*花霞設定。ギャグです


@気掛かりと疑念
「……またか?」
『はい……すみません。ここのところ仕事が立て込んでて、わたしの要領が悪いばかりに何度も約束を反故してしまって……』
「いや、仕事ならば致し方ないだろう。私もわりと頻繁に直前キャンセルすることが多いのだし……気にするな」
『ありがとうございます。次こそは会えるように説得……んんっ、取り計らうので、この埋め合わせは近いうちに必ず』
「ああ……(説得……?)」
「……」
「……」
「燭先生、失礼します。この患者のカルテなんですが……どうか、されました?」
「……まさか、な」
「はい?」

@一向に晴れない気持ち
我々医療に従事する者は如何なる時でも気の緩みは許されない。重傷とまではいかなくとも、能力者との戦闘や任務で負傷を負う人間は毎日のように居るだろう。この研案塔には流石にちょっとやそっとの怪我で訪れる闘員は居ないが、壱號艇の専属医師見習いとして働く名前は重軽傷問わず常にその者達の処置に追われ、忙しさでてんてこ舞いになっているとかの壱號艇長から近況を訊いた。
自分も同じ職業柄、成すべき仕事を放ってまで会いに来いとは強制出来ない。むしろそんな事をされた日には例え相手が愛しい恋人であろうとも怒鳴り散らして「帰れ」と門前払いを叩きつけるだろう。恋人としては最低な行為かも知れないが、政府に属する社会人としては当然のこと。無論それは名前も重々承知しているから我を通してまで燭と会おうとはせず、あくまで自分に託された重要な役目を優先した。しかし会えなくて淋しい、という一言くらい欲しいというのは男側の勝手な私情か。電話越しに聴く彼女の声は切なそうでも悲しそうな訳でもなく、落ち着き払った声色だった。
けれどその名前が実は約束していた日にちにきちんと休暇を貰っていたと知ったのは、彼女と最後に連絡を交わしてからおよそ一週間後のことだった。「え? 確かその日名前は休みで貳號艇に行ってた筈だぜ?」キョトンとした顏で朔が暴露した衝撃の事実。自分とかねてより結んでいた先約よりも名前は貳號艇に行くことを優先したというのか。いったい何のために。なんの用事で。解せない、と苦々しい面持ちで燭が名前の行動の理由を推察していれば、思い当たる節が一つだけあった。
電話を切る間際、彼女が咳払いをして誤魔化した説得という一語。妙な引っかかりを感じたが直接問い質す前に名前の声は途切れて真相を確かめることも儘ならなかった。……それに加えて、貳號艇に出掛けていたという裏付けもある。貳號艇ということは彼女の兄でもあるあの男が居るから──。

「……やはり、アイツか……っ!!」

余裕の佇まいで憎たらしく笑う忌々しい姿を脳裏に思い浮かべて、燭は不要な書類をぐしゃりと握り潰した。自分の感知していないところであの慇懃無礼は小賢しい策を巡らせて尽く名前との逢瀬を邪魔しようと仕組んでいたのだろう。どこから情報を入手していたなど漏洩経路は不明だが、大切な妹の事となると普段の倍以上に観察眼が鋭くなる一面は侮れない。どのような手段を使ったかは別として、あの日平門が名前をなんとか言いくるめて貳號艇に呼んだのは既に明白だ。
二人の交際は認めても度々茶々を入れてはこうして妨害してくることもある。ましてや名前が兄には逆らえないと全て知った上での算段、厄介な強敵この上なかった。

「……確か、次の会議は名前も出席すると言っていたな……」

先日壱號艇が行った遠征任務にサポートとして着いていった名前も報告義務があるとして今回は会議に参加する。会って話をするとしたら終わった後が好機だろう、残念ながら平門も居るから確実になんらかの邪魔だてはしてくるだろうが。
──屈するものかと、闘志に揺れる男の後ろ姿は悍ましく不気味なものだったという。


@いっそ塵に葬り去ってやろうか
「名前」
「……あ、燭先生……」
「おや、燭さん。名前に何か?」
「貴様に用は無い。私は名前に声を掛けたんだ引っ込んでいろ」
「相変わらず素っ気ないですね…俺はまだ何も手出ししていないでしょう」
「……まだ、と言うことはこれからするつもりだったのか」
「滅相もない。恋人同士の久し振りの再会に水を差すほど俺も無粋ではありません」
「だったら消えろ。即刻失せろ私の前から」
「燭先生……! と、とりあえず此方へ……」
「名前、君も君だ。あの日休みを貰っていたと何故本当のことを言わなかった」
「……え。」
「……ほう……ご存知でしたか」
「白々しい……どうせお前が名前をこき使う為に呼んだんだろう」
「あー……っと、燭先生、あの」
「少し黙っていなさい」
「……やれやれ、言えと言ったり黙れと言ったり……本当に忙しない方だ」
「っいちいちカンに障るなお前は……!」
「褒め言葉として与りますね」
「褒めるか!!」
「もう!! 落ち着いてください!」
「……」
「……名前」
「……はぁ。全部、白状します……」


