「陽っていつか必ず刺されそう」
「……告白に対する返事がそれかよ……」
「私つつがなく日々を過ごしたいの」
「しかもいざこざが起きるの前提で話されてるし。女の子はみな平等に、慈しみながら接してるし、別に恨まれるような事は何もやってねえって! だから、な? 俺と付き合お?」
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー!」
「……チェンジで!」
「またそれか!!」

 ご機嫌を窺うように揉み手すり手しながら乞う男の懇願は、しかし終始胡乱げな眼差しと気怠げな空気を崩さなかった一人の女子によってにべもなく切って捨てられた。もはや日課となりつつある光景と、漫才染みた会話のやり取りに、見ていた周りのクラスメイトはあいつもよくやるなと呆れ気味に肩を竦める。
 ────自由奔放、女尊男卑を理念に掲げる通称「男の敵」。Procellarumというユニット名でアイドル活動もやっていて今や学校中どころか世間様にも名が知れてきたこの男、葉月陽が自称モブ系女子、名前にフラれるのはこれで何回目の事だろうか。
 少なくとも両手足の指を折って数えても足りないくらいにはめげずに繰り返されていた。
 本日また告白回数もとい失敗記録を更新し、それでもなお落ち込んだ様子を欠片も見せない陽の姿に名前は深々と溜息を吐く。当たって砕けても直ぐ立ち直る、……否。飄々とした振る舞いは変えず、何度想いを無碍にされても全く怯まないその逞しい精神力には感心すら覚える。とはいえ私は信じてないけどね、と名前はぶつくさ文句を垂れる陽を尻目に、カフェオレを啜りながら心の中で密かにぼやいた。

 物事のきっかけは何だったのか。極々最近の事の筈なのに酷く朧げで思い出せない。ので正直に、覚えている事だけ端的に語ろう。
 二人が知り合ったのは高校二年生の時で、名前の幼馴染みであるこれまた自称意識の高いモブ、松永太一こと通称まっつんを介しての対面だった。松永は既に陽と彼の幼馴染みである長月夜とは小学四年の頃からの付き合いだったらしく、実は、とぶっちゃけられたその時非常に驚いたのは言うまでもない。
 もともと陽は女子からも人気が高く華があったし、夜は夜で片割れほど目立っては居なかったが、同じく女子からの支持を得ていて二人とも学校ではある種有名人だったから。
 だからまさか自分の幼馴染みがこんな凄い人達と知り合いだったなんて、と口をあんぐり開けて唖然とし笑われたのは以下省略。
 もっとも名前もこの時は純粋に、陽や夜と友人として仲良くなれたら良いなと期待に胸を膨らませていたのだ。そしてその気持ちは功を成し、これまでは姿を見掛けても遠目から眺めるだけだったのにお互い気軽に話しかけるようになり、皆で何処かに遊びに行くなどの計画も小まめに立てるようにもなって、確かに名前の願い通り仲は深まっていった。
 恐らくそれが二人がより親密に話すようになった馴れ初めであり、前兆のようなものだったと思う。
 今となってはもう少し友人としての距離感を考えて行動するべきだったと反省するばかり。その状況が二転三転として今に至るとは誰が予想していただろうか。

「……陽はさ、何で懲りないの?」
「懲りるも何も別に俺は自分の想いを素直に言ってるだけで悪い事してるとは思ってないからな。あわよくば名前チャンがいつか頷いてくれるだろうって信じてるし」
「ないない」
「って即答かい!」

 友人という気楽な関係で居られると信じて疑わなかったのに、陽は高校三年に上がったある日突然名前に好きだと告げ、挙げ句恋人という関係にならないかと言い寄った。自分のどこを見て触れてそういった好意を寄せてくれたのかは甚だ疑問だが、最初は名前も真摯に向き合いきちんとその告白も丁重にお断りしたのだ。
 今年は受験だし、勉強に専念したいからと。だがそれはあくまでも表向きの理由。本心は、自分の心は別の人に向かっているから、その人以外とは付き合えないとしっかりノーの意思が固まっていた。
 しかし名前が本心を打ち明けるまでもなく好きな人が居る事はとっくに陽には見透かされていたらしい。
 「大丈夫大丈夫、そのうち俺に夢中にさせてみせるから」とウィンク付きでキザな台詞を言われ、その翌日から今の疲弊ばかり蓄積し、呆れと羨望、主に女子から恨みがましい視線が浴びせられる生活が始まった、とでも言っておこうか。

