@ぱぱには内緒のおはなし
「梛……? もう寝ちゃった……?」
「……んん、まま……?」
「あ……ごめんね、寝そうだったか。今少しお話したいことあるんだけど……」
「おはなし……? どうしたの?」
「うん、今から話すことはパパには内緒ね? ほら、もうすぐパパの誕生日でしょう? だから私達のお休みが被った時にでも、小さなパーティーやりたいなって計画立ててるんだけど……」
「パーティーッ!?」
「しーっ!」
「あ、……ごめんなさい……」
「花礫くんお風呂入ってるから大丈夫だと思うけど……万が一聞かれてたらドッキリ台無しになっちゃうから……」
「きをつける……」
「お願いします。それで続きだけど、他の皆は仕事があるらしくてパーティーには参加出来ないらしいから、家族水入らずでやろうかなって思ってたんだけど……そこで梛にお願いがあるの」
「、おねがい?」
「そう。ままね、明日花礫くんとお仕事があって街に降りるんだけど、その時に梛も一緒に艇を降りて、私達がお仕事してる間に一人で花礫くんへの誕生日プレゼントを買って来て欲しいんだ。私も着いて行って選びたいところだけど、花礫くんも居るから流石に本人の前では厳しいし……かといって他の日にまた街に降りることも難しそうだし」
「ひとり……」
「うん、一人でお買い物。……出来る?」
「……ボクおとこだもん。できる!」
「……ふふ、そっか。じゃあプレゼントは梛にお任せするね。私は当日とびっきり美味しいご飯作るから」
「ん! ままのごはんたのしみ!」
「でもパパを喜ばすのが優先ね。約束」
「ゆびきりげんまんっ」
「嘘ついたら針千本のーますっ」
「ゆびきった!」
「……それじゃ、今日はおやすみ」
「おやすみなさいっ」


@晴天のもと、いざ出陣!
「……オイ、本当に大丈夫なのかよ」
「だいじょーぶ!」
「携帯持った? ハンカチとティッシュはリュックに入ってる?」
「けーたいはくびにさげて、ハンカチもちゃんとあるよー」
「道迷ったら必ず人に訊くこと。でもくれぐれも知らない人には案内するって言われても着いてっちゃダメだからね」
「ボーッとして財布とかスられんなよ」
「もーっ!! ぱぱもままもだいじょーぶだってばー!! ボクそんなワルいことしないもん!」
「梛がするとは思ってないけど、悪いことされるのを心配してるの」
「そしたらおまわりさんよぶ!」
「それか大声を出す、ね」
「寄り道はすんじゃねーぞ。目当てのモン買ったらさっき言った場所でおとなしく待ってろよ」
「わかってますよーだっ」
「……相変わらず可愛げねェ……」
「まあまあ。それじゃ、梛。本当に気を付けてね。私達も仕事終わったら直ぐ連絡入れるから携帯は常に気にしてて」
「あい! いってきます!」
「行ってらっしゃい!」
「余所見してズッコケんなよ」
「ぱぱもねー」
「ハッ、誰がコケるか」
「あぁ……もう……、街中でまで言い合いしないで二人とも……」


@出発しんこー!
「プレゼント……」
昨夜は憂いげな面持ちで問い掛けてきた母に出来ると見栄を張ったものの、梛は両親と別れてからというものの人々が行き交う雑踏の中途方に暮れていた。
あの花礫は何をプレゼントしたら喜ぶんだろう、そもそも自分の好みで選んだ物を渡したところで父は快く受け取ってくれるのだろうか。漠然とした不安が胸を渦巻く。とはいえこんな所で立ち止まっていたら無為に時間は過ぎてゆく。梛はいまいち浮かない表情のまま歩き出した。
いつも街に降りる時は必ず誰かが側に居たから安心感があったが、今日はひとりぼっち。
一人で道を歩くのはこんなに心細いものだと知らなかった梛は途端に両親の温もりが恋しくなって泣きそうになる。
しかし「──俺を超えたいんだったら、辛かろうが歯ァ食い縛ってしゃんとしてな」父の言葉を思い出して、短い腕でゴシゴシと目元を拭って踏ん張った。
「よく頑張ったね」「ま、上出来じゃね」。帰ったらきっとそう褒めてくれるだろう母と父の笑顔を想像して軒並みの下をトボトボと歩く。
與儀が言っていた冒険のようなワクワク感、なんてこれっぽっちも感じなかった。

「……あ……」

ふと子供が顔を上げると、たまたま目に入ったショーケース越しに見えたのはシンプルなゴーグル。その他にも色とりどり多彩な物が陳列しており、形や種類も豊富だった。
──あれが、良いかな。と興味を惹かれた梛は店に近付く。硝子に指紋が残るくらいピタリと密着して凝視すると、「もしかしてゴーグルが好きなのかい?」と突然横から声を掛けられた。
吃驚してショーケースから身体を離せば、ニコニコと愛想の良い翁が目を見開く梛を見つめていて。今までの行動を見られてたんだと恥ずかしくなった梛は目線を泳がせつつそっと俯き、けれど翁の問いにはおずおずと頷いた。