@そりゃバレますよねー
「俺の目を欺けるとでもお思いでしたか? 名前の鎖骨付近、腕、至る所に散らばっていた多数の鬱血痕。掠れていた声の調子。僅かにぎこちなかった行動の動作。よく見ても……いいえ、誰から見ても一目瞭然でしょう。ああ、事を致したんだなと」
「……」
「……お兄ちゃん、露骨過ぎ」
「俺の忠告は無駄にしかならなかったのだと知った時は失望しましたよ。燭さん、貴方は順序を弁えている人間だと信じていたのに」
「……それは……」
「……」
「手塩にかけて育てた妹が一人の女として巣立っていく姿を見守る兄の、俺の心境が分かりますか燭さん。もう寂しくて寂しくて俺の胸は張り裂けそうです」
「貴様の言い方は薄っぺらい」
「それは同意する……」
「既成事実を隠そうとした癖に、名前の純潔を奪った分際で、……へえ、そうですか。俺の言い方は薄っぺらいと、いまいち説得力に欠けると。へえ。そんなことを。」
「……」
「……お兄ちゃん、そろそろ燭先生を甚振るのもそこまでにしてあげて……? もう十分責め苦を受けたよ……精神的に」
「……正直まだ物足りないんだが。なら名前に免じてこの場は引きます……が、一つやって欲しいことが」
「、やって欲しいことだと……?」
「以前の会議で案が出た名告り、燭さんも実際にやってくれませんかね?」
「断る!!」
「先生の名告り? あれは確か闘員だけが持ってるものじゃ……?」
「うちの闘員達が提案したんだ。確か燭さんの名告りは……」
「ばっ、止めろ!!」
「──心拍数は罪の音。私へ寄せる叶わぬ劣情。白き衣を翻し、神々のメスを司る……国家防衛機関研案塔″燭″。……だったかな」
「──!!」
「…………」
「…………ああ、その後に服を脱げ、も入っていたな。すっかり失念していた……クッ」
「〜〜っ平門、貴様ァッ!!」
「…………燭先生」
「〜〜……、なんだっ」
「それわたしの前で言ってくれませんか?」
「お前もか名前!!」


@平門さんはログアウトしました
「……じゃあ何だ。私達がしていたことが平門にバレて君は問答を受けた後、暫く私とは会うなと言いつけられていたのか」
「仕事上会わない、というのは無理だろうからプライベートでの接触は控えろと……いやもちろん、わたしも納得はしませんでしたよ? けどそうしないと否が応でも軟禁されそうな雰囲気だったのでひとまず頷いて……」
「どれだけ危ない奴なんだあいつは」
「……挙げ句、時兄にもバラされて」
「……? 時辰からは何も言われていないが……まさか認めた、のか?」
「わたし的には嵐の前の静けさとしか」
「……。そうだな、用心しておこう」
「で、お兄ちゃんを納得させてからわたしは燭さんに全て話そうと思ってたんですけど……あの口達者なお兄ちゃんを説き伏せるなんてことは難しくてですね……」
「今日まで長引いた、ということか」
「……はい。すみませんでした」
「……ふー……。確かに心配はしたが別にそこまで気にしてはいない。もっと速く私に相談して来なかった事は腹立たしいがな」
「……」
「……名前。君はもう少し人に甘えると良い。これくらいの事なら迷惑などとは思わない」
「……どうしても、慣れなくて……」
「なら、慣れていこう。二人で」
「……はい、!」


@ほれ来た
ふわりと綻んだ名前の表情を見て同じく柔らかい微笑を浮かべた燭は彼女の頬に手のひらを当て、少々身を屈めて目線を合わせた。たちまち色付いた名前の顔色に愛おしさが込み上がりつつ、男はゆっくりと瑞々しい唇へ己のそれを近付けてゆく。程なくして静かに綴じられた目蓋。影を作る長い睫毛。
ようやく二人の唇が重なろうとしていた数ミリ前──甘い空気をぶち壊すように、燭のポケットでマナーモードにしていた携帯のバイブ音が無音の空間に響き渡った。

「、燭さん……携帯鳴って……」
「構わない……後で掛け直す」
「でも緊急かもしれないし……」
「……、」

名前の言葉に眉を顰めながら渋々離れて燭はポケットから携帯を取り出し光るディスプレイを一瞥した。表示されている名前を見るなり脱力して、思い切り嘆息を吐いたあと文面に目を通す。その内容とは、

『燭、朔から訊いたが今自分の名告りを考えているんだって? 水臭いじゃないか黙っているなんて!! ああ、面映ゆかったんだよね良いんだ言わなくて。ちゃんと分かってる。そこで僕寝ないで熟考したんだ。燭、君はこれから自らを名告る時こう言えば良い!
 神の手が持つは愛の注射器、翻る白衣は風に靡いて光へ導く。高き理想は鼻の高さ! 国家防衛機関研案塔″燭″!! 君のハートも診察しちゃうぞっ!』

ふんだんに絵文字が使われていて目に毒な文面だったので速攻で消去を選択した。頭を痛める燭に名前は不思議そうに小首を傾げていたが今彼女に気を回せる余裕は無い。なんなんだあの兄弟。妹とは天地の差だ。異常に疲れる。……疲れた。今回陰で孤軍奮闘していたのは名前だったが実のところ一人で闘っているのは彼かもしれない。それでも燭は今の恋人を手放そうとは決してしなかった。


燭さんの名告りは煙の館編ドラマCD番外より引用しました。時辰さんのは私がオリジナルで考えましたが(笑)これまた相互様の祭ちゃんと考えたネタです…気になる方は是非お買い求めになるかレンタルで。貴重な平門さん爆笑シーンもありますよ…!
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