喧嘩なんざ日常茶飯事のことだった。
俺は素直じゃなくて、アイツは負けず嫌いの意地っ張りで、お互い何かを言い出したら主張を譲るなんてことは滅多にしねーから意見の食い違いなんて良くあることで、あんたら良くそれで続いてるわね、なんてイヴァの奴にも呆れたような感心したような物言いで言われたことがある。

俺らが恋人同士、だなんて周りが信じられなくてもホントのことだったんだ。
気まぐれか、必然か、こじつけか。
なんやかんや言いつつも、アイツと一緒に居る空間は心地よかった。側に居れんなら、そういう関係になるのも悪くねーなってガラにも無くふと思ったから、自然とそうなった。

でも当然、恋人になったからってそんな掌を返したみたいに急激に接し方とか変化を齎したってワケでも無く、ごくたまーにキスとかするようになったくらいで俺達自身が変わったんじゃない。
些細なことから始まる口論なんて数知れず。
これまでだってスゲェ数の喧嘩をしてきて、けど拗れることは殆ど無かったから俺はバカみてぇに安心してたんだ。
今回した喧嘩は今までに無ェくらい胸倉掴んだり取っ組み合ったりして険悪な雰囲気だったけど、どうせ明日にはまたけろっと忘れてお互い普通に戻ってんだろって。

だから、「鬱陶しいからどっか行けよ!」。
こんな言葉を考えも無しに言っちまったことを俺は、この先一生後悔する羽目になる。




「…………花礫くん」

取り返しのつかないこと、と過去の自分を殺したくなったのは、その翌日。

愕然、茫然、放心。
なに、とか、なんで、とか。
全く考えらんねーほど頭が真っ白になった。

ただただ脚が地面に張り付けられたみたいに棒立ちになって、目の前の光景に絶句して、ボロボロ泣いてる與儀が俺の名前を呼ぶ声ですら右から左へ流れて行った。
やっとマトモに動けるようになったのは、いつになく辛気臭ェツラしたクソメガネが俺の背中を押してから。

最後の別れを言ってやれ。
俺が何でこんな事になってんのか、混乱しながらも状況を整理しようとしてる矢先にそんな無慈悲極まりないこと言われて、意味、分かんねーよ。
こんなん唯のドッキリだろ? 俺が素直じゃねえから、俺が昨日酷いこと言ったから単なるその意趣返しだろ?
なのに最後の別れ、ってさ、


「…………ウソだろ?」


寝てるだけだろ、そうなんだろ。
なんで反応しねーんだよ、名前。
名前、名前、名前。
お前単純だから俺に名前呼ばれるとスゲー嬉しそうな顔してたじゃん。花礫、っていつも直ぐに呼び返してただろ。
もしかしてシカトぶっこいてんの?

仕返しにしちゃタチ悪すぎだろ。
だったらもう十分反省したし、もうあんなこと言わねえって約束してやるから。
だから、……だから、なァ。


「……ッバカヤロウ……!!!」


バカヤロウは、──俺だった。

触れれば赤く色付いた頬に色は無く、生きてる人間にあるはずの体温も無い。
規則正しい呼吸だって無くて、あるのは首や肩、至る所を飾る傷。
かなり痛そうなのに、コイツは、名前は安らかな表情で眠ってた。
幸せだと、言わんばかりの綻んだ顔で。


「……花礫くん、名前ちゃんは、」
「良い。なにも、言うな……」


恐らく與儀は、名前の最期を看取ったんだと思う。でも俺にとって、そんな事実は残酷だし聞きたくもなかった。
俺が最後に見た名前の顔は泣き顔に等しいものだったのに、與儀が見た表情は、この今の安らかな顔なんだろ?
自業自得、後の祭り。だけど、さ。


「どっか行け、って、確かに言ったけど……なにも、マジで俺の手の届かないとこに行っちまうことはねーだろ……」


明日が来る、なんて保証はどこにも無いことを思い出した。
がむしゃらに働いて盗んで生きてきた過去学んだことを、今日、再び最も望んでいない形で思い知らされた。

手を伸ばしても届かない。
声を枯らしても及ばない。
名前にはなに一つ、もう。


「……花礫くん、泣かないで」


ハァ? 泣いてねーよ、バーカ。
この俺が、泣く、わけ、な、
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