*軍神「タケミカヅチ」の召喚



世界の壁が、ひび割れる音を聞いていた。

ごうごうと吹きすさぶ風のなか。
ぴしり、ぴしりと、それは微かに、確かに私の耳に届いていた。

そして比例するように、私の頭の中で「誰か」の叫びが響く。

『――――――』

必死な声だ。
誰かを呼び、捜し求める声だ。

喪った誰かを取り戻そうと、力の限り足掻く声だ。

聴こえていた。本当はずっと、聴こえていたのだ。
けれど私は、この世界に生きる##NAME1##は、この世界の安定を保つために聴こえない振りをした。
気のせいだと、それは「私」の記憶が聞かせる幻だと、そっと耳を塞いだ。

14年の時を経て、ヒルコが目の前に現れたことで、それは一度崩れかけた。

崩れかけたそれをなんとか積み直して、私はもう一度その声に背中を向けた。
この世界のことは、この世界で何とかしなければと。
この世界に生きる私は独神ではなく、一人の巫女なのだ。

貴方達が呼ぶ、「私」ではないのだ、と。

けれど、ああ。まったく…その諦めの悪さは、一体誰に似てしまったのか。

ヒルコが嗤う。目の前のヒルコは決して、「私」に仕えた「蛭子」ではない。
けれど彼の持つその記憶は、編み上げた因果の果てには、確かに「蛭子」がいるのだ。

確かに、つながっていたのだ。

それはヒルコの記憶だけにあらず。
八百万界の独神としての記憶を、経験を持つ私も、また―――

『―――――!――――、―――――――!!』

聴こえる。聴こえる。
その声が探すのは誰か、などと―――ああ、そんなことを考えるのはやめよう。
それは紛れもなく、「私」を呼ぶ声だ。私の元へと、足掻く声だ。

「……##NAME1##?」

ひーくんの目が私を捉える。怪訝そうな表情をしている彼に、私はふわりと微笑んだ。

「…ひーくん」
「な、に…?」
「ヒルコは、強いよ。きっとそれは、「蛭子」の記憶が混ざっているから」

「私」の元で、存分に神としての力を振るっていた「蛭子」。
名の有る武神たちと共に、戦場を駆けた彼の力だ。その力は、きっとこの場に居る誰よりも強く、大きい。

「―――ひーくん」
「##NAME1##?」
「ひーくんは、私のことを好きだといってくれたね。ただの人間でも、私が私だから、好きなんだって」
「、うん」

何故今そんなことを、という表情のひーくんの頬を、一度さらりと撫でる。

「ねえ、ひーくん。私が私でなくなっても、貴方はそう言ってくれるのかな」
「―――え?」

そして私は、覚悟を決めた。

『――――――ん…!』

聴こえる声に、目を閉じる。
今まで魂の奥底に封じていたがんじがらめの鎖を、解いていく。

『――――――く――ん…!!』

大丈夫、そんなに声を張り上げずともわかっているよ。
私が―――「私」が。

お前の声を聞き間違うはずが無いのだから。


―――じゃらり。


最後の鎖を外した瞬間、私を中心に大きな力の本流が巻き起こる。
すぐそばに居たひーくんが息を呑む音がした。
ヒルコが巻き起こしているものに劣らぬ大きな風が、ごうごうとうねって私の髪を乱した。

「##NAME1##!?」
「これは…霊力…!?いや―――」

スサノオさんとツクヨミさんが、その力の強大さに言葉を失う。
しかし、ツクヨミさんは流石というか。私から巻き起こる力が、本来人間にはあるはずの無いものだと気付き目を見開いた。

「これは―――神力…!!?!?」
「―――告げる」

言霊をつむぐ。
解き放たれた神力が、私の体を塗り替えていく。
黒い髪は白銀へ。瞳は日本人特有の焦げ茶から月のような黄金へ。
纏っていた巫女服は瞬く間に形を変え、柔らかな羽衣が翻る。



独神の名の下に」




「――――主君!!!!!」



ぱりん、と砕ける音がした。



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