@秘めたる想い
「…またかよ」

 前にもこんなことが合ったよな。呆れ混じりのため息を吐いた少年の視線が捉えたのは、机に突っ伏して安らかな寝息を立てる名前の姿。五日ほどの遠征任務を終え、何事もなく帰ってきた彼女の顔には疲弊が色濃く残っていて、真向かいに腰かけた花礫はうっすらと隈が滲む目許をなぞった。

(俺との時間を作るよりもまず疲れを癒すことを優先すりゃ良いのに)

 と、思いはしたものの二人で過ごしたかったのは自分も同じで。彼女の身体を労るのなら誘いを断るべきだったのかもしれないが、考えるよりも先に了承の言葉が口をついて出ていた。

「ん、…がれ、く…」
「…バカみてーに安心しきった顔で寝てやんの」

 呼ばれた名に起こしてしまったかと一瞬強張ったが、ふにゃ、と緩んだ名前の表情を見てクスリと笑った。柔らかで上質な髪を撫で、彼女の与り知らぬところで思う存分彼女の存在を堪能する、噛み締める。今回も無事に自分の元へ帰ってきてくれた。たったそれだけで、いつかのように変わり果てた姿で戻ってくるんじゃないかという不安は千々と消えて。

(考えたこともねェだろ。俺がどれだけお前を好きか、大切か。毎回お前が任務に出かけるたび気が気じゃねえってこと。いつかお前が無茶仕出かして俺の知らねえ所で命を落とすんじゃないかって考えただけで目の前が真っ暗になること。本当はみっともなくすがり付いてでも離れていく背中を側に繋ぎ止めておきたいこと。だけどお前は離れたと気付けば歩幅を合わせてでも必ず隣に戻ってきてくれるから、俺はいつもその優しさに甘えちまってて、あまつさえ素直になれなくてひねくれた言葉で突き放して。───でも、懲りずに笑って伸ばされる手に何度も救われて、知らなかった温かさに何度もハマってく)

「…花礫くん……す…き、」
「……バーカ。俺も」

(だから、名前がまた無事に此処に帰って来たときの為に俺が唯一出来るのは居場所を空けておくことだけ。俺の隣がこいつの帰る場所。こいつの居る場所が、俺の帰る場所。いつかそうなることが当たり前になるように)

「お疲れ、ゆっくり休めよ」

(…この先の言葉は、今はまだ伏せとくか)

 そう自然と笑みをこぼして、花礫はすやすやと眠る恋人の額に口づけた。


@突然の発熱
「馬鹿は風邪引かねーって言うのにな」
「それは少し違うよ花礫君。馬鹿は風邪引かないんじゃなくて、風邪引いたことに気付かないだけなんだよ。馬鹿だから」
「なにこの二人辛辣泣きたい」
「ふ、二人とも…名前だって好きで風邪引いた訳じゃないんだから…」
「それにしたって、こんなに熱が上がるまで気付かないかな普通? 挙げ句デスクワークの最中に突然ぶっ倒れてさ」
「返す言葉も御座いません…」
「とにかく、名前は今日一日ゆっくり休んで。名前の分の仕事は私が消化しておくから」
「ごめんねツクモ、ありがとう」
「じゃ、僕も行くけど。薬置いてくからちゃんと飲んでよ?」
「んー。喰もありがと」
「…」
「……花礫くん? ツクモ達と一緒に行かなくていいの?」
「…お前は行ってほしいのかよ」
「え、や、だって風邪移っちゃうし…」
「本音は」
「いてほしいです」
「ん。…居てやるから、少し寝ろ。羊がメシ運んできたら起こしてやっから」
「…うん、ありがとう花礫くん」


@とは言ったものの
「(ぶっちゃけヤベェだろ…目とか潤んでて息も荒くて、しかも上目とか…嫌でも想像が掻き立てられるっつーか、無駄に反応しちまうっつうか、あークソ、情けねえ。耐えろ、無心になれ俺)」
「食事メェ」
「うわっ!! なんだお前か…!」
「? 心拍数異常メェ。何かあったメェ?」
「何でもねーよほっとけ!(んなこっ恥ずかしいこと死んでも言えるか!)」


@結局うずうず
「…なあ、」
「…んー?」
「キスしていいか」
「ぶっ、げほっげほっ!! え、な、いきなり何言い…っ」
「別に、いきなりじゃねーよ。あまりにもしんどそうだったら薬口移しで飲ませてやろうとか考えてたけど、お前アッサリと一人で飲んじまうし」
「え、ぇ、え?」
「…嫌ならいーけど」
「い、いやって訳じゃなくてね、そんなことしたらほんとに風邪が…っ!」
「本音は」
「ぶっちゃけしてほしいです」
「よし。悪ィけど、加減はしてやれねーから」
(だから物欲しそうな顔すんな、そそる)


@内心デレデレ、つまりベタ惚れ
「…ン、ん、む」
「……ん、ちゅ、…」

 重ねる、こする、吸う、舐める。
 執拗と思えるほど濃厚なキス。合わさる口の合間から唾液が溢れてっけど、別にコイツのだから汚いとは思わない。頬に添えてた手を滑らせて、名前の顎を濡らしたそれを強引に指で拭った。ぴくり、相手の身体が跳ねて微かに震える。気にせず口内を荒らしてたら程なくして限界が訪れたのか、弱々しい力で胸を叩かれた。正直まだ物足んねーけど、仕方ねえか。惜しげに唇を舐めてゆっくり離れた。

「…っは、はあ、は…」
「…相変わらずヘタクソ」
「っだから、花礫くんが…!!」
「俺が、なに?」

 白を切って意地悪く問いかければ、恥ずかしそうに歯を食い縛って逸らされる視線。ああなんだっけ、確か俺のこういう責めの言葉に弱いんだっけ? そんな弄り甲斐ある反応されっと余計突っつきたくなんだけど。しかも名前の口は離す時に俺が舐めたせいで唾液にまみれ光ってて、なんか、すげーヤらしい。えろい。…かわい。

「…が、花礫くんが、かっこいいのが悪い」
「…ハァ?」

 ナニ言ってんだこいつ。責任転嫁かよ。てか意味分かんねえ俺が悪いの? いやお前がいつまで経っても近い距離に慣れねーのが悪いんだろ。何のために特訓付き合ってやってんだよ。つっても、特訓なんて俺にしたらただ名前とキスするための上手い口実だけど。そうやって怪訝げに眉を潜めてると、名前がやがて突き刺さる視線に耐え兼ねたのか、隠すように俺の肩に顔を埋めてきた。

「花礫くんが好きすぎてつらい…」
「…っだからさ、お前……」

 何でコイツは、いつもいつも不意打ちでこんなことを。「好きすぎて辛い」だぁ? ふざけんな、そんなのお前だけだと思うなよ。俺だって普段言わねーだけでお前のことかなり好きだし、もっと触りたいとか傍にいたいとか、いてほしいとか思うし、…死んでも離す気なんてねえし。お前は前に「私の方が絶対好きだよ!」とか言ってきたけど、ぶっちゃけあれマジでムカついたからな。人の気も知らねーでふんぞり返ってんじゃねえよバカ女。だからお前は馬鹿なんだよバーカ。──せいぜい泣いて喜べよ?その小せえ頭に直接叩き込んでやっから。

「顔上げろ。…俺に見せろよ、赤くなってるとこも笑ったとこも、全部」

 どれだけ俺が、お前を求めて止まないか。もう嫌だって拒むくらい、例え拒まれたとしても止めてなんざやるもんか。

ALICE+