。
反芻しながら、父と祖父の後ろから私を見下ろす男の方へと目を向ける。
よかった、よかったと私の頭を撫で、安堵したように笑う男。
古代人のような服装の、「私」の記憶の中の姿とは似ても似つかぬその男神の名を―――私は、知っている。

「―――すさ、のを」

そのときの彼の、驚いたような顔を、私はきっと忘れないだろう。














独神。独り神。

番を持たず、単独で生まれた、原初の神々の呼称である。
「私」のほかにも独神はいるが、英傑の主として高天の原から国へと降りたのが「私」という独神だ。国に生きる命を導き、そして役目を終えた後に、かつてと同じように天孫に後を任せ身を隠した。

その「私」がどういうわけか、今現在ここに“人間として”生きる少女に転生しているのである。
いやまあ、ね?人が神に成るとか、神が人に身を落とすとか、そういう前例が無いことも無いんだけど。
でも私、普通に眠りについただけだよね?私の八傑と愛する子らに後を任せて隠身して、高天の原に帰って、疲弊した魂を癒すために眠ったんだよね?それがなんで転生しちゃってんのかな?ん?
しかも、ここはかつて私が統べた八百万界ではない。手に持った竹箒を動かしながら、小さくため息をつく。

「(…あの子たち、大丈夫かな…)」

思い出すのは、私を主と慕ってくれた英傑たちのことだ。
いや、彼らはまがりもなしにそれぞれ名の有る者たちなのだから、幼子にするような心配をしてしまうのは失礼なのだということはわかる。独神だった「私」からすれば、確かに子供のようなものだったけれど。みんな少なくとも数百年は生きている子達ばかりであったし。…だがしかし。

……。

「……大丈夫かなあ…!?」

誰も彼も、「私」のことをとても好いてくれる子達ばかりだった。「私」に何かあったら、脇目も振らず飛び出していってしまうほどには、心を傾けていてくれたと思う。
正直身を隠すときも心配ではあったけれど、高天の原からなら何かあればすぐに八百万界に降りることも出来るのだし、ここまでの心配はしていなかった。

しかし、今ここに居る私は、ただの人間の娘としてこの世界に生れ落ちた身だ。
おそらく、八百万界にも入界ることはできないのだろう。

いや、そもそも。




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