「……案の定かよ……」
「あれ、微妙な反応」
「まま、まま。ゼッタイばれてるよ」
くいくいと下から服の裾を引っ張りながらまさしく正論を唱える梛にクラッカーを放った時の格好のまま固まっていた名前は苦笑し、同様に帰って来て早々盛大な歓迎を浴びた花礫は溜め息を吐いて煩わしそうに肩に付いた紙屑を払った。
いよいよ訪れた一家の大黒柱である花礫の誕生日。
かつて名前と出逢った頃から自分が産まれたというとっておきな日にも関わらず頓着せず、花礫自身どうでも良いというような素振りを見せるのは生憎今年も変わらなかったが、そんな本人の意とは反して名前と梛は彼が情報収集の為に街に降りた後も慌ただしくパーティーの準備に取り掛かった。
ありとあらゆる隅々まで丹念に掃除して部屋を装飾していつもより豪勢な食事を作って、ギリギリ全ての支度が整ったところで花礫から仕事終了のメールを貰って子供と一緒にメインゲストの到着をスタンバイして待ち兼ねていたのに。
浮かべられたのは呆れの表情だけだった。
──ボロは出ていない、筈。まさか朝忘れていたかのように振る舞っていた事が裏目に出ていた訳でもあるまい。
この日の為にコツコツと順を立てて秘密裏に計画を進めてきたのに本人にはとっくに見抜かれていたとはこれまた予想外。企みは気付かれていても内容までは、と正直甘く見ていた名前は「いつから勘付いてたの?」とイマイチな反応に不服そうな面持ちで花礫の髪にも絡み付いてる紙屑を取ってやる。すると「お前ら分かりやすいし」と質問とは些か噛み合わない回答を頂いた。
私達の詰めが甘いんじゃなくて花礫くんの観察眼が鋭過ぎるんだよと内心名前は不満たっぷりにそうごちる。
梛も珍しく父の意表を突けると思って期待していたのに、とんだ誤算だ。心なしか膨れっ面の二人を見て花礫が勝ち誇った顔で口角を上げる。
「……なに、本気で俺の目を躱せるとか思ってたワケ? そりゃザンネンだったな」
「そこは気付いてても驚いた顔くらいしてくれたって良いのにー……」
「のにー……」
「あーハイハイ驚いた驚いた」
「棒読みはんたーい」
「はんたーい!」
「っとにお前ら……。んじゃどうすりゃ良いんだよ。また一から仕切り直せって?」
そんな二度手間なことしませんよー、とは言いつつも拗ねた口調は治らない名前に花礫は面倒そうに再び溜め息を落とした。分かっていながらいちいちドッキリに騙されたフリをして調子に乗られるのも癪だし、なにより考えるよりも先に冒頭のあの台詞が口を付いて出てしまっていたのだ。
後の祭りだととやかく後悔しても過ぎたことは変わらないし、そもそも自分がサプライズに両手挙げて喜ぶようなキャラでは無いことくらい名前だって熟知しているだろうに、なんつー無理難題を押し付けるんだと返す言葉も無い。
この後どうやってご機嫌を取ろうか頭を掻きながら花礫が考えあぐねていた時、おもむろにそっぽを向いて花礫の脱いだ上着をハンガーに掛けていた名前が「……なんてね」と言葉を零す。
くるりと振り向いた彼女は屈託無く笑っていて、暗雲立ち込めるムードを吹き飛ばすように「ご飯にしますか!」と呆気に取られる花礫の腕を梛と共に引いて食卓へと導いた。
「……それなりに美味そうじゃん」
「ふふっ、今日は腕により奮いをかけて作りましたからねー! 食材も選りすぐりの物選んだし、自信作」
「あじみしたけどおいしかった!」
「ふぅん。じゃ毒味は済んでんだな」
「こら」
「冗談。……食うか」
「あっ、まってぱぱ!」
席について箸に手を掛ける寸前で奇しくも梛に止められた。制した張本人を見やれば、忙しなくパタパタと箪笥に駆け寄って何やら紙袋を取り出してきた。
それは花礫の記憶が誤ってなければ二週間ほど前任務で街に降りた日、子供が帰りに持っていた袋だ。おずおずと差し出して来たので俺に?と微かに瞠目すればこくりと頷く。