「そうか……なら、中に入ってもっとジックリ見てごらん。今なら誰も居ないから邪魔されず見れるだろうて」
「……いいの?」
「こんな可愛らしい小さなお客様なら大歓迎じゃよ」

どうやら翁はここの店主らしかった。朗らかな笑顔から悪い人では無さそうだと判断して、パァッと顔を輝かせた梛は千切れんばかりに首を縦に振り一目散に店内へ駆けていく。
翁はそのはしゃいだ姿におやおやと優しげに目を細め、商品を見ながら楽しそうな子供の隣に並び父のプレゼントについて真面目な相談を受けるのだった。


@こっちもソワソワ
「──あぁあ心配だなぁ大丈夫かなぁ迷子になったりしてないかなぁ……?」
「ンな気にしてたって疲れるだけだろ……アイツも大丈夫だっつってたし、俺の血受け継いでんなら問題ねえって」
「ところがどっこい私の血も入ってるんです!」
「…………ああ、確かに言われてみれば何かスゲェ心配になってきた」
「でしょっ!? ……ってコラ!」
「お前が自分で言ったんだろうが」
「うう……。いやでも、やっぱり私も暇があった時一緒に行けば良かったかな……」
「お前暫く休み無かったろ」
「そう……だから梛を連れて来たんだけど」
「つか、アイツの欲しい物ってなに? そんな急を要する物なのかよ」
「……んー……それは私にもよく分からない……」
「……ふうん……とりあえず今はそういうことにしといてやるよ」
「(今の返答だと私達が何か企んでることはバレてるだろうな……多分)」
「(……マジでコイツ隠し事ヘッタクソだな……けどこの調子だと今は言う気ねーんだろうし、……大したこと無いなら様子見でもしとくか)」


@やっぱり一人は怖かったの
「──梛っ!」
「、ままっ!」

気付けば夕暮れ時。顔を出していた夕陽も半分沈み、梛が事前に名前と待ち合わせ場所として定められていた所に座って待ち兼ねていると、息を切らした名前が駆け寄ってきてベンチから立ち上がった梛を思い切り抱き締めた。
ジワリと全身に染みていく母の体温に緊張やら不安で張り詰めていた糸は緩んで次から次へと梛の目から涙は溢れていく。名前はその涙を優しく拭いて子供の柔らかい頬を両手で包み、遅くなってごめんねと眉尻を下げた。
ううん、とかろうじて首を振り、梛は紙袋を手に持ったまま再び母の腕の中へ飛び込む。

「……無事に買えた?」
「ぐす、……ん、かえた」
「そっかぁ。ありがとう、梛。きっとパパも誕生日の日すっごく驚くよ」
「ん。……ぱぱは……?」

多分もうすぐ来るよ、と名前が後ろを振り向いたので梛もつられて目線を上げると、遠くから見慣れた姿がこちらに向かって歩いてくるのが確認出来た。
昼より大分人混みが減ったとはいえ、まだ通りは賑わっている。なのに見つけられたということは、やはり自分は父のことも大好きなのだと改めて認識して。
梛は名前から離れて、次は近付いてきた父──花礫目掛けて勢いよく飛び付いた。

「、うわあっぶね……!」
「……ぱ、ぱぁ……」
「……梛?」

なんでコイツこんな泣いてんの? と眉を寄せて訝しむ花礫に、名前は何度も来てる街とはいえ一人は不安だったんだよと梛の心境を推し量る。
まだ四歳の子供が単独で行動するのは初めてのことで、買い物だってお金は余分に渡してあっても実際自分がするのは初めてだったからさぞかし計算も大変だっただろう。幸いにも今回、梛が出会った店主はお人好しで特別に値段も割り引いてくれたのだが。
なにより両親と手を繋いで帰宅していく自分と同じ年くらいの子供を見て、梛は羨ましくなったのだ。あの子はあんなにうれしそうなのに、今の自分はひとりぼっちだ。さびしい。さびしい。ぱぱ、まま、はやくボクを迎えに来て、と。
脚に抱き付いたきり離れようとしない子供に溜め息を吐き、無理矢理引き剥がした花礫は未だ泣き続ける梛を己の片腕に抱き上げる。これで目線の高さはほぼ同じ。
されど浮かぶ夕焼けに負けないくらい真っ赤になっている目元を見て、花礫はふっと微笑んだ。

「欲しいモンは買えたワケ?」
「うん……これで、ぱぱこえられる?」
「バーカ。百年早ェっつの」
「…………むう……」
「俺を超えたきゃ、もっとデカくなれ」

肉体的にも、精神的にも。もっと自分を誇れるように。逞しくなれと言う父の言葉にこくりと頷けば、いつの間にか花礫の隣には微笑を湛えた名前の姿があった。
先程見かけた家族のように手は繋いでいなかったけれど、あたたかい。心がポカポカする。

「……でも、ま。梛にしちゃあ良くやったんじゃねえの?」
「……へへ、」

──やっぱり、だいすきだ。
ここに産まれて良かったと、梛は花礫の腕の中と優しい言葉、名前の穏やかな眼差しに包まれて屈託無く笑った。はじめてのおつかい、これにてミッションクリア!
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