@朔さんおたおめ!
「──朔さん!」
「……お?なんだなんだ、珍しいじゃねえかお前がわざわざ壱號艇に足を運んでくるなんて。デートのお誘いかぁ?」
「んん、朔さんがそれをお望みならばどこかお付き合いしますよ?」

「……オイ、マジでどうした。今日何かあったのか?熱は?」
「熱なんてないです。…というかその様子だとさては忘れてらっしゃいますね…」
「忘れる?なんかあったっけ?」
「今日は朔さんの聖誕祭!でしょう!!研案塔のナースの方々は今日の為に張り切っていたというのに当の本人が忘れてるなんて嘆かわしい…!」
「…あ、あー。そういやそうだったな…てことは何だ、お前もわざわざ祝いに来てくれたのか?」
「まあ機械塔の帰りついでですが」
「機械塔…ねえ」
「ええ、調子の悪い羊が何体か居たのでその子達をメンテナンスに送ってきて…って何で笑ってるんですか?」
「いんや別にぃ?ただ機械塔ってことはさぞかし花礫も着いてってみたかったろうなと思ってよ」
「ああ…メカニック関連のものはずば抜けて詳しいですもんね、彼。でも一応お仕事ですし一般が立ち入れない所もあるので、もしはぐれちゃったりしたら一苦労なんですよ…花礫君奔放ですし」

「大丈夫だろー、お前がいれば」

「は?」
「おっと、なんでもない。ところで俺にプレゼントは?」
「思い出した途端に催促…良いですけど。本当は朔さん…をモデルにした創作本があるのでそれを渡そうとしましたが…」
「あ、それは要らねーや」
「言うと思いました。ので、無難にお酒の方が喜ばれるかなぁと」
「お、サンキュー……、」
「…朔さん?お気に召しませんでした?」
「……あぁ、いや。そういうワケじゃ無いんだが…やっぱこれは遠慮しとくわ。代わりにやって欲しいことがある」
「?やって欲しい事……と言いますと?」

「お前ちょっと花礫にキスしてこい。証拠の画像はそっちに出張中の喰に撮ってもらえ」

「はぁあ!!?何ですかその『お前ちょっとホットドッグ買ってこいよ』みたいなノリ!んなの出来るワケ無いじゃないですか!!」
「何もマウストゥマウスをしろって言ってんじゃないんだよ!かるーく!かるぅーくほっぺにキスするだけで良いんだからさ!!」
「イヤですムリですそんなあの花礫君の頬にキスだなんて花礫君が穢れる!!」
「ンなことねぇーって!むしろ花礫は動揺しながら喜ぶと思…んん゛っ、俺の一生に一度の願い聞いてくれよー」
「そんなことに一生のお願い使っちゃうんですか…!?別のことにしてくださいっ」

「…何でそんな嫌がるんだ?良いじゃねえか親愛の証ってことですれば」
「親愛の証で男女がキスするものですか…!ムリなものはムリです恐れ多いっ…私にとって花礫君は雲の上の存在みたいなもので遠目から眺めるような、たまぁーに話せれば良いそんな憧れなんですからぁっ!!」
「だぁからってどうしてそんな腰が低いんかね……これじゃ全然進展しねーよ…」
「、なんです?」

「とにかくだ!これは絶対強制な。今日ばかりは俺も妥協しないからそのつもりで」
「そんなぁっ!!神様仏様朔さまぁっ!」
「ダメなモンはダーメだ。ちゃんと喰から報告のメールが来るまで暫く創作活動は禁止させる。平門にもそう言っとくから」
「ご慈悲をぉお!!お情けをぉお!!」
「それが嫌ならキスしてこい」

「〜〜うっ、ううう…今この時ばかりは朔さんが悪魔に見えます…」
「平門よりは優しいから安心しろ」
「……私にはどっこいどっこいにしか…」
「んー?聞こえねーなぁー」
「いひゃいいひゃい!!」

(……お膳立ては、してやったぜ花礫)
(涙ぐましい努力を讃えて今回は特別に協力してやるよ)


