「平門は、自分が憎かったんだろうな」

能力者と闘えるだけの実力はあっても、名前を救えるだけの力は無い。いつだって名前を見つけた時には手遅れで、後の祭りで。ただ一人散り際の彼女の傍に寄り添って死を看取る。
誓いを立ててもそれすら守れず、不条理な運命に巻き込まれては奔流の渦に逆らえず手離してしまう。名前にごめんねと、困ったように笑わせることしか出来ない自分が憎くて憎くて堪らなかったんだろうと朔は眠る平門の心中を推し量った。

憎くて、恨めしくて。
名前じゃなくてこんな自分が消えてしまえば良いと内側からなし崩しに壊れていった。
そしてそれは、記憶にも影響が及ぶ程に。

「幸せなんてのはさ、形に出来るモンじゃなくて自然と満ち溢れて馴染んでく物なんだよ。で、馴染んで浸透してくから幸せであることに体が慣れちまって感覚が衰えてしまう、麻痺してしまう。一回どん底まで落ちねーと今までの幸せがどんだけ有難くて尊いものだったのか、手離してやっと気付いてまた恋しくなるんだ。…そう考えると傲慢でお調子者な生き物だよな、人間ってのは」

いつまでもあどけない子供のまま、純朴な心でいられたのなら難しいことも何も考えずにただ楽しく人生を謳歌して気楽に生きていけたのだろう。けれど自分達は違うから、人間は得てして成長を遂げていく生き物だから。
世知辛い世の中でも、生きることすら息苦しくても明日はやって来るから。周りに流されて生きていく子供のようには、生きられない。

もしかしたら人を傷付けてしまうような嘘も傷付けない為の嘘も平気で言える。そんな大人になってしまったのだ、自分達は。

「……骨は拾ってやる、なんて、冗談でも軽い気持ちで言うモンじゃねえわ」

ほんと、言葉通りの意味になっちまったよ。

自分を卑下するかのように笑みを漏らした朔に、側に寄り添っていたツバメは胸を痛めた。
自分は、自分も数多と転生してきた。その記憶はある。けれどどれも幸せな人生で幕を閉じた想い出しか無くて、きっと他の誰よりも壮絶な人生を送ってきた二人と、二人を側で見守ってきた朔は言葉では言い表せられない程の無常感を感じているのだろう。
神に愛された人間は寿命が短いという諺もあるが、それにしたって、こんな結末は。

──いっそこのまま、目覚めない方がこいつにとっても幸せなのかもしれねぇな。

声色になんの感情も灯さず、淡々と呟いた朔にそれは違います、とは言えなかった。
自信を持って言えるだろうか?確かに今の平門に名前に関しての記憶は無い。しかしもし、もしも思い出してしまった時のことを想定すると──ツバメは口を濁した。

私からは、言えない。
それ即ち朔が″事実″を告げることになるのだと、責任を覚悟した上で安易には否定出来なかった。




「……平門、お前いま、どんな夢看てる?」

名前を失った時の絶望か、或いは。

「夢では、笑えてたら良いな」


二人出逢って、何も知らず笑っていた頃の。



───平門、私ね。

───うん?

───今とても、とても幸せよ。

───…ああ……俺もだ。


男は長い、永い夢を見る。
幾年もの月日をかけて、高望みに過ぎなかった幸せに浸かる。

それが例え、仮初めでしか無いとしても。
平門は、目を開けることは無かった。
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