「そういう名前こそ、なんで俺の想いを信じてくれないワケ?」
「だって陽なら女の子なんて選り取り見取りじゃない。まっつんだってあいつがフリーなんて珍しい〜って言ってたくらいだし」
「それは名前にマジだから、って言っても信じられない?」
「ハイハイ、罰ゲームなら他所でやって」
「………強情だなあ。可愛くねえの」
「っなら可愛い子にアプローチなり何なりすれば良い。私をからかうのも大概にして!」

 陽の余計な一言にカッと頭に血が上った名前は席から立ち上がり踵を翻す。
 もうじきチャイムも鳴るのに何処へ行くのかと問えば、「トイレ!」とすっかりご立腹な様子で素っ気ない返答が寄越された。それでも返事をしてくれただけマシである。
 置いて行かれた陽は廊下に去り行く彼女の背中を見送った後、やれやれまたやってしまったと息を吐き項垂れた。
 怒らせるつもりでは無かったのにこうも思惑通りにいかないのは何でだ、と後悔にも似た感情に悶々とするのはここ最近いつもの事。
 やむを得ず名前の机に突っ伏すとペシリと後頭部を叩かれた。

「よーう。そこ俺の席なんだけど」
「……夜〜」
「まぁた名前にあしらわれたんでしょ」
「おま……ズバッと言うなよ……」
「あは、ごめん。でも陽って意外と不器用なとこもあるんだなって事が分かって、俺としてはちょっと面白いんだ」
「俺は全然面白くない」

 クスクスと茶化すような口調に、顔を上げた陽は頬杖をついて不貞腐れたように幼馴染みを一瞥し目線を外した。
 そう、何一つ面白い事なんて無い。
 初めて本気で好きになった女の子には眼中に無いとあしらわれ、それどころか本気だとすら信じられず罰ゲームとまで言われる始末。
 確かに陽は同年代の男子と比べると過去の恋愛遍歴は多い方だが、それでも自分から告白したのは名前が初である。

「……なーんで振り向いてくんねえのかな」
「なんで、って…そりゃあ」
「まっつんだよな、やっぱり」

 名前が一途に想いを寄せる相手。
 彼らの幼馴染みでもあり、悪友でもある松永太一の存在は、彼女の中でも一際大きかった。それこそ呑気にナンパだ彼女募集中だと喚いてる松永に陽が明確な殺意を抱くくらいには。
 名前は周りには隠し通せていると思い込んでいるようだが、案外彼女は分かり易い。最早知らないのは当人達のみで、いっそ名前を不憫だと哀れむ者も行方が分からない恋を応援すると面白がっている者も中には居た。
 そしてその恋愛模様に陽というダークホースが新たに介入したことで、クラスメイト達から寄せられる期待と興奮は一層高まるばかりだ。
 …とはいえ両想いへの道のりはまだまだ遠く険しい。そう、あの憎き恋敵が居る限り。

「陽ー、夜ー。今日の放課後なんだけどさー」
「……」
「……」
「あれ、なにこの微妙な空気」
「ここで会ったが百年目ぇ!」
「うわっ! ちょ、なにっ!?」
「飛んで火に入る夏の虫ってなァ……まっつん覚悟!」
「まっ、陽! お前顔つき物騒…ってぎゃあああああああ!! 夜お助けー!!」
「………どんまい、まっつん」

 よりにもよって陽の機嫌が悪い時に出会すなど彼もつくづく運が悪い。
 救いを求めて伸びてくる手を見つつも、夜は苦笑いしながら助ける気は更々無かった。
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