@嬉し恥ずかし(朔生誕の話続き)
…ここ最近、妙に不審なヤツが居る。

「……」
「ぐ、う、……んー…」

いや、アイツが可笑しいのは今に始まったことじゃ無い。無い、が、常に携帯しているメモ帳片手にペンを握っているワケでも無いのに俺を見ながら気難しそうな顏で唸ることが度々増え、ボーッとしてたと思いきやいきなりアタフタし始めたりと意味わかんねー行動が輪をかけて酷くなっていた。
コイツは與儀やツクモ達だけじゃなく、なんでかは詳しく知らねえけど俺や无にまで普段から遠慮がちで滅多な用事が無い限り自分からは積極的に話しかけて来ない(物影に隠れてすげェ血走った目でこっち観察してることは常習だけど)。最初は変なヤツだと歯牙にも掛けなかったが、自分の気持ちを認めた今となっては流石に歯がゆい。もどかしい。この俺がわざわざ重い腰上げてあからさまなアプローチしてやってるってのにアイツはしらばっくれてんのか本当に気付いてないだけなのか、能天気なツラで「花ツク!花ツバ!」なんて呪文唱えやがって。肩透かしを喰らい続けてる俺の身にもなってみろってんだ。

…愚痴で話が思わぬ方向に逸れたが、とにかく今日のアイツも曲がり角んとこの壁にしがみ付いて俺を覗くなり言葉にならない声を発していた。腰から下は廊下を曲がった向こうに隠れているから生憎相手の姿は顔と手、腰までの上半身(それも左半分くらい)しか見えない。遠慮してるとは言ってもネタを書く時は俺らが気付いてるのも構わず無我夢中でメモ帳に記すから直ぐに分かるけど、アイツの躊躇ってる?様子から見るとそうでは無いみてーだし。なら何なんだよ用件あるんならさっさと言えよと思惟しながらしゃあねえから俺が側に寄って引っ張り出すかと足を一歩踏み出した時、アイツはひっと上ずった声を出して脱兎もビックリな速さで逃げてった。呆気に取られたと同時に、また尻尾を逃したと自分のトロさに苛立ちが積もった。

そして翌日、今度は喰と一緒に居るアイツを見つけた。二人の表情は対照的で、アイツは落ち込んでるような神妙な面持ちにも拘らず喰はどことなく呆れ返ったような表情だ。二人の雰囲気から仕事類の話では無さそうだと推し量った俺は微妙に近いアイツらの至近距離にムッとしながら足早に近付いて行くと、先に気付いた喰が「あ、噂をすればなんとやら」と呟いて一瞬で直立不動になった女の肩をトン、と押す。急な衝撃に踏鞴を踏んだ身体を咄嗟に支えれば、アイツは元々赤みが差してた頬を更に赤くして。「が、がれ」俺の名前ですらロクに呼べず噛みまくってるコイツを可愛いと思ったのはここだけの話。

「ほら、そんなんじゃいつまで経っても達成することは出来ないよ?そしたらいつまでも君が大好きなお絵描きはお預けだよ?」
「うっ…だ、だってこんな罰ゲームのようなこと…しかもとばっちりを喰らう花礫君に申し訳なくて…っあぁぁ私が不甲斐ないばかりにごめんなさいぃぃ」
「……ちっとも話が見えねぇんだけど」

どうやら話題の中心に俺が加わってることは間違いないらしい。んで、コイツがなんらかの理由で絵描きっつーか創作そのものを禁じられているんだってことも喰の手の内にあったメモ帳で裏付けられていた。命の次に大事なモンだと豪語していたネタ帳は没収され、挙句の果てに息抜きであるイラストすら描くことも許されなかったからか、生き甲斐を見失った女は心なしかよく見るとげっそりと窶れている。なぜコイツが禁欲生活を強いられてるのか、そしてそれを断ち切る為に俺がとばっちりを喰わなきゃならないってコトか?喰の訴えるような目が俺を射抜く限り他人事で無さそうなのは明白だ。そこで俺が何か裏の思惑を察して下した決断は。

「……!」
「おっと、逃がさないよ」

逃げるが勝ち、だ。いや、正しくはズラかろうとしたところを素早く見抜かれて逃げようとした、だけど。チッと軽く舌を打ったところで喰にこの程度の威嚇が通用するとも思えない、案の定男は飄々とした佇まいで「良いのかなぁ。折角協力してあげてるのに」と含みのある言い方で俺を面白そうに一瞥した。これは君にとって願っても無いコトなんじゃない、花礫君?そう揶揄するような口調でそんなことを言われてもそのとばっちりとやらの得体を掴めない以上警戒するのも当たり前だ。身構えた俺を見てこれまでのやり取りでずっと黙っていた女は心底心苦しそうに眉尻を下げ、やっぱり私には…と引き下がる。