名前は微笑みながら事の成り行きを見守っていることから知っていたのだろう。
否、もしかしなくても梛があの日買い物に行きたいと駄々を捏ねた原因はコイツにあるんじゃないかと花礫は今さら名前の思惑に気付いたと同時に深く脱力する。
相手の薄い反応にあまり嬉しくないのだと早とちりしたらしい梛は落ち込んだ表情を見せ、やっぱり別のにする……と紙袋を下げようとしたから花礫は先回りして子供の手から袋を抜き取った。
あっと目を丸くさせる梛を尻目にゴソゴソと開封し、中に手を突っ込んで肌に当たった感触を取り出せば現れたのは一つのゴーグル。今も花礫の首から下がっている物と似たようなデザインで品質も上等。他も申し分無く花礫の好みにピッタリ合ったプレゼントだった。
「センス良いでしょう、梛」
「……何でお前が得意げなんだよ」
「だって花礫くんやっと驚いてくれたみたいだから……やったね、梛! 一人でお買い物頑張った甲斐あったよ!」
「ん……ぱぱ……びっくりした?」
「まあ……正直ぶっちゃければ結構驚いてる。お前がコレを一人で選んだ……ね。そろそろ新しいの買うか迷ってたからちょうど良い。サンキュ」
「……へへ、うん!」
花礫の柔らかい語気と頭をくしゃくしゃに撫でる手に、たちまち梛の顔は明るく輝かしいものとなり、すっかり満悦の体で父の隣に座る。
一息ついた後それじゃあ今度こそ食事にしよっか、と名前が食器に掛けていたラップを外し飲み物を持ってくると動き始めた傍らで、プレゼントされたゴーグルを心ゆくまで眺めていた花礫は何を思ったのか自分の首にあったそれを外して小首を傾げる梛の頭に巻き付けた。
もちろん大人と子供の頭部の大きさは違うから、直ぐにゴーグルは梛の首まで落ちてしまったけれど。
「ぱぱ?」訝しむような梛の声が耳朶を打つ。
これは花礫が昔から身に付けていた思い出深い物なのだと名前も言っていたから、そんな大事な物を自分に預けるなんてどうしたんだと梛は不思議に思ったのだ。
どんな心境の変化だろうか、と人の機微に敏いところは紛れも無く親譲りだった。濁りの無い黒曜石の瞳が真っ直ぐに射抜いてきて、花礫は子供の首に下がったゴーグルを見て妙に感慨深ぇなと鼻を鳴らす。
こんな日が訪れるとは、まだ力も無く幼かったあの頃の自分なら到底思いもしなかった。
「やるよ、ソレ。年季が入ってるからボロっちいけど使えねーことはねえし」
「いいのっ?」
「だからやってんだろ。俺は……これからコッチ使うから」
「……ん! だいじにする!」
「ああ」
「……じゃあ、区切りが付いたところで冷めない内にいただきますしよう?」
いつの間にか準備を終えて花礫の真向かいに腰掛けていた名前の促しにより、三人揃って手を合わせて待ちに待った食事にありつく。
今日は花礫の誕生日ということで彼の好物である肉料理をメインに拵えており、けれど栄養バランスに偏りが無いようにきちんと野菜サラダも添えられてあって文句の付けようも無いボリュームだった。
男二人で骨付きチキンにがっついては残り一つとなった肉に箸が重なって睨み合ったり、どちらも譲る気は無くて喧嘩にまで発展したりと騒がしい夕食だったが、やはり家族で食べるご飯が一番美味しいと名前は微笑ましい眼差しで二人の口論を傍観しながらしみじみ実感する。
でも結局賑やかさが度を越して廊下を通りがかった羊に注意され、ブスッとした仏頂面が二つ並んだ時は耐え切れず噴き出してしまったが。
そんなこんなで夜は更けていき、花礫と散々遊び疲れた梛は最初舟を漕いでいただけだったものの、やがて我慢しきれなくなったのかソファーで縮こまって眠ってしまっていた。
風邪引くからベッドに運ぶ、と花礫が小さな身体を寝室に運んで面倒を見てくれている間に名前はてきぱきと簡易キッチンで水に浸けておいた食器を洗う。
