私には双子の兄が居る。
男女の二卵性双生児。一卵性では無いから性格だってさほど似てはいないし、外見だって類似する箇所もこれと言って強調するところは無い。精々笑った時の顔がそっくりだとか、ふとした仕草がかぶるとか、それくらい。身長も幼い頃までは一緒だったけれど、流石に身体的成長は男性の方が速い。等しく並んでいた肩の位置もあっという間に高低差が生まれてしまった。

本当に双子なの?と以前誰かに訊かれたことがある。
大雑把かつ楽観的な兄と几帳面で礼儀正しい妹。周囲にはそう認識され浸透しているようで、私達の関係が疑わしいと周りが首を捻るのも無理は無かった。
兄である朔はこぞって真実を確かめにやって来る人間達に対し「ひでえなお前ら」と苦笑していたが、本音を言えば私も朔が本当に私の双子の兄なのかと不思議に思う時がある。いや間違いなく同じ母体から産まれたんだけれども。

朔は私と違ってかねてより人の上に立つべき器量をもった人間だった。
鈍いようで鋭い。見ていないようでしっかり人を見ている。洞察力に優れ、下す判断も常に的確。如何なる非常事態にも狼狽えることは無くその都度真剣に向き合い対処する。ちゃらんぽらんに見えるのは上辺だけ、内実は情に厚く要領も良い出来た自慢の兄だった。…が、


「よっ名前ー。元気にやってたか?」

「……朔………」

「あれ、微妙な反応。何だよ?」

「昨夜キイチちゃんから苦情のメールが届きましたよ。あなたが午前様まで闘員を巻き込んで飲み会していると」

「げ」


キイチあいつ告げ口しやがったな、と悔しげに呟く兄の姿になんとまあ大人げないと呆れ返った。子供なのはどっちなんだか、少なくともメールでこっそり朔の様子を教えてくれた青髪の少女の方が余程身を弁えてると頭を抱える。相も変わらずこうして呑気で開放的な体たらくを見ると、安心するというよりも思わず脱力してしまうというかなんと言うか…。

深酒も程ほどに控えろと注意したでしょう?目くじらを立てて叱咤する私はさながら小姑のようだが致し方ない。兄の健康の為だと心を鬼にして窘めれば、けれど朔は意にも介さないようにしゃあしゃあと「そんな飲んでねえって」などと戯言を抜かす。…せっかく人が心配して忠告してやってんだから素直に頷いとけバカ兄貴、と内心毒づきながら、表面上ではそういう問題じゃないでしょうとあくまで柔らかな語気を保って言った。


「今俺のことバカにしたろ」

「やだ気のせいです」

「そうだなー、何か美味いもん食わせてくれたらそういうことにしといてやる」


…つまり何か寄越せと。むしろそれが目当てだったなこの男。

晩御飯も終わり全て片付けたところだがしょうがない。ニッと歯を見せて笑った朔もさっぱり引こうとはしないし、このままシラを切って無視したら地味な嫌がらせをしてくるだろうし後々面倒な始末になるのは目に見えている。ため息を吐いて、渋々規定の就寝時間が訪れる前に手早く済ませてお帰り頂こうと適当な材料を見繕って冷蔵庫から取り出した。

食卓についた朔は頬杖をつきながら調理を始める私の姿を見守っていて、材料を切るにも煮るにも視線を感じてやりづらい。何なんです?といい加減観察するような眼差しに耐えかねて訝しげに問い掛ければ、んー?と相手はいたく上機嫌な様子で小首を傾げた。


「俺そんな見てたか?」

「穴が空くんじゃないかと思うほど」

「ああワリ、名前が嫁だったら毎日こんな風景見ながら手料理食えんのかなーって考えてた」

「うふふ、頭湧いてます?」

「相変わらず辛辣だなお前」


当たり前だろうが。双子の妹になんつーことを言ってのけるんだと平然とした佇まいの朔に悪態吐いた。

飲んべえな旦那は願い下げです、と再び調理に集中すれば、ちぇっと向こうで口を尖らせる。二十七歳にもなる大人、ましてや百八十センチを優に超える大の男がそんな不貞腐れたような所作をしたって可愛くも何とも無いのに。
でも一応こんなんでも世の女性達からは黄色い声を浴びているんですよね、主に研案塔の看護師さん方から。まあ顔も整ってるし気概もあるから分からなくは無いですが。

