@一波乱な予感
「──與儀が?」
「ゼンの街で戦闘を終えてから一足先に艇に戻ってきたメェ」
「けど无とかくれんぼするって言ってから行方知らずメェ」
「見てないメェ?」
「……んー……。残念ですが、今のところ見てないですね……っと、電話。もしもし」
『あ、名前さん。良かった直ぐ出てくれて! 羊から事情は訊きました?』
「大方把握しました。電話してきたという事は與儀はまだ見つかってないんですね?」
『ええ、まあ……。とりあえずたまたま運悪く居合わせてしまった无君は、與儀君が言葉通り投げたところを僕が保護して逃がしたんで無事だとは思うんですけど、肝心の本人はどこに身を潜めてるのやら』
「……厄介ですね……。戦闘後ということはまだ與儀の気性も荒いままでしょう? 下手に暴れられると此方が痛手を負いますから…くれぐれも慎重に対処しないと」
『そうですね。とにかく今から少し合流出来ます? 燭先生から薬を預かってきたので名前さんにも念のため渡しますか……え? 與儀君が見つかった?』
「……喰君?」
『……ああ、そう。分かった。名前さん。與儀君、天井裏に居るっぽいです』
「天井裏……これまた面倒なとこに紛れ込みましたね……」
『ラインとか切断されたらもっと面倒になるんで早いとこ引き摺り出し……っうわ!』
「! 喰君っ!?」
「…………メェ」
「メェ。……喰が気を失ったメェ」
「……どういうこと?」
「與儀が降りた拍子に喰が踏み台にされたメェ」
「メェ。與儀はそのまま逃走メェ」
「……とことんあの子は不憫な役回りね……」
「與儀が无を捜してるみたいメェ?」
「おっと、それじゃ哀れんでる場合じゃないですね。私は一旦喰君の元へ行って、薬を彼から回収したら後を追います。あなた達は他の羊とも連携を取って、出来るだけ與儀から目を離さないで」
「了解メェ」


@不穏な空気
「……ああ平門? 大事なお話中すみませんが非常事態です。與儀が……」
『たった今羊から訊いた。アレはまだ見つからないのか?』
「喰君と悶着があった後、どうやら无君の姿を探し回ってるみたいで……」
『ふむ……。しかしあの喰が気絶するなんて激しい戦闘でもあったのか?』
「……似たようなものかと(喰君の顔にくっきりと足跡が残ってたなんて言えない)」
『そうか……ひとまず俺達も向かう。名前は引き続き捜索を』
「了解しまし…………あ。」
『……どうした?』
「…捜す手間が省けたわ。ホシを見つけたので直ちに確保します」
「……げえっ、名前!」
「げえ、とはご挨拶ですね。久し振りに再会したんですからもっと喜んでくれたって良いんですよ?」
「誰がっ!! こっちは平門以上に口煩いヤツに会ってサイアクだし!」
「………平門以上とは聞き捨てなりませんね。あそこまで底意地ひん曲がってないですよ私」
『名前、聞こえてるからな』
「あら失礼」
「ふんっ、俺からすれば同じ穴の狢にしか見えないね!」
「悪い口はこの口かしら?」
「イダイイダイイダイッ!! いつの間にっ」
「うふふ。これでも私、学生時代は優秀だったんですよ。特に体術は……ね」
『因みに体術に関しては、俺も朔も一度はっ倒されてるからな。名前の右に出る者はそうそう居なかったぞ』
「そういうことです。観念なさい」
「〜〜っアァアふざけんなぁっ!!」


@親心子知らず
そう金切り声に近い雄叫びを上げて、地に伏せられた與儀は背中にのし掛かる名前を強引に退けて飛び上がった。瞠目しつつも瞬時にスイッチを切り替えて警戒を露わにする名前から間合いを図る。隙を見せたら最後、またマウントを取られるだけだと與儀は歯噛みしながら佇立している彼女と向き合う。もっとも名前は警戒はしていても一向に戦闘態勢に入ろうとはしない、舐められてるのかとその平然とした佇まいに腹が立って低く唸った。