朝からバタバタとしていたから流石に疲れた、が。通常通り仕事をこなしてきた花礫ほどでは無い。明日は都合が好いことに彼と休暇を貰っているし、これくらいなら問題ないと洗い終わった食器を片して濡れた手を拭った。
そこでタイミング良く扉が開いた音に顔だけ振り返れば、梛がグッスリ眠っている姿を確認した花礫がキッチンに立つ名前に近寄ってくる。
「お疲れ様」
「あぁ……今までにねぇくらいはしゃいでたんじゃねえ梛。元気有り余り過ぎだろ」
「まだまだ遊びたい盛りだからね。けど、」
「……あ?」
「ゴーグル、良かったの……? あれはお世話になったお爺さんから貰った物じゃ」
「いーんだよ。アイツが大事にすんなら、それも悪くねーと思うし」
ずっと肌身離さなかったものを手離して名残惜しさもあるんじゃないかと名前は気配ったが、花礫はかぶりを振ってあっさりと否定した。
一抹の寂しさ、のような物はあるかもしれない。
けれど壊れた訳でも無ければ失くした訳でも無いし、むしろどんなにボロボロになっても梛が愛用してくれるならば越した事は無い。お下がりで悪いとは思うが子供もただ純粋に喜んでいたし、ならば結果オーライというものだと花礫は自分の宝物を息子に授けたようだった。
そっか、とそれ以上食い下がる事もなく納得した名前に、花礫は暫し見つめたあと更なる接近を図った。水周りの掃除をしていた名前は後ろから囲われる体勢に息を詰めて、蛇口を磨いていた手が花礫の腕に捕らわれた拍子に止まる。
髪に絡まる長い指、あたかも情事を彷彿とさせる手つきにしどろもどろになりつつ、「が、花礫くん……?」とかろうじて彼の名を口に出せば、しかし花礫は名前の緊張など意に介した様子も無く己の指に彼女の髪を巻きつけたりして自由に弄ぶ。ふと現実を噛み締めるようなニュアンスで言葉を紡いだ声は、どことなく色を孕んでいた。
「髪、伸びたよな……」
「……そ、りゃ、私達が出逢ってからもう八年も経ってるし、あの頃に比べれば……」
「八年か……。色んなことあっという間に過ぎてったな……マジで」
「そう、だね。ほんとに、色々……」
「……お前とこうやってキスしたり、自分達の子供育てる関係になったり?」
「、んっ……」
なかなか観念して振り向こうとはしない名前に痺れを切らして、花礫は相手の顎に手を掛けて顔を強引に斜めに逸らさせ口付けた。
シンクについて居た花礫の片腕も今や名前の身体にしっかり触れ、己の胸に閉じ込めて抵抗を奪う。ここ最近は滅多に無い、至る所を貪り尽くすような荒々しいキス。されど器用に快感を植え付けるような舌使いで、二人の唇が離れた頃には名前の腰は砕けロクに力も入らなくなっていた。
──それでも、花礫の怒涛の攻めは収まることを知らない。
「んン、んっ……ッ……、……っ待って、花礫く……梛起きちゃ……」
「……風呂、入んぞ。シャワーの音で紛れれば聞こえねーだろ」
「でもお風呂場響く……」
「ならずっと口塞いでてやるから」
宣言通り即座に口を口で塞がれて、建前の言い訳も儘ならなくなった。
執拗に口付けを施されてくたりと芯が抜けたような名前の身体を軽々と抱き上げ、花礫が脱衣所へと向かう。
まだ日付は変わっていない、花礫の誕生日は終わっていないのだ。なら腹を括って俺様何様旦那様の言うことに従うしか無いと諦めがついた名前は花礫の首に腕を回し、おとなしく運ばれる。
明日はおそらく、一日中ベッドの住人かもしれない。
そんな懸念も、数十分後には何も考えられなくなるくらいドロドロに溶かされるのだけれど。
誕生日は、濃密な時間を刻んで瞬く間に過ぎていった。
花を咲かすも枯らすもこの手次第
「……誕生日、おめでと花礫くん」
「……ん、」
誕生日なんざ、別にそんな大層なモンなんかじゃねーと思ってたのに、な。
コイツのせいで変わったとか……ハ、笑える。
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