複雑な思いに我ながらブラコンも甚だしいと苦笑しながら、出来上がった料理をお盆に載せて待ち兼ねる朔の前へ運ぶ。すかさず待ってました!と拗ねた面持ちから喜色満面の笑みになった兄の変わりように私も頬が緩み、彼の真向かいに腰掛ける。もちろんいち早く肉に手を付けた朔にきちんと野菜も摂ってくださいよと釘を差すことも忘れずに。


「…ま、他所のとこに嫁になんて出さねえけどな!」

「あのねぇ…その前に戸籍も無いから出来ませんて」

「出来たとしてもって話だよ。どっちみち将来名前の手料理を独占したければ俺を超えてもらわねーと」

「そんな人現れますかねえ?」

「ははっ……居たとしても簡単には渡してやらないけどな」

「は?」


何でもない、と朔が味噌汁を啜る姿を見て小首を傾げた。…これは徹底して黙秘を貫く気だな。今までの饒舌な喋りはウソかのように鳴りを潜めた兄に、私は諦め混じりの嘆息を吐いて席を立った。
どこ行くんだ?と見上げてくる相手に材料の整理をしてくるついでに明日の献立を練る、と一言断って、私は重い足取りで再度キッチンへ踵を返す。
含むように笑っている、兄の顔なんて露と知らずに。




「……今の聞いてただろ?」

「朔……お前な、」


箸を置いて、あたかも苦虫を噛み潰したかの顔をする平門に俺は悪びれもなくカラカラと笑った。物影で盗み聞きしてたのはソッチだし、俺は本当のこと言っただけだし。なーんも悪くないだろ?とほくそ笑む俺にヤツは珍しく苛立たしげに舌を打つ。こんな露骨に感情を表す平門なんて滅多になくて、貴重なものが見れたなと感慨に耽るのも少し。それだけ平門が俺の可愛い妹に執心してるのだと察すると心中穏やかではなかった。スッゲ面白くはあるんだけどな。

もっとも名前は平門の想いを家族愛に近いようなものだと信じきっていて、まさかそれが恋愛感情だとは毛ほども思っていない。平門も平門で素直じゃねえから直接言葉では伝えようとしないし、伝えたとしても軽く流されるだけ。この堂々巡りはいつまで続くのかと俺は楽しくてしょうがない。だってあの平門がまごついて翻弄されてんだぜ?しかも俺の可愛い可愛い(以下省略)妹に。
良いぞもっとやれ名前。そのまま気付くな気付いてもすっとぼけろ面白いから。と考える俺は同僚の幸せよりも自分の楽しみを優先する薄情なヤツだった。


「殺っても構わないんなら今すぐにその息の根を仕留めてやろうか」

「ちょ、目がマジだぜ平門。ちょっと落ち着けって、な?」

「俺はいつだって本気だからな。お前を片付けた後はその名前の手料理も名前自身も貰ってやる。だから安心して眠れ、名前は俺が幸せにするから」

「安心出来ねえっての!武器仕舞え!」


俺が死んだら名前が悲しむだろ!とかろうじて逃げ口上を捲し立てたが、どうやら大層ご立腹の平門には逆効果だったようだ。弱っているところを慰めてつけこめば名前も俺の良さが分かるだろう?なんて末恐ろしいことを企みやがる。

やっぱこんなヤツに名前は渡せねえ!
躙り寄ってくる平門に若干戦きながら、俺は余ったおかずを慌てて口ん中に突っ込んで脱走した。どんな時でもせめて名前のご飯は残さない。これ鉄則。



@シスコン朔さん〜とのことでしたがシスコン要素があまり出せず無念。兄妹は上がだらしないと下がしっかりしますよね(笑)
ALICE+