…そんな顔するとか、卑怯だろチクショウ。ニヤニヤとコッチを窺ってくる視線はウゼェわ、しゅんと落ち込むコイツはかわ…見てて居た堪れねえわでスッゲムカつく。この誰かの思う壺に嵌まるような感覚は少なからず良い気分のするもんじゃない。けどいつまでも横で沈まれてんのも憂鬱だし、中途半端に首を突っ込んだせいでコイツが創作禁止されてる理由も分かんねぇままだから釈然としねえし、〜〜だぁっ、どうにでもなりやがれ!と嘆息吐いて投げ遣りに腹を括った俺は「やれよ」とだけ端的に言い放った。ポカン、と涙の膜が張った目で見上げてくる視線。待ってる時間すら気恥ずかしくて早く、と急かせば弾かれたように手のひらを胸の前で振った。

「いっいやでも…!」
「どんなとばっちりかは知んねーけど。…お前、話書きてぇんだろ」
「そ、それは確かにそうですが…」
「もういっそひと思いにやっちゃいなよ。幸い花礫君もこう許可してくれたんだし」

誰のせいだ、と言わんばかりに喰を睨み付ける。無論痛くも痒くもないといった表情で躱された。いつか殺ス。
ひとまず面倒なヤツはほっといて、俺はどうやら深刻に考えあぐねているらしい目の前の女を見た。…そんな迷うくれぇ厄介な条件なのか。ああは言ったもののなんだよ手間取ることならお断りだかんな。と思いつつ、ようやく意を決したように俯きがちだった顔を上げた相手を見る。コイツは息を飲んだあと深呼吸を繰り返して、「…い、行きます!」と挑みのある声を出して身を乗り出し、おもむろに俺の頬に口付けた。ふに、と柔らかい感触が熱を持って肌に触れる。それは恐らく一秒も無かったんだろうが、俺にとってはとても長い時間のようにも思えた。目を見開いて固まった俺に傍らで傍観していた喰が吹き出す。次に俺の頬に襲ったのは、ゴシゴシと懸命に服の裾で感触を拭われる摩擦感だった。

「って…!なにして、」
「わぁああんごめんなさいごめんなさい綺麗なほっぺを私なんぞの唇で穢してしまってごめんなさい!!」
「イヤ、だからっ」
「消毒ですせめてものお詫びですホントすみません後でツクモちゃんに……はっ!ツクモちゃんに誤解されて必死にそれを解こうとする花礫君……!?」
「…あーあ、始まっちゃった」
「喰君!メモ帳返してくださいっもうしたんだから良いですよね!?私いま重大な任務を思いつき…思い出しましたのでこれで失礼します!!花礫君、今あったことは全て記憶の中から抹消してくださいね、このお礼は近いうちに必ずお返しします!それじゃ!!」
「………」

まったく運が良いのか悪いのか、まくし立てるように早口で言いたい事だけを言ってったアイツの言葉はボーゼンとしてる俺の耳には入らなかった。今起こった出来事をてきぱきと脳内処理していって、理解した俺は咄嗟にその場にしゃがみ込む。みるみるうちに顔面に集中してくる歴とした熱、柔らけぇ感触を鮮明に思い出してニヤけそうになる口元を手で覆った。俺はとっくに存在を忘れてたがまだ居たらしい喰が「だから言ったのに。願ってもないことだよって」とクスクス笑う。

「せいぜい朔さんに感謝しときなよ?誕生日の日あの子に鬼だのなんだの言われながら、あんな条件下してお膳立てしたのは紛れもない朔さんなんだから」
「…….貸し一つかよ………」
「まあ別にお礼とかは期待してないと思うけど。今回のことで君達の距離が縮まればそれが何よりの返礼になると思っとけば?」
「…あっそ。そりゃドーモ。」

──花礫君、今あったことは全て記憶の中から抹消してくださいね!

「忘れられっか、馬鹿野郎…」

俺の顏の熱は、当分引きそうにも無かった。
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