そうして多少の紆余曲折ありながらようやっと待ち兼ねたホワイトデー当日。
なんとか名前さんとの約束をこぎつけることに成功した俺は、自ら名前さんへの自室まで出向いて、何をするでも無く彼女のベッドに腰掛けていつ話題を切り出そうか息を潜めて機会を窺っていた。
名前さんは普段と変わらず黙々と本を読んでいる。だから俺らの間に響くのは時計の秒針が進む音だけで、それがよりいっそう俺の中の緊張を高めた。
心臓がバクバクいっててうるさい。こわい。
あんなに神様にせがんだ名前さんとの時間がようやく得られて嬉しい筈なのに、実際二人きりになるのはスゴく久し振りだからかどう接して良いのか分からない。
こわいって云うのは、うっかり下手なことして名前さんに嫌われちゃったらどうしようって懸念が少なからず心の根底にあるからだ。
でも物怖じしてたらまたバレンタインの二の舞になる。それだけは勘弁したいと、俺は意を決して徒労に過ぎる時間にピリオドを打とうと口を開いた。
──よりも早く、名前さんの方が顔を上げて「與儀、」って俺の名前を呼んだから俺はビックリして「なっなに!?」と素っ頓狂な声を上げちゃったけど。
「…………なに今のヘンな声」
「いぃいやっ、そんなことナイヨ!」
また声が裏返ってしまった。もはや俺が挙動不審なのは明白だ、ああほら名前さんも探るような目付きで俺を凝視してくる。
目があったら確実にこの複雑な心境を見抜かれる。目線を外しながらかろうじて話の続きを促せば、名前さんは納得がいっていないような顔をしながらも立ち上がり、引き出しから何かを取り出した。
ん、と手渡されてキョトンと呆ける。
俺に? 自分を指差して確認すれば首肯されて、ラッピングのリボンをほどいて中を覗けば変わった形のクッキーとマシュマロが一緒くたになって入っていた。
バレンタインのお返し、と付け加えるように一言が添えられて、意味を理解した俺は為す術もなくたちまち固まる。わなわなと震えて絶句した俺に、名前さんは首を傾げて怪しむように眉根を寄せた。
「〜〜っ……名前さん、ひょっとしておっ、俺と別れたいの……? だからあんな、いつもつめたくって、こんな回りくどっ、うぅ、っ」
「…………はあ?」
ナニ言ってんの? 頭でも打った? とみっともなく泣き出した俺に名前さんが胡乱げに目を細めてのたまった。どこにもぶつけてないしホントの事言っただけだよ! って反論すればますます怪訝そうな顔をする。
───だって、だってさ。
ホワイトデーのお返しとして返すプレゼントは、物によっては意味があるんだってことを巷で訊いた。名前さんがくれた内のクッキーは、「あなたとは友達でいたい」。マシュマロは「あなたが嫌い」ってことなんだって。
要は、そういうことデショ?
だけど名前さんは億劫そうに息を零した後、「そんなの知らなかったんだから意味も何も無いでしょうが」と俺を諭した。正論だった。
言われてみれば名前さんがそんな偏った世俗を知っているようにも思えない、単純に目についた物を手に取って買ってくれたのだろう。それはそれで嬉しいし安心はしたんだけど、いまいちモヤっとしこりは蟠ったまま。
釈然としない気持ちで手の中に収まるお菓子の袋とにらめっこしていれば、名前さんは本に栞を挟んで横に退け俺の隣に座った。
ギシ、とベッドのスプリングが鳴って、また一際大きく俺の心臓が跳ねる。
「そもそも、そのクッキーただのクッキーじゃないから。端っこ少し割って見な?」
「端っこ……あ。」
名前さんに言われた通り端の方をパキンと折ってみれば、なんと中からは紙切れのような物が出てきた。髪は四つ折りになっていて、破かないように慎重に開いて行くと一日の運勢とやらが書いてある。
「幸運の大運気! 今を逃す手は無し。ただし早とちりには注意して」
ポツポツと目で追いながら文字を読み上げれば名前さんはくすくすと可笑しそうに笑って、的を射た指摘に俺は羞恥が込み上げて、のぼせたように顔を赤く染めた。
なんでもこれはフォーチュンクッキーというおみくじ付きの食べ物で、俺が好きそうだと思ったから街で購入したらしい。ただ、これだけだとお返しとしては侘しいからマシュマロはついでに購入しただけだとか。……紛らわしい。
拗れた糸が解けて繋がって、名前さんが俺のことを嫌いになったんじゃないのだと理解したらみるみるうちに全身から強張った力が抜けてった。隣にある柔らかい身体に抱き付いて寄りかかって「名前さんー……」と名前を呼びながらスリスリする。
相変わらずペットみたいねえと名前さんが苦笑した気配を側で感じながら、俺は名前さんのペットなら喜んでなるよ。なぁんて自分でも馬鹿げたことを発言した。
そして與儀がもしペットだったらキスも出来ないでしょ、っていう名前さんの言葉に、俺は直ぐ調子に乗ってつけ上がるのだ。
「というか一つ疑問なんだけど。何でマシュマロはあなたが嫌い、って解釈になんの?」
「うーん、なんか溶けて無くなるから、良くない意味があるとかうんたら」
「溶けんのはキャンディも同じじゃない?」
ギクリと思わず身体が跳ねた。その反応はどうやら俺の背中に手を回して撫でてくれてた名前さんにも伝わったらしく、「なに?」と密着していた身体を離されて見上げられる。
真っ直ぐな瞳は誤魔化しようもない。どうせ渡すなら今だと腹を括って、俺はポケットに隠していたプレゼントを名前さんに差し出した。
中には小さい一口サイズのキャンディーバーとマカロンが入っている。
よもやホワイトデーまで貰えるとは思ってもみなかったのか、名前さんは驚いたように目を丸くして。かわいいなぁと内心惚気つつ、溶けるのはキャンディも同じだという言葉を聞いて微妙に不安だった。
キャンディは「あなたが好きです」、マカロンは「特別な人」って意味が込められてるって訊いてこの二つをセレクトしたけど、それならマカロンだけにしとけば良かったなんて後悔に苛まれても時すでに遅し。キャンディーバーはとっくに名前さんの口の中だ。
モゴモゴと名前さんの口が動く度に、出ている棒が一緒になって動いているのが愛らしい。あどけない姿に胸をときめかせつつ食べ終わるのを大人しく待っていれば、程なくして名前さんの口内からガリガリッと砕かれるような不穏な音が聞こえてきた。
ビクッと俺が身体を竦ませれば、名前さんは何食わぬ顔で棒だけになったそれを口から抜き取ってゴミ箱へ。
「……もっとも、これは溶ける前に噛み砕いちゃえばイイだけの話だけどね」
「っ名前さん……! 素敵…!!」
確かに溶けるまで待つしかないマシュマロとは違ってキャンディは歯で砕ける。
溶ける前に小さい欠片にして、飲み込んじゃえば良いのだと、その発想に惚れそうだった。
いやもう惚れてるけど。惚れ直した。さすが名前さん。
「けど、溶けるってのも一概には悪いとは言えないんじゃない」
「どうして?」
「だって溶けるってことは、馴染むってことでしょ? その人の一部として浸透する。だったらそのマシュマロも溶けて、私の與儀への想いが與儀の身に染みて伝わんならそれも悪くないんじゃないかと……っぎゃあ!」
「名前さん好きっ! ラブ! もう大、大、大好きーーっっ!」
俺このマシュマロ大事に食べる! 一日かけて名前さんの想いが俺の身にどこまでも染み渡るようにしっかり味わう!! と抱き着きながら宣言すれば、いやそれはヤメテといつもと同じく冷静な口調でかわされる。
だけどその耳はいつになく赤い。多分照れてるんだろうなあって簡単に察しが付いて、俺はむふふーとだらしなくほっぺを緩ませた。
キャンディもマシュマロもクッキーも、様々な意図が込められて今も世界のどこかでは誰かに渡されているんだろう。恋が始まったり、或いは終わってしまった人もいるかもしれない。
だけどどうか皆にとって良い思い出となるような、そんな充実した一日になればイイなと願いを馳せる。
この世で一番大好きで大好きな、あったかい温もりを腕の中に閉じ込めながら、とびっきりあまぁいマシュマロの味を二人で噛み締めた。
甘えたがりなさびしんぼう
(あんまり放置されると噛み付いちゃうぞ)
因みにこれは余談だけど、名前さんも俺に会う前、自分用に購入していたフォーチュンクッキーを食べていたらしい。
チラッと俺が見るとおみくじ内容は「仲直りのキーアイテムはマシュマロ。大好きな彼と甘い一時はいかが?」って書いてあった。
どうやら名前さんも俺に嫌われたと思って名前さんなりに悩んでいたらしい。
寂しかったのは俺だけじゃなかったのだと知って半ベソをかきながら名前さんに会いに行ったら「チェストォ!」と真っ赤な顔で顎にアッパーを食らった。
解せない。でも幸せである。
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