「…まるで臆病な猫みたいね。あなたは一体何に怯えてるの?」

「はぁっ!? 怯えてないから!」

「そうかしら。私には怖がってるようにしか見えない。私や平門を疎むのも、自分の存在を否定されるのが怖いから。或いは──」

「〜っさい、うるさいうるさい!!」

「──核心を突かれるのが嫌だから?」

名前が今まで立っていた場所が深く抉れた。咄嗟に避けていなければ確実に負傷していただろう、全身に禍々しい殺気を浴びながらも名前は飄々として呼吸を乱す與儀を見やる。

────馬鹿ね、そんなに動揺を見せたら図星だと肯定しているようなものじゃない。
彼は素直だ。彼も、素直だ。
結局は「二人とも」子供なのだ。同じ身体を有していながら争いを忌み嫌う優しい子供と、楽しさを味わう為なら命を賭けた戦さえ進んで交わって行く猟奇的な子供。
性格は対照的と言っても良いほどに真逆なのに、馬鹿正直なところやある意味純粋だという共通点も多々あって。

「大人しくゆっくり休みなさい。今日はもう疲れたでしょう」

「ヤダね! まだ遊び足んない!」

「與儀。あなたも大事なウチの子なの。″あなた″も含めて貳號艇は成り立っているの。…家族が家を傷付けたら、みんな悲しむわ」

「………っ誰が、」

誰が家族なんて。吐き捨てるように言って身を翻した與儀の後ろ姿に、名前は追い掛けもせず瞳を伏せて嘆息した。
リムハッカで見つけた時のあの子は酷い有り様だった。瓦礫に埋れた研究室、人間どころか世界すら拒むように虚ろな眼差しをしながら、平門に襲い掛かってきた幼い與儀。
全滅したと思われる王家、民達の中で一人だけ生き残った、唯一の王族。家族も守るべき国民も失って希望すら手放した彼に、もうあんな想いは二度とさせるべきでは無い。

「……優しいのよ、結局、あなたも」

いくら勝負事を好むといえど、情に弱い。彼も詰めが甘かった。そんな彼の存在を否定することなど名前には出来ない。金髪の與儀は與儀で、銀の髪の彼も、また。

「可愛い弟よ。私にとってはね」

────まあ、意地っ張りなあの子はそんなの知る由もないんでしょうけど、ね。



@独白、躊躇
───无が、泣いた。邪魔な障害を肘で吹っ飛ばしただけなのに、もう使い物にならなくなったそれを見て、ワンワンと縋るように大声で泣き叫んだ。同時に名前の言葉が脳裏に蘇って、俺は歯を食いしばったあと呆然とする花礫から薬を奪って自分で投薬した。面倒臭いのはゴメンだ、だから今日はこれ以上ややこしくなる前に引っ込もう。そう思って、後事はぜーんぶ表の俺に任せた。

「誰かを傷つけると、痛いよね」

いつものように意識が淵へと沈んでいく中で対峙した<オレ>。そいつはニコニコと嬉しそうな顔で名前と似たようなことを言いながら、「ごめんねって言って来るよ」と俺に背中を向けて風と消えた。痛い?これが痛いってことなのか。俺には良く分からない。分かりたくも無い。
ただこんな遣る瀬無い想いがアイツの言う痛いってことなら、俺は二度と味わいたく無い。やだ。めんどくさい、なんか自分が気持ち悪い。グルグルグルグル消化不良な気持ちが胸に居座って吐きそうだ。どいつもこいつもお人好しで、傷付けたく無いとか綺麗事ばっか。反吐が出る。

「家族が家を傷付けたら、みんな悲しむわ」

家族?そんなの俺には居ない。表はどうか分かんないけど。だってあんた達は俺を見るといつも面倒くさそうな顔するじゃん。厄介者みたいな扱いするじゃん。なのに家族とかさ、ナニソレ都合良すぎじゃない?そんなの、そんなの、オレ、には。

「──核心を突かれるのが嫌だから?」

…………だから、嫌いなんだ。

「……教えてよ」

だったら教えてよ、名前。
俺に家族ってものを。温もりを。戦い以外で得られる、楽しさを。俺は空っぽだから、まだ何も知らないから。教えてよ、ねえ。
(君から無条件に愛情を受ける表の俺が、今この時ばかりはすごく羨ましい、なんて)



@原作11巻の銀與儀の鬼ごっこに料理長も参加、ということで。料理長が体術得意なのは前世の